第9話セフィとして
話は遡ること遠足があることを知らされた日の放課後。
「遠足楽しみだねー、セフィちゃん」
「う、うん」
アリエッテとこの話をした直後の事である。
「待っていましたわ、二人とも」
フランは下校中の俺達の目の前に突然姿を現した。
「だ、誰?」
その時は名前すら知らなかったので、俺は少しだけ戸惑った。ちらっと院内で見かけたことあるくらいの認識で、いきなり待ち伏せる理由もなかった。
「確かフランちゃんだっけ? あたし達に何か用事?」
一方アリエッテは面識があるらしく、普通に彼女の名前を呼ぶ。ただあまり友好的な感じがしない辺り、目の前の少女の事を嫌っているのを俺は感じた。
「ちゃんとわたくしの名前を覚えてくださったんですね!」
「だってにゅうがくしきの日にいきなりケンカをしかけられてきたんだもん。嫌でも忘れられないよ」
「ケンカ? アリエッテ、何かあったの?」
「ケンカだなんて大げさな。わたくしは『ゆうとうせい』であるあなたの実力を知りたかっただけですわ」
「すぐにやられたのに?」
「う、うるさいですわ! まほうを使うなんてヒキョーな事をしたあなたが悪いですのよ!」
「それ以外でたたかう方法なんてないでしょ......」
二人の会話に置いてきぼりにされる。話を聞いている限りだと、このフランという少女は非常に面倒くさい女の子ということがハッキリした。
「と、ともかく! 今日は学年一二を争う二人が一緒ですし、わたしがあなた達を倒してその名誉をいただきますわ!」
「別にわたし達争ってないんだけど」
「むしろなかよしなんだけどなぁ」
「そ、そんなわけありませんわ!」
狼狽するフラン。仲良しかはともかく、ライバル視はしているだけで特別争っているわけではない。
(なんというか学生らしいよな、これって)
変に敵視したり、勝負を仕掛けてきたりそういうのって異世界に行っても共通事項だったらしい。
勿論俺はこんな場所で戦うつもりなんてないが。
「アリエッテの隣のあなたは確か、セフィと言いましたわね」
アリエッテと言い争いをやめたフランが、今度はこちらに話を振ってくる。どうやらこちらの名前まで知られていたらしい。
「そうだけど」
「あなたもアリエッテと同等の力をお持ちですわよね? それをもて余してよいのですか?」
「別にもて余してないよ。まだわたし達は争ったりする年齢でもないでしょ?」
「あ、待ってよセフィちゃん!」
俺はフランの横を素通りして家へ帰ろうとする。
「ゆうちょうなことですわね。てんごくのお母さまが悲しみますわよ?」
しかしすれ違い様に彼女が放った一言がその歩みを止めさせた。
「っ!?」
フランの挑発に乗るつもりはなかったが、母親の事を話に出され自分の中で何かが切れる音がしたのは確かだった。
「どうしてそんなこと言われないといけないの?」
今思えばこの時だけ俺はセフィという人間に完全になっていた。
この五年間、肉体はセフィという少女なものの、中身は折原光という完全に分離していた。四年前母親が亡くなった時も、悲しくて沢山涙も流した。けどそれは、果たしてセフィとしての涙だったのか、それとも俺という人間としての涙だったのか分からない。
そう、俺はまだセフィという少女になれていなかった。
けど今、初めて誰かに母親ソフィのことを言われ怒りがわいた。
その怒りは間違いなくセフィとしての怒りだった。
「もしかしてお怒りですの? じじつを言っただけですわ」
「わたしのお母さんはそんなこと言わない! お母さんは......お母さんは......」
愛情を受けたのはたった一年だけだったかもしれない。けどソフィはいつもセフィに語りかけていた。
『貴女の力は誰かを助けるためのもの。常に人に優しくできる子に育ってね』
暖かくて優しい言葉。
赤ちゃんのソフィにはまだ何も分からなかったかもしれない。けど俺にはその言葉がちゃんと届いていた。
聖女は誰かを傷つけるために存在している訳じゃない。
癒すために存在している。
「果たしてどうでしょうか? わたくしのお母様は常に『ちょうてん』に立つ人間でいなさいとわたくしに教えてくださいますわよ。もしかしたらあなたのお母さまも」
だから否定されることが許せなかった。
自分の親を否定されることが。
だから俺は言葉にした。
「わたしのお母さんはそんな人じゃない!」
小学生らしい言葉で。
セフィという少女として。
「セフィちゃん、お、落ち着こう。気にしててもしかたないよ」
「でも!」
「あたしセフィちゃんのじじょうは詳しくは分からないけど、怒る気持ちはすごく分かる。だから落ち着いて!」
そんな俺の怒りを沈めてくれたのは隣にいたアリエッテだった。彼女はセフィが怒ったことに相当驚いたのか涙を流していた。
「あ、アリエッテ......」
「少々口が過ぎましたわね。泣かれてしまっては戦いになりませんでしょうし、きょうのところは挨拶だけにしましょう」
フランはそう言い残すと、俺達を置いてその場を立ち去った。
「大丈夫? アリエッテ」
「だ、だいじょうぶ。セフィちゃんがいきなり怒ったからビックリしちゃって」
「アリエッテは何もわるくないよ。わたしも少し感情的になっちゃったから......」
結局その後まともに会話ができずに解散した。
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「そ、そんなことがあったんだ......確かにそれは、アリエッテちゃんが怒るのも分かるかな」
一通り話を聞いた後、ユイが感想を漏らす。
「本当酷いよね。あたしだって怒るもん」
アリエッテはフランに聞こえる声で言った。当人は何も知らないような顔で前を歩いているが、俺も彼女を許したわけではない。
(あの時アリエッテが止めてくれなかったら、どうなってたんだろうな......)
正直分からない。それに今がまだ小学生だから良かったものの、成長したらなにか自分が間違いを起こしてしまうのではないかと少しだけ怖くもなった。
それからしばらく経った後。
「ところでセフィさん」
ふとフランがなにかを思い出したかのように足を止めた。
「どうしたの?」
「私たちは今どこへ向けて歩いていますの?」
「へ? フランが道を知っているんじゃ」
「あなたが案内してくれるんじゃありませんの?」
「わたし達はユイちゃんが聞いた声を頼りにここまで来て」
その声の主はフランだったということは......。
「ここ......どこですの?」
話に集中するあまり俺達は時間だけを無駄に過ごして、状況だけを悪化させてしまったのだった。