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異世界転移

「さて、ここからは転移先の身体について、まずは能力面に関する話からじゃが……」


 能力? ひょっとして、魔法みたいな何か特殊めいた力が俺にも使えちゃったりするのかな?

 俺の考えが見透かされている以上、これといって隠す意味はないが、高まる期待を抑えながらシトラ様の話に耳を傾ける。


「まずはお主が生前で会得した技術じゃが、それらは基本的に転移先の身体でも問題なく使えようにするつもりじゃ」


 これはつまり、一度習得した自転車の乗り方を忘れないのと同じような感じ……ということだろうか。


「そういうことじゃ。ただし、身体が変わるから力加減や腕の長さのような感覚のちがいは少なからずあるじゃろうがな」


 なるほど……。であれば、新しい身体の動かし方にさえ慣れてしまえば、やれることはそれなりにありそうだ。


「次に知識面についてじゃが、今のお主が持っておる知識の類もそのまま引き継ぐつもりじゃが、それで良いか?」

「はい、それでお願いしま――」


 いや、ちょっと待てよ。このまま異世界に行ったときとして、言語に関する知識ってどうなるんだ?

 転移した先の世界で日本語が通用するとは到底思えないし……。


「その点も心配は無用じゃ。お主が転移した先の世界で生きるのに困らない程度の言語知識は付与してやるぞ」

「あ、ありがとうございます!」


 さすがに知らない文字しかない環境で、新たな言語を習得するなんて無理難題と言っても過言ではない。

 中学英語ひとつ覚えるのですら苦労した俺にとって、今の一言だけでかなり気が楽になったことは言うまでもない。




「――で、話のメインはここからなんじゃが……」


 え? ここからがメイン?

 ここまでの話だって、普通からはかけ離れたことばかりだったと思うが、それさえも凌駕してしまうほどの話がまだあるのか?


「お主もさっき期待していたようじゃったが、魔法じゃよ」

「ま、魔法!? ――もしかして、俺にも魔法が使えちゃうんですか?」


 たしかに、最初に転移の話が出たときに年甲斐もなく魔法が使えるかもって期待もしたが、まさか本当に魔法が使える日が来ようとは……。


「どのくらい使えるようになるかは、お主の努力次第でもあるがな。――それでも、いい話じゃろ?」

「はい!」


 信じられないような話の連続で、かつてないくらいにテンションが上がっていることは自分でもはっきりとわかる。

 実際、漫画やアニメの影響で魔法のような特殊能力が使えたら……なんてことは誰しも一度くらい考えたことはあるはず。――少なくとも、俺はある。

 それで、俺はどんな魔法が使えるようになるのだろう? 今から楽しみで仕方がない。


「魔法の適性についてじゃが本来、適正は生まれつきで決まってしまうものなんじゃ」

「じゃあ、僕みたいに転移の場合ってどうなるんですか?」

「まぁワシの一存次第じゃよ。お主には大体の属性魔法の適性は与えるつもりじゃ」

「本当ですか? ありがとうございます!」


 沸き立つ思いを必死に抑えて、俺はシトラ様にお礼を述べる。


「何、ワシが与えるのはあくまで魔法の適性のみじゃし、礼にはおよばんよ。実際に魔法がどの程度使えるようになるかは、これからのお主の努力次第じゃということだけは忘れるでないぞ?」


 地道にコツコツと練習して鍛えるということ自体はそこまで嫌いなことでもないし、特段の問題はなさそうだ。

 むしろ、能力がここまで優遇されていることで、返って悪目立ちすることがないかの方が心配になってきた。


「フォッフォッフォ……、それならば心配ないじゃろう。ワシはきっかけを与えるに過ぎないからな」


 なっ!? またしても俺の心の中が読まれた。読まれることがわかっていても、やっぱり心の声にまで反応されるとビクッとしてしまう。


「それって、仮に俺が色んな魔法を習得できたとしても『努力したから』の一言ですべて片付いてしまうと?」

「たしかに一般の人と比べると年不相応にもなるじゃろうが、複数の魔法適性を持つ人がいないわけではないからのぅ。まぁ何とかなるじゃろう」


 本当に努力やセンスの一言だけで片付くのかは怪しいが、生前でも卓越した技術や強さを持ったアスリートだっていたし、これも同じようなものなのかもしれないな。

 であれば、必要以上に心配することでもないか。




「ところで話が変わるんですが、俺がこれから暮らす世界ってどんな場所なんですか?」


 人に溢れた都会なのか、はたまた大自然に囲まれた田舎なのか……。この状況にも慣れてきたのか、気になることがポンポンと頭の中に浮かび始めていた。

 口に出さなくとも考えが筒抜けである以上、それを黙殺する意味もないのでそのまま口走ると、そんな些細な質問でさえもシトラ様は意気揚々に答えていく。


「お主の転移先じゃな? それならレアシオン王国と呼ばれる国のはずれにあるレアンの森という場所じゃ」

「森……ですか……」


 大自然に囲まれた場所にちがいはないが、思っていたよりまさかな場所だな。

 何というか、序盤から結構なサバイバル能力が要求されそうな気がするが、無事に生きられるんだろうか……。


「この森は魔物もほとんどいないし、大丈夫じゃよ。この世界で生きるためのチュートリアル的な環境と思っても良いじゃろう」

「それはつまり……安全である反面、経験できることも多くはないということですか?」

「早い話がそういうことじゃ。じゃから、適当なタイミングで森から出て、人がいる街や村を目指すのが良いじゃろうな。北に向かって進めば、それなりに発展した街があるからのう」


 今の話を聞いた感じでは、この森にいる間であれば人目を気にせず魔法の訓練に励むことができそうだ。木の実や小動物があれば食材についても何とかなるだろう。

 であれば、最初のうちは気が済むまで魔法の練習に徹することにしよう。そして、それなりの力がついたと思えたら、そのときは森を出て世界の各地を冒険でもすることにしよう。




「あのー、最後にもうひとつだけ訊きたいことがあるのですが……」

「ふむ、どうして転移者にお主が選ばれたのかってことじゃろ?」

「え……あっ、はい。まさにそれです」


 実際、俺以外にも死んだ人はごまんといると思うが、その皆に転移できる機会が与えられているというわけでもなさそうだ。

 だったら、どうして俺が転移者の候補として選ばれたのか、これだけは今のうちにぜひとも聞いておきたい。


「そうじゃな……、お主がこれから暮らす世界は、人々の魔法によって発展を続けている世界なんじゃ」

「魔法が使えれば何でもできそうなイメージがありますからね。何となく想像がつきます」


 少なくとも、今の俺からしてみれば魔法は便利でかつ万能といったイメージが強い。より豊かな生活を実現するためにそういった便利な力を活用するというのは至極真っ当だろう。

 実際、これまで俺が生きてきた地球だって、それがあって科学が発展してきたわけだからな。


「じゃから、新たな発展の可能性を試してみたいんじゃ。もっと簡単に言うならば、お主はスパイスみたいなものじゃよ」


 たしかに魔法で解決できるなら科学力は必要ないし、それが未発展だったとしても何もおかしくはないもんな。

 だからと言って、俺ひとりごときで与えられる影響も精々知れている気がするが……。

 ただ、そんな理由であれば、別に俺でなくたって構わなくないか?


「まぁ、そうじゃな。今の話はただの建前で――、お主を転移者として選んだ一番の理由じゃが……」


 俺はゴクリと固唾を呑んで、あとに続く言葉を待つ。


「ただの同情じゃよ」

「はい? ど、同情……ですか?」

「たまたま、お主の死の瞬間が目についてしまってのぅ……お主には悪いが、あんなに笑ったのは久々じゃったわい。あんなおかしな死に方をする奴はそう滅多におらんからのぅ」

「ははは……」


 自分で言うのも嫌な話だが、あんな死に様だもんな。その瞬間を知人に見られなかっただけでも、いくらかはマシとも言えよう。

 それに、あの死に方のおかげでこの機会が得られたのであれば、それはそれで良し……なのか?


 それにしても、まさか神にまで同情される日が来ようとは……。何だかこんなしょうもない死に方で先に逝ってしまって、俺を産んで育ててくれた両親に申し訳が立たない。




「さて、そろそろ時間じゃな」


 シトラ様との話がちょうど落ち着いた頃、俺の身体から眩い光が放たれ始めた。


「ワシからの話はこれで終わりじゃが、最後にひとつ。せっかくお主に与えてやった新たな人生じゃ。悔いが残らぬよう、存分に生きることじゃ」

「ありがとうございます! せっかくいただいた命ですから、後悔しないよう精一杯、楽しませてもらおうと思います」


 俺が最後にお礼の言葉を一言述べると、途端に俺の身体から放たれる輝きの強さが増し始めた。

 そして、それとともに俺の意識は少しずつこの空間から遠のいていった。


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