村の少年 カイル
市場に戻ると、一件のお店を取り囲むように村人たちが群がっており、先ほどと打って変わって何やら騒がしい事態となっている。
いったいこの短期間のうちに何があったんだろう?
人混みをかき分けて前の方に出てみると、さっきの少年とお店の人が口論している光景を目の当たりにした。
「どうしてこの銀貨じゃダメなんだよ!」
「そんな出所もわからないお金なんて受け取れないって言ってんだ。アンタに売れる物なんかうちには置いてないからさっさと出て行きな!」
「チッ! あぁ、わかったよ。こんな店、二度と来てやるか!」
ちょうど口論が終わったのか、怒りに満ちた様子の少年が店から出てきた。
それより……出所がわからないお金とか何とか聞こえたが、どういうことなのだろうか。村の外から来た俺が持っていたお金は受け取ってもらえていただけに腑に落ちない。
これが余計なお世話であることはわかりつつも、俺はさっきの少年を追いかけて声をかけてみた。
「さっきは宿屋のことを教えてくれてありがと。それより、お店で何かあったみたいだけど……」
「あんまり俺に話しかけるな。この村で俺と関わったらロクなことがないぞ?」
――うん? 話しかけるとロクなことがないって、どういうことなんだ?
少年は片時もこちらを見ようとせず、ぼそりと呟くような声で言う。
少年の発した言葉の意味がわからなかったが、程なくして周りからヒソヒソと話す村人たちの声が俺の耳にも届いてきた。
「ねぇ、ちょっと……あの子、村じゃ見たことのない子だけど、ひょっとしてあの子もアレの知り合いなのかしら?」
「アイツと話してるってことはそういうことなんじゃないか?」
周りのヒソヒソ声に気づいてバッと振り向くと、それと同時にここにいる村人たち全員があからさまに俺たちから視線を逸らしている異様な光景が目に映った。
そんな光景に唖然としていると、少年は何事もなかったかの素振りで市場の外に向かって歩き始めた。
村人たちの冷めた視線に居づらさを感じた俺も、少年を追ってこの場をあとにした。
市場から離れたところで少年は足を止めて俺に訊いてきた。
「お前、どうして俺についてきた? 俺に関わるなって言ったじゃねーか」
「村人の目がちょっとキツかったというのもあるけど、何となく君のことをほっといてはいけない気がしたから。それに――宿屋も休みみたいだし、大人しく村の隅っこで野宿しようかと思ってたから市場に残る理由もなかったし……」
「まぁ、たしかにずっと宿屋を見てたもんな。――お前ももう村の連中に変なヤツ扱いされ始めてるっぽいから言うが、一日二日くらいなら俺の家に泊めてやるぞ? もちろん、お前さえ良ければの話だけどな」
――まさか、こんな同年代の少年の家に招待されるなんて思いもしなかった。
少なくとも俺にとっては宿屋よりも嬉しい話だし、宿屋が休業中であったことに感謝するまである。もちろん、こんな良い話を断る理由は何ひとつとしてない。
「ほ……ホントに良いの!?」
「あ……あぁ、お前さえ良いならの話だけどな」
こうして、少し唐突気味だったが少年の家に泊まらせてもらえることが決まった。
思い返してみれば、俺が異世界に転移してから今までに交流した人って、いつか森に来た三人組とさっきトマの実を買ったお店の人くらいか。
すべては俺が長いこと森に引きこもっていたからなのだが、この世界の人と全然交流していなかったな。
こうやって出会えたのも何かの縁――ということで、これを機にこの少年と仲良くなれればいいなとも思ったり……。
「――そういえば、自己紹介がまだだったよね? 俺の名前はツバサ、さっきは色々あったけど今日はよろしくね」
「あぁ、そうだったな。俺はカイル、よろしくな」
この少年、カイルっていうのか……。よし、覚えた!
カイルの後ろをついて歩いているうちに、カイルの住む家に着いた。
「着いたぜ。ここが俺の家だ。――まぁ、そんな大した家じゃないけどな」
「いやいや、全然そんなことないと思うよ」
着いた家は木造で小屋を少し大きくしたようなシンプルなものだった。
それでも、洞穴を適当に改築して自宅に仕立て上げた俺の住居に比べれば、こちらの方が遥かに家らしいことは言うまでもない。
「そうか? そう言ってくれるなら嬉しいぜ。そんなことより、とりあえず中に入れよ」
「おじゃましまーす」
カイルに言われるがまま、俺はカイルの家に足を踏み入れる。
見た目のとおり中はそれほど広くなく、俺らみたいな子どもでも三人いれば窮屈さを感じそうだ。
俺は適当に腰を下ろして一息つくと、何やら剣を装備してどこかに行く準備をするカイルの姿が目についた。
すでに夕暮れを迎えている中、こんな時間からどこに行こうとしているのだろう?
「何か準備しているみたいだけど、これからどこかに行くの?」
「ん? あ……あぁ、夕食の調達にちょっとな。何もないから暇かもしれんけど、ツバサは家で待っててくれていいぜ」
「それなら俺も手伝うよ。泊まらせてもらうのに何もしないんじゃ、何だか悪いし」
アイテムボックスから土の棒を取り出し、カイルを追って俺も急いで外に出た。
カイルの家からさらに村の外れに向かって俺たちは足を進める。進むにつれ、草むらの背丈がどんどん高くなっていき、環境は少しずつ荒んだものに変わっていった。
身を潜めることなど容易で、野生動物にとっては恰好の環境とも言えそうだ。
そんな荒んだ地帯で散策を続けていると、黒に近い茶色の毛皮に覆われた猪のような動物が俺の目に映った。
「なぁ、ツバサ。今日の獲物はアイツにしようと思うが肉でいいか?」
「食べれるなら何だっていいよ」
当たり前だが、夕食にどんなものが用意されようが受け入れるつもりでいたから、俺は考える間もなく快諾する。
「それじゃあ決まりだ。アイツはブラックボアっていう動物で、主な攻撃は突進。当たらなければ何も問題はないが、近づくときは気をつけろよ?」
「うん、わかった」
俺たちはしっかりと武器を握りしめ、ブラックボアに気付かれないよう背後から静かに距離を詰めていく。
ある程度近づいたところで、ブラックボアも俺たちの存在を感じ取ったのか威嚇行動を見せ始めた。
威嚇に屈することなくお互いに対峙したまま、しばらく様子見を続ける。
すると突然、ブラックボアが力強く地面を蹴り上げ、強烈な突進を繰り出してきた。
ドゴッ! ズシャア!
俺たちはブラックボアの突進を回避し、そのまま俺は構えた棒でカウンターの一撃をお見舞いする。
その後、さらにカイルが倒れ込んだブラックボアに対してトドメの一撃を食らわせ、俺たちの狩りはあっけなく終わりを迎えた。
「ツバサ、お前思ったよりやるな」
「カイルの方こそ、すごい剣捌きだったよ」
何事もなくブラックボアの討伐を終えた俺たちは、その亡骸を持ってカイルの家に向かって歩き出した。
その道中、コミュニケーションも兼ねてさっきの狩場についてカイルに訊いてみる。
「それにしてもさ、あんな場所にブラックボアがいるってよくわかったね」
「あぁ、最近、あのあたりでよく出てくるんだよ」
「――え? この村それなりに人も住んでるし、それって結構危ないんじゃ……」
考えるまでもなく危険だろう。生前の頃に害獣被害のニュースを見たことはあったが、対策は必須で場合によっては駆除だったあり得る話だった。
「そうだな。――でも、この村の連中はどいつもこいつも俺とは関わりたくないらしいから、俺が食料に困らないっていう意味ではありがたいとも思ってるぜ?」
あー……たしかにさっきも市場で言い争いが起きてたもんな。俺の方から話題提起しておいてアレだが、この件にこれ以上突っ込むのはやめておこう。
その後、話題を変えて話をしながら歩いているうちにカイルの家に着いた。