第114話魔法溢れる世界の中で④
聖女は呪いだ
こんな言葉をいつか誰かが呟いた。そして私はその言葉を知っている。この世界を支える聖女は、呪われた存在なのだと。
「すいません、スイカ......私はまだまだ貴女に教えなければならないことがあるのに」
「お母さん!」
そしてその呪いは、聖女であるお母さんにも降りかかった。この事態は私だけの問題ではなく、世界の問題でもあった。
ーこの世界から聖女がいなくなる。つまりそれは世界がまた危機にさらされる
それがいつまで続いて、いつ終わるのか。それは本当に神のみぞ知る状態で、皆が聖女がいなくなることを恐れた。
「お母さん、まだ、いなくならないでください。私、私はまだお母さんに学ばないと行いけないことばかりなんです」
「そう......ですよね。私はまだ、スイカに教えないといけないことが......」
「だから諦めないでください。私の前から、また誰かがいなくなるなんて......やめてください」
「ごめんなさい...... 」
目に見えなくても声で明らかにお母さんが弱っているのは分かっていた。だから私は必死にお母さんに呼びかけて、少しでも私の側にいてほしいって願った。
ーそれが却ってお母さんを苦しめているなんて幼い私には何も分からないまま
聖女ティルリアが床に伏せてから1ヶ月、私が聖女教会にやって来てから7ヶ月。お母さんはもう声を出すのも難しいくらいに弱っていき、私の呼びかけにも答えるのも難しくなっていた。
(神様、どうか、どうかお母さんを助けてください)
その代わりに私は、毎日のように神様に祈った。お母さんを助けられるのはもう神様しかいない。だから強く願った。
(あれ? 今日は誰かいるような、気がする)
この日も私は教会の大聖堂にやって来た。いつも誰もいない時間にやって来て祈っていたのだけれど、今日は先客がいる気配がした。
「こんばんは」
気になった私は思わず声をかける。すると、私と同じくらいの年頃のような声で「こんばんは」と返ってきた。
「もしかして貴女もティルリア様の無事を祈りにきたんですか?」
「も、ということは貴女もですか?」
「はい。いつもこの時間に一人で祈っていたんですけど、先客がいる気配がして驚きました」
「気配?......あっ」
先客は私の目のことに気づいたのが、少し驚いた声を上げた。
「す、すいません。ちょっと驚いてしまいまして」
「いいえ、いいんです。皆最初は同じ反応をしますから」
女の子は私に慌てて謝りはしたけど、悪い気はしなかった。どうしてか分からなかったけど、私の目の前にいる女の子の内側にある暖かい何かを感じてこの人は悪い人ではないって思ったのかもしれない。
(こんなに暖かくて優しい魔力を感じたのは、お母さん以外で初めてかも)
お母さんとの特訓のおかげで、私はこの頃から人の中にある魔力を感じれるようになっていた。この時はまだ未熟ではあったけれど、目の前の少女から感じるのは暖かくて優しい魔力だった。
「あの、大丈夫ですか? やっぱり気を悪くさせてしまったのでは」
黙り込んだ私に不安になったのか、女の子は恐る恐る私に聞いてくる。けど私は首を横に振って「本当に大丈夫なので気にしないで」と言って言葉を続けた。
「今も言ったように私はここに毎日この時間に来ているので分かるんですけど、今日初めてここに来たんですか?」
「はい。どうしても一人でこの時間に来るのは難しくて。きっと怒られるから」
「怒られるって、聖女教会の人間ではないんですか?」
「教会の人間......まあ、正確には違うかもしれないです」
「それってどういう」
「私、両親がいないんです。小さい頃に捨てられてしまって」
「あっ......すいません、辛いことを聞いて」
「い、いいんです、私自身気にしていませんから」
両親がいない、つまり目の前の少女は私と一緒で孤児だった。そして教会のすぐ近くに孤児院があるので、彼女はそういう意味でそう答えたのかもしれない。
「こんな時間に抜け出すなんて私も悪い子ですよね。でも聖女様のためって言えば、怒られないでしょうか」
「うーん、それはちょっと分からないかも。怒られるのは確定だと思うなぁ」
「うぅっ、やっぱりそうですよね」
私と女の子は初対面のはずなのに何故か意気投合して、二人でもう一度祈りを済ませた後はつい話し込んでしまった。その中で同じ年だと言うことも分かり、お互いの境遇も似ていることもあって時間も忘れて私達は沢山話した。
「ああ、そういえばまだ名前を聞いていませんでした。私はスイカって言います。見ての通り目は見えないんですけど、よければ私と友だちになってくれませんか?」
私から先に自己紹介をして手を伸ばすと、女の子は手を握ってくれて彼女も自己紹介をしてくれた。
「私はソフィって言います。私もスイカさんとは仲良くなれそうな気がしますので、是非私と友だちになってください」
私は生まれてから八年、この日初めてソフィという友だちができたのだった。




