第110話復興の街
翌日。
「昨日はありがとう、希」
「気にしないで。でもとりあえず、元気になってくれてよかった」
「少しだけ気が楽になったよ」
俺と希は二人でかつてオリーヴがあった地へと向かった。本当だったら今すぐにでもユイ達に会いに行きたかったが、二人とも今はソッとしておこうという判断に至った。
『それならオリーヴに来てみない? 魔物の襲撃があったからかなり変わっちゃったけど、今皆頑張っているから、光も復興を手伝ってほしい』
希がそういう提案してくれたこともあり、今年の年末は希とスイカさんと一緒にオリーヴで過ごすことになった。
「そういえば飛翔の人達は大丈夫だったの?」
「うん、みんな元気にしている。最初はマスターも閉店しようか考えていたらしいんだけど、オリーヴの人達が応援してくれてね。それで私達も続けていこうって話になったんだ」
「いい人達ばかりでよかったね」
「本当感謝してもしきれないよ。私はオリーヴにしか五年しか経っていないけど、あそこは本当に暖かい場所」
本来なら希が俺の立場だった。もしそのパターンだったら、暖かい場所を見つけることもなかったかもしれない。
(そういう意味でも優しくしてくれる人がいてよかった)
きっとそういう場所なら、立ち直るのも早いだろう。俺も手伝える限りのことはしないと。
「そろそろ到着ですかね」
スイカさんの言葉と伴に馬車の窓から外を見る。
ーそこにあったオリーヴの姿は、
「うそ、でしょ?」
俺が想像していた以上に瓦礫の山で、
「驚くよね。これでもまだマシになったんだもん」
「これで、マシだなんて」
とても人が生活している場所には見えなかった。
2
馬車を降りた後、瓦礫の山をうまく避けて進んだ先に、人が生活できる空間があった。希曰く、ここだけが唯一寝泊まりできる場所で、その中には飛翔の名前がテントもあった。
「ノゾミ、おかえり。セフィもお久しぶり」
飛翔のテントの中から、従業員のシオンが出てくる。彼女も例の事件の時に色々あったらしいが、今は元気そうで何よりだった。
「おひさしぶりです、シオンさん」
「聖夜祭の話は聞いたよ? 大変だったね」
「それはわたしの台詞ですよ。オリーヴはこんなことになってしまって」
俺は改めて周りを見る。翡翠の都と呼ばれていたオリーヴは、今は形も残っておらず、とてもじゃないけど人が暮らせる環境ではなかった。
(これでマシというのが、本当に驚きだよな)
襲撃があってからまだ半年。すぐに復興ができないのは、日本での経験から考えれば想像はできる。
(復興って本当に簡単じゃないんだよな)
「今日は私も復興を手伝わせてください。きっと力になれると思いますから」
「うん。お願いね」
この後俺は小さな身体でできる限りの復興の手伝いをした。力仕事はまだできないので、魔法を使用した瓦礫の撤去、建物の建築。
こういうときに自分が魔法を使えることに、ありがたみを感じる。
「本当すごいなぁ。まさか光がこんな力を使えるなんて思えないよ」
「あまり人前で名前を呼ぶなよ。ここではセフィなんだから」
「ごめんごめん。やっぱり慣れなくて」
「気持ちは分かるんだけどさ」
同じやりとりを半年前もした気がするけど、時間が経つと忘れてしまうのだろうか。
「......半年前のあの日、私も死を覚悟していたんだ。戦う力を持っていない私は、魔物と戦えないし、自分を守ることもできないから」
「でも天使が助けてくれたんだよね?」
「うん、そうだけど。どうしてその話を?」
「天使本人に話を聞いたから。ほら、フィア」
「呼んだ?」
「あ、あの時の!」
俺は見えないところでついてきていたフィアを呼ぶ。聖夜祭直前に猛毒の前に倒れた彼女だったが、スイカさんの治療もあったおかげで無事回復した。
まだ完治はしていないものの、こうして外に出れるくらいには治療も終わっている。
「無事だったんだね。よかった」
「こちらこそ、あの時は助けてくれてありがとうございます。あの時貴女方来てくれなかったら、私は、私達は」
「護るべきと思ったから護っただけに過ぎない。それにそれ以外は守り切れなかった。街も、ここの人々も」
「そんなことないよ。貴女や騎士団の人達が護ってくれなかったら、誰もやり直そうなんて思えなかった、だから」
希はフィアの手を取り、目の端に少しだけ涙を溜めて言った。
「私達を助けてくれてありがとう、天使様」
3
希とフィアの再会の間にも、復興の手伝いは続き、朝から始まった手伝いは気がつけば夕方になっていた。
「よし、今日はここまでにしようか。皆お疲れ様」
希の合図で皆が作業を止めて身体を伸ばし始める。
(自然になったのか、それとも皆で決めたのか、希がこの街のリーダーみたいになっているな)
それを見てつい笑みが零れる。嬉しい気持ちがある反面、少しだけ彼女の存在が遠くにある感覚に襲われる。
「セフィちゃん、お疲れ様です」
「ありがとうございます、スイカさん」
それをボーッと眺めていると、暖かいものを持ってきてくれたスイカさんが隣に座る。
「ノゾミさん、以前会ったときよりも逞しくなりましたね」
「元からですよ、希は。常に誰かを引っ張っていってくれるような、そんな存在です」
「そういえば昔からの知り合いでしたっけ」
「はい。私にとって大切な幼馴染です」
お茶を一口飲む。寒い季節にはピッタリの暖かさが、身体中に染み渡った。
「幼馴染......そう呼べる人がセフィちゃん、いえ、貴方にいるのはすこし羨ましいです」
「スイカさんにはいないんですか?」
「私は......昔からこうですから、皆から腫れ物扱いされていたんで、そう呼べる人はいませんでした」
「すいません、無神経なことを聞いて」
「私は何も気にしてないので、気にしないでください。それに私はそれでよかったのかもしれないって、思うんです」
「それは......どうしてですか?」
「ふふっ、内緒です」
スイカさんはからかうように、笑顔を向けてくる。
(本当この人は時々、俺の心を揺さぶってくるよな)
セフィの姿でなければ、好きだって告白していたかもしれない。
「内緒ではありますが......魔法をここまで研究していなかったら、セフィちゃんとも会えなかったので、そっちには本当に感謝しています」
「王宮魔術師、でしたっけ?」
「はい。そういえばあまりお話ししたことありませんでしたっけ? 聞きたいですか? 私の話」
「聞きたいです」
「あまり面白い話ではありませんが、セフィちゃんがそう言うならお話させてもらいますね」
スイカさんはそう前置きをすると、オリーヴを眺めながら語り始めた。
「王宮魔術師というのは、セフィちゃんの年頃、よりもっと前から魔法の知識を教え込まれた人達のことを言います。その中から更に王族の方々から認められた人が、王宮魔術師を名乗ることができるんです」
「スイカさんもそれに選ばれたんですか?」
「はい。目は見えませんが、魔法への探究心は誰よりも強いですから」
スイカさんは言葉を続ける。
「王族の方々に認められるのも簡単じゃありませんが、そこにたどり着くまでの道のりも険しかったんです。小さい頃から学ぶと言っても、初等科の年齢にも満たない子供ですから、勉強することだって大変でした」
手から火の魔法を出すと、それをこちらに見せてくる。
「こういう簡単な魔法でも、使えるようになるのも一苦労でした。だって私は元々魔法を使うことすらできない人間でしたから」
「まほうを使えない? それはどういう意味ですか?」
「この世界にもいるんです。ノゾミさんのように、魔法を使いたくても使うことができない、素質がない人間が」




