第113話魔法溢れる世界の中で③
お母さんが死んでしまった、という事実を私はすぐには受け入れられなかった。
父親も既にいなかった私にとって、天涯孤独になった現実は幼い私にはあまりに重すぎて、これからどう生きていけば分からなくなっていた。
「スイカちゃん、ご飯できましたよ」
「......」
「なにも食べたくない気持ちは分かりますが、このままでは貴女までも死んでしまいますよ。それでもいいんですか?」
絶望の中にいる私に言ったティルリア様のその問いに、私はこう答える。
「それでもいいです。私がーこのまま生き続けても、誰も望まないですし。目が見えない私なんかただの邪魔者でしかないですから」
ずっと暗闇の中で生きてきた私には、外の世界は見えない。だから誰が私に対してどんな顔をしているか分からない。
ー分からないけど、自分が嫌われていることくらいは分かっていた
身近な人からも、世界からも。だから私は母親に捨てられて、その母親も亡くしてしまった。おまけに魔法を使うことすらできない自分に生きていく価値なんてあるのだろうか。
そんなこと考えなくても小さな私には嫌でも理解していた。
「もう、いいんですティルリア様。この世界は私が生きるには厳しいです。こんな世界に私の居場所はない」
私の心からの本音に、ティルリア様は黙っている。結局聖女も私みたいな子供は見捨てるのだとそう思った瞬間だった。
ー頬に強い痛みが走った
「え?」
一瞬何が起きたか分からなかった。でも数秒の時間の後、私は理解した。ティルリア様が私の頬を叩いたのだと。
「ティルリア......様?」
「何でそんな悲しいことを言うんですか! 」
突然声を荒げるティルリア様私は、言葉を失う。いつも温厚で優しいティルリア様がこんな風に怒ったのは後にも先にもこの時が初めてだった。
「命というものは全ての者に平等にあるものです。失っていいものなんてどこにもないんですよ!」
「でも私はもう生きていく理由が」
「そんなものこれから作っていけばいいじゃないですか。私が貴女に力を貸します。だから、だからそんな悲しいことを言わないでください」
ティルリア様は泣いていた。私なんかのために。それは目に見えない私にも間違いなく伝わっていた。
(どうして、ティルリア様はこんなにも私のことを。こんな何にもなれない私のことを)
見ず知らずの私のために泣いてくれて、怒ってくれる。まるで本当のお母さんみたいに、私を優しく包み込んでくれて、私は......。
「ティルリア様は、どうして私のためにここまでしてくれるんですか? お母さんを探す必要もなくなったし、私なんかもう見捨ててもいいのに」
「そんなの、決まっていますよ。私はスイカちゃんを放っておけない以前に、本当の娘のように思っているからです」
「まだ出会って一週間も経っていないのにですか?」
「親子に、年月なんて関係ありません」
ティルリア様はかなり無茶なことを言っている。でも不快ではなかった。二年間母親から離れて、ずっとひとりぼっちだった私にとって、彼女が与えてくれた暖かさは間違いなく母親そのものだった。
(私はティルリア様を......お母さんって呼んでもいいのかな)
王都にも戻れない以上、今の私には帰れる場所も居場所もない。でも、もし彼女が、ティルリア様が私に居場所を与えてくれるなら、
「ティルリア様、お願いを一つしてもいいですか?」
「なんでも言ってください」
「もし、もしよかったら......私のお母さんになってください」
こんなにも自分を思ってくれる人を、お母さんだなんて呼んでみたくなった。
「スイカちゃんが......それでいいなら、私がお母さんになりますよ」
ティルリア様は少し間を開けた後にそう答えてくれる。それが嬉しくて、でも本当のお母さんがいなくなったことが悲しくて、
「ありがとう、お母さん」
初めて私は涙を流した。
「私はここにいます、スイカ」
そんな私をお母さんは優しく抱きしめてくれた。
(ああ、これが私の求めてきた温もりなんだ......)
私は涙を流しながらそのままお母さんに身体を預ける。お母さんはちゃんとそれを受け入れてくれて、私は静かに泣いた。
「私は貴女の側にいますからね、スイカ」
お母さんは優しい声色で私をあやしてくれた。けどその中には、寂しさも混ざっていることに、この時の私は知るよしもなかった。
2
翌日から私の生活は大きく変化した。聖女教会のシスター見習いとして、自分ができる仕事を手伝い、その傍らでお母さんから魔法を学んだ。
「目を閉じて、ゆっくり大きく深呼吸してください。何かを感じませんか?」
「私の周りに何かが流れているような音を感じます。まるで川が流れるような何かの音が」
「それがこの世界に溢れている魔力というものです。本来ならば人間の身体に流れていなければならないのですが、スイカは魔法を使えないんですよね」
「はい......」
「でも魔力を感じられるなら、それを活用して魔法を使えるようになれます。私が一から教えますから、ちゃんと付いてきてくださね?」
「はい! よろしくお願いします、先生」
お母さんも聖女の仕事もあって忙しいはずなのに、必ず私に魔法と勉強を教えてくれて、文字通り先生になってくれた。
そして一ヶ月後にはー
「先生、魔法が!」
「やりました! やりましたよスイカ!」
あれだけ使えなかった魔法を、外気の魔力を介して使えるようになった。八年何度も挑み失敗し続けた魔法を使うという夢を、ようやく叶えることができた。
「本当によかった......」
魔法が使えるようになった後は、今度は目が見えなくても生活できるように特訓も始まった
「イメージしてください、今スイカはどういう場所を歩いていてどんな景色を見ているのか」
「イメージ......」
「貴女の足下には地面があり、目の前には私がいます。どんな姿でも構いません、暗闇の中から描いてみるんです」
今の私があるのは間違いなくお母さんのおかげだった。魔法が使えるのも、外の景色をイメージできるのも全て、彼女の教えがあってこそだった。
そして、家族の温もりも教えてくれたのも......。
(こんな幸せな時間がずっと続けばいいのに)
でもその願いが叶うことは決してなかった。
ー出会ってから半年後、お母さんは突然病気で倒れた
聖女という名の病気で。