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ポベルティ村

「あぁ……気持ちいいっ!」


 翌朝、目が覚めた俺は早々に小屋を出て、明るさを取り戻した平原に立って大きく身体を伸ばす。

 即席で作った小屋だったこともあって寝心地は決して良くなかったが、それでも歩いた分の疲労は十分に取れているように感じる。

 環境の変化によるストレスなんかも少し心配していたが、これなら特に心配することもなさそうで何より。


 軽めに朝食を済ませ、俺は再びポロッサを目指して歩き出した。




 平原をしばらく歩き続けていると、昨日は姿ひとつ見えなかった野生動物の姿がほんの数匹だが見えるようになってきた。ほかにも孤独に生えた木なんかも見え始めたりと、平原には変わりないものの環境の変化が微かに感じられる。

 その後もそんな変化を感じながら平原を歩き続けているうちに、今日もまた陽が落ち始めてきた。


 昨日と同じように夜を迎える準備を始めようと思ったが、今にも俺を狩ろうと目を光らせた狼のような野生動物の姿が少し離れたところにいくつか見えた。何の対策もなしにここで小屋を建てたところで、俺が格好の餌にされることは火を見るより明らか。

 かと言って、ここらでほかに安全な場所があるわけでもなく、ここで一夜を過ごす以外の選択肢があるわけでもない。


 俺は周囲を警戒しながら、昨晩と同じように土魔法で一つの小屋を建てる。

 小屋を完成させたあとに改めて周囲を確認するも、やはり俺をつけ狙う狼たちの目は相も変わらず光り続けていた。


「まぁ……そりゃ、そうだよな」


 見るからに肉食であろうと思われる。この辺りは動物自体が少なそうだし、あの狼たちが飢えていたとしても何ら不思議ではない。

 案外、俺が持っている肉を少し分けてあげたらそれで満足してはくれないだろうか? できることなら、なるべく穏便に解決したいがこれと言った方法をほかに思いつかない。


 俺はアイテムボックスから森で仕込んだ鹿肉の塊を一部取り出し、それを小屋から離れた位置に向かって思いっきり投げてみる。

 すると、狼たちは警戒しながらも俺が投げ込んだ肉に吸い寄せられるように少しずつ群がっていき、安全がわかると肉を貪り始めた。


「それじゃ、今のうちに……」


 狼たちの意識が鹿肉に向いているうちに俺は作った小屋をより強固な土で補強し、さらに隠蔽魔法も使ってできる限りの安全確保に努める。

 これでどの程度の攻撃まで耐えられるかはわからないが、少なくともただの野生動物程度に突破されることはないはずだ。


 俺は小屋に入り、入口もしっかりと塞いで一夜を過ごすための準備を整えた。

 小屋の周りが狼たちに囲まれていると思うとあまり気は落ち着かないが、身体だけでも休めることに集中しよう。





 また翌朝、起床した俺は壁の一部を崩し、ゆっくりと小屋から外に出て周囲を確認する。

 昨日の狼たちは小屋を取り囲むように寝ていたようで、俺の存在に気づくなり狼たちも立ち上がった。

 どの狼たちの目も昨日の獲物を見るような鋭い目つきから大きく変わって和らいでおり、俺が敵視されていることはなさそうと窺える。


 俺は狼たちの目をよそに朝食を済ませてから出発すると、俺の後ろを追うように狼たちもぞろぞろと歩き始めた。




「おっ? あれは……村?」


 森を出て平原を歩き始めてから今日で三日目。

 ついに、今まで地平線しか映っていなかった俺の視界の先に何やら村と思わしきものが目に映る。


 ポロッサ……ではなさそうだが、さすがの俺も平原を歩くばかりの日々に退屈を感じてきたところだ。

 この世界の文化に触れるチャンスの一つと思って、あの村に寄ってみるのも良いかもしれないな。


 そう思い立った途端に、さっきまで感じていた足の重さがスッと消えたように感じられた。

 ただ――村に行くとなると、さすがにこの狼たちも一緒にというわけにはいかない。


「ごめんな。お前たちを連れて村に行くわけにもいかないから、ここらでお別れだね」


 俺は狼たちを撫で回しながら別れを告げ、残っている鹿肉の塊をまた少し餞別代わりにと狼たちに差し出して俺は狼たちと別れた。




 村の入口で足を止めると、『ポベルティ村へようこそ』と書かれた一枚の古びた看板が立っていた。


「ポベルティ村っていうのか」


 まったくと言ってもいいくらいに手入れが施されていない草むらに覆われているが、いったいここはどんな村なのだろうか。

 どんな村かはわからないが、これまで平原を歩き続けたことによる疲れも溜まっているし、心身ともにリフレッシュするつもりで数日ほど身を置かせてもらうのもありかもしれないな。

 異世界に来てから初の異文化交流に胸を躍らせながら、俺はポベルティ村へと足を踏み入れた。




 村の入口をくぐって少し歩くと、すぐに大きな畑が道の両端に現れた。畑には様々な実がなっており、農業が盛んに行われていることが見てわかる。


 生前でもあったような野菜なんかもあったりするのかな?

 この村にはどんな人が住んでいるのだろう?

 俺と同年代くらいの男の子とかもいたりして……。


 ただの一本道を歩いているだけだが、次から次へと村に期待が膨らんでいく。

 そんなことを思い浮かべながら道なりに歩いているうちに、村の中心部と思われる市場に着いた。




 まずは今日にでも泊まれる宿屋を探すのが最優先――なのだが、市場に並ぶ色々なお店が気になってしまい仕方がない。

 結局、その誘惑に勝つことができず、俺は市場を形成する店を見てまわるべく市場の中に入った。


 それにしてもすごいなぁ……。あの雑草で溢れ返っていた村の入口の感じから寂れた村って印象だったけど、市場は思った以上に賑わっている。

 市場に並ぶ店のほとんどが村で採れたと思われる農作物を中心に売っているようだ。

 まぁ、村に入って早々にあれだけの畑を見せられたのだから、納得なのだが……。


 おっ、あれは?


 店先に並ぶ野菜の面々を見ていると、その中にまるでトマトを彷彿とさせる見た目をした野菜に目がとまった。


「すみません。この野菜を二つほしいのですが、おいくらですか?」

「トマの実かい? それなら二つで大銅貨一枚だよ」


 大銅貨が一枚っと……。

 これまでずっと森での生活を続けていたが、少ないながらもお金は持っていた。森で拾ったり、狩った動物が誤飲していたものであったりで無駄遣いができるほどの金額ではないが。

 俺は所持していた大銅貨一枚を手渡し、お店の人からトマの実と呼ばれる野菜二つを受け取った。


「ありがとうございます」


 トマの実を一目見た瞬間、無性に食べてみたいという直感がはたらき、気づけば購入に至っていた。

 その後も生前に見た野菜を思い出しながら、ほかの店をしばらく見てまわった。




 市場に立ち並ぶ店をひととおり見終わった頃、上に目を向けるとすでに空がオレンジ色に染まり切っている。

 今晩泊まる宿をまだ決めていなかったことを思い出し、慌てて宿屋を探し歩いたところ、市場から少し外れたところで一件の宿屋が見つかった。


 見つけた宿屋は少しばかり建物に古さが目立つが、これもまた風情というものだろう。早速、宿屋に入ろうと扉に手をかけたが、扉は施錠されていて人の気配がまるで感じられない。


「おい、そこのお前」


 宿屋を目の前に呆然と立ち尽くしてしたところに、俺と同年代くらいの村の少年が声をかけてきた。

 俺はキョロキョロとあたりを見まわし、俺以外に人がいないことを確認して呼びかけに答える。


「僕……ですか?」

「あぁ、お前だよ。この村の人間じゃなさそうだから知らないだろうが、その宿屋ならずっと休業してっから待ってても無駄だぜ」


 その少年はそう一言だけ残すと、市場の方へと向かって歩き始めた。


「そっか……」


 久々にゆったりできると思って少し期待していたが、休業中ということなら仕方ないか。

 村の中は大体見たつもりだが、ここ以外に宿屋らしき場所を見つけることはできなかった。残念だが宿屋に泊まることは諦めて、村の隅っこの方でいつものように野宿としよう。


 であれば、せめて食べ物だけでももっとこの村のもので満喫したい。

 そんな思いに駆られて、さっきの少年を後追いするように俺は再び市場へと向かった。


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