激昂する悪魔
悪魔は玉座から静かに立ち上がると、そのまま剣を斜めに構えた。
雰囲気は先ほどまでから大きく変わり、全身の毛が逆立つような思いが俺に襲いかかる。
「お前みたいな口だけのヤツがいる限り、何も変わらないんだ……」
悪魔はひっそりと呟いた次の瞬間、剣を振り上げながら目にも留まらぬ速さで俺との距離を詰めてきた。
「消えてしまえ!」
「うあっ!?」
カコーン! 俺は咄嗟にアイテムボックスから棒を取り出し、悪魔が振りかざした剣を間一髪のところで受け止める。
そして、剣と棒の交じり合う音が俺のすぐ目の前で鳴り渡る中、俺はすぐさま三歩ほど後退して近接状態となっていた悪魔から距離を取った。
「ツバサ、大丈夫か!?」
「うん、なんとかね……」
俺が悪魔の先制攻撃をやり過ごすと、それを見ていたカイルが焦る表情で叫んだ。
どうやら、カイルたちは無事だったようだ。悪魔はカイルやリオンには目もくれることなく、俺に向かって一直線に接近してきていたからな。
取り敢えず、それがわかっただけで俺も一安心できるってもんだ。
俺たちが互いの安否を確かめ合っていると、悪魔は怒りの矛先を明確に俺へと向けてきた。
「――せっかく忘れられそうだったのに思い出しちゃうんだよ、お前みたいなヤツを見ると……。いつだったか、僕を見捨てたヤツのことをさぁ!」
な……何を言っているんだ? 少なくとも、この悪魔とはこれが初対面。俺はまったく身に覚えがない。
だが、今の言動から察するに、過去の憎しみに囚われていることは間違いなさそう。
次第に悪魔の身体からはどす黒いオーラのようなものが溢れ出し、顔の左半分には魔法陣のようなものが赤く浮かび上がっていた。
こんな戦闘をするつもりなんてなかったが、今の悪魔を見ていると流石にそうも言っていられない。
すかさず俺も身体強化の魔法を発動して、この悪魔から繰り出されるであろう次の攻撃に備える。
俺は悪魔から目を離さずにじっと棒を構えていると、悪魔は再び俺に切っ先を向けて飛び出してきた。
悪魔の攻撃に対し、俺は棒のリーチを活かした突きを繰り出して応戦する。
その突きは寸前のところで避けられたが、俺はそのまま薙ぎ払いに転じて攻撃を続ける。
しかし、悪魔はその攻撃さえも絶妙な後退によって回避し、尚も俺の懐を目指した前進を続ける。
「今度こそ、これで最期だ!」
空振りに終わった俺が体勢を立て直すより先に、またも悪魔に俺の懐への接近を許してしまう結果となった。
かつて、棒術を習っていた頃の経験をもってしても今の状況を打破する方法はわからない。これはもう万事休すか……。
――いや、まだいけるかもしれない! やるしかない!
「アイテムボックス!」
俺は咄嗟の思いつきでアイテムボックスの魔法を発動し、俺と悪魔の僅かな隙間に異空間を出現させる。
これが功を奏したようで、俺に向けられた剣撃は異空間に飲み込まれ、俺はまたも間一髪のところで窮地を脱した。
背中に冷や汗が伝っているのがはっきりと感じられる。再び、俺は距離を取るとともに大きく息をついた。
「ふーん……思ってたより、しぶといじゃん」
「それほどでも」
悪魔は苛立ちを見せながらも、俺のしぶとさを評価した。正直、自分でも同じことを思っていたところだ。
神様ありきとは言え、一度死んでもなお、こうして生きているんだからな。これ以上のしぶとさもそう滅多にないだろう。
それはさておき、この悪魔は俺がこれまでに出会った何者よりも間違いなく強い。一時の油断も禁物だ。
俺は息を整えながら再び、悪魔に棒を向けて立ち構える。
「まだ諦めないか……」
「当然さ、俺たちにだって帰る理由ってのがあるからね」
悪魔がこちらを目掛けて動き出したのを見計い、俺も応戦すべく攻めの姿勢で大きく前に踏み出した。
今までのような守りの姿勢のままでは悪魔に太刀打ちできない気がしたからだ。
俺は自分の距離を保つべく、棒を振るって牽制する。悪魔もまた、俺の動きに合わせて的確に距離を詰めながら剣を振るう。
ガキンガキンと乱暴な音を立てながら、互いの武器が幾度となくぶつかり続ける。ギリギリのせめぎ合いにより、互いに体力の消耗が進んでいく。
やがて、お互いに隙が生まれ始め、互いに相手の隙を突いた一撃を振るう。
「ぐわっ!」
「ぐっ……」
武器の長さで勝っていた俺の棒が先に当たり、悪魔は大きく吹き飛んだ。
しかし、同時に悪魔の剣撃も俺の右腕をしっかりと捉えており、俺も右腕に切り傷を負ってしまった。
「おいツバサ!」
「大丈夫か!」
俺たちの行方を見守るカイルとリオンの叫び声が玉座の間に響く。
右腕に痛みは走っているが、幸いにも傷は浅い。俺はすぐさま悪魔の方に身体を向けて棒を構える。
悪魔もすぐに立ち上がり、落とした剣を拾い上げる。そして、肩で息をしながら再び剣を俺の方へと向けてきた。




