第107話聖夜祭、そしてー 前編
聖夜祭が始まるまでは何も起こらないと思っていたのが、俺達の油断だった。。
「スイカさん、フィアは?」
「神経毒を受けてかなり衰弱していましたが、なんとか持ち堪えてくれたので大丈夫です。しばらく安静にしていれば、おのずと回復してくるでしょう」
「よかった......」
倒れたフィアが運び込まれたのは僅か一時間前のこと。彼女を発見したのはスイカさんだった。
「でも一つ不思議なことがあるんですよ」
「ふしぎなことですか?」
「この毒、本来ならかなり即効性が高い毒なんです。普通なら生きていることさえもおかしいくらい」
「それはフィアが天使だから、という理由じゃ説明がつかないんですか?」
「それは分かりません。私が推測するに、毒を受けてから発見するまでの間に誰かが治療したのではないかと思います」
「治療って誰がそんなことを」
「それが不明だから不思議なんです」
通りすがりの誰かがフィアを治療した、なんてとてもじゃないけど考えにくい。勿論善意でしてくれた可能性もゼロではないが、反聖女教会が近くにいたリスクを考えたら、善意にしては危険すぎる。
(つまり反聖女教会と対等に戦えて、かつ猛毒を治療できる人物がフィアを助けた、のか?)
それを果たして偶然なんて呼べるだろうか。
「分からないことが多いですけど、先生」
「はい。これでもうハッキリしましたね。今日の聖夜祭、絶対に何かが起きると。そして護るべきは」
「聖女様」
ここまでやられっぱなしだったけど、敵の動きが分かった以上戦いに備えられる。
(聖夜祭そのものを中止するべきかもしれないけど、人も集まりだしてる。ここで中止って言ったら、混乱を生んでしまう)
ユリエル様にもフィアの一件を話したが、中止するとは言わなかった。
『向こうがそのつもりなら、私達も迎え撃ちます。こちらには戦えるだけの力がありますから』
『戦えるだけのちからって、私たちは戦えないですよ?』
『セフィちゃん達はあくまで警戒なので、勿論違います。いざという時のために聖女教会は、最強の戦力を用意しています』
『......そこまでよういできているなら、私たち必要なんですか?』
『セフィちゃん達にしかできない仕事がありますから、どうか力を貸してください』
ユリエル様はどうしてそこまでセフィ達を信用しているのか分からない。でも出会ったときから彼女は、セフィに対して異常な信頼を置いている。
ーそれは俺が彼女と同じ立場だからなのか、或いは他の理由があるのか
俺にはやっぱり理解できなかった。
2
それから更に二時間後。
「間もなく聖女教会を開放します。準備は大丈夫ですか? 皆さん」
開催まで残り五分となった時、今日のお手伝いのシスターや他の人達の前にユリエル様が立ち、全員に声を掛けた。
「今日は年に一度の大きなイベントです。皆さんも楽しんでいってください。さあ、始めますよ、聖夜祭」
宣言と同時に聖女教会の扉が開かれる。それを待っていたかのように。沢山の人が中に入ってきた。
「すごい人ね」
それを見たアリエッテが驚きの声を上げた。去年は自分もこの人混みの中にいたからこの光景に見慣れていたが、やっぱり驚かされる。
「神聖な儀式、って言われているんだよね? 王都のきねんさいほどではないけど、あたしの予想を遙かに超えてる」
「私は毎年見ていますが、毎年驚かされますよ。でもことしは、それだけで話を終わらせられないんですよね?」
「うん。終わらせられないし、なにも起こさせもしない」
人が想像以上に多くて、少したじろいだがそんなことをしている暇はない。自分達の役目は、この中から異変を探さなければならない。
「二人とも、絶対に護りきろう、ユリエル様を」
「「うん(はい)!」」
セフィの言葉に二人は頷き、それぞれが持ち場についていった。
アリエッテ視点
あたしが警戒を任されたのは、聖女教会の入口付近。もっとも人の出入りが多い場所だった。
(最初聞いたときはあたしの役目重いなって思っていたけど)
人で溢れかえっている中よりは視界も広く、怪しい行動があれば見つけやすい。
(何かが起きる前にあたしが防ぐ。これ以上大事なイベントを壊させない)
五分後
あたしはなるべく精神を集中させて、出入口を見張っていたが、今のところ異常はないしセフィ達からの報告もなかった。
(すぐに動きがあるかなって思っていたけど、警戒しすぎだった? そんなはずはない、けど)
あたしのそんな予感が当たったのは聖夜祭が始まってから三十分後。聖女ユリエル様が来客の人達に挨拶をし始めた頃だった。
「あの人......なんであんな場所に?」
あたしが発見したのは、聖女教会から少しだけ離れた位置。そこからずっとユリエル様を眺めているフードを被った怪しい人物だった。
(あたしから話しかける? それともセフィ達を呼ぶべきかな)
どうするべきか判断に悩んでいると、謎の人物に動きがあった。
「空を、飛んだ?」
そのフードの人物は、恐らく魔法を使って空高く飛んだ。何の前触れもなく突然。あたし達が手に届かない高さまで。
ーそして何かを放った
矢のような物体を教会内に向けて。
「まさか、空から?!」
あたしはユリエル様に向かって走り出した。
「ユリエル様、逃げてください! 空から」
ユリエル様に手を伸ばしたタイミングとほぼ同時に、それは弾けた。
ーユリエル様にぶつかることなく突然空で
「え?」
今、何が起きたの?