2人の実力
俺の攻撃がギリギリ届きそうな間合いとなったところで足を止め、それと同時に俺は呼吸を整える。
エリックさんが構える木剣と比べると、俺が持っている棒の方がリーチは長い。だが、子どもの身体である俺との体格差を踏まえると、一概に有利とは言い切れない。
その上、攻撃をしかけるタイミングを見計らっているが、エリックさんは依然として顔色一つ変えずに剣を構えたまま俺の動きを見ており、そう簡単に隙を見出せそうにはない。
どうやら、真正面からぶつかる他はなさそうだ。
「では、こちらから行かせてもらいます!」
「あぁ、どこからでも来い!」
俺は焦る気持ちを抑え、棒をしっかりと握り締めてエリックさんに攻撃をしかける。
カコーン!
エリックさんは俺の一振りを当然のように木剣で受け止め、互いの武器のぶつかり合う音がこの場に響いた。――が、さすがにこのくらいは想定の範囲内。
俺はすぐに体勢を直し、二発、三発と手を止めることなく攻撃を繰り出す。
しかし、エリックさんも俺が繰り出したすべての攻撃を見切っており、木剣で受け流したり上体を反らすことで一つずつ対応してきた。ただ、エリックさんの顔から余裕を感じさせる表情は完全に消え去っていた。
「ぐっ……思ったよりやるじゃないか。――では、そろそろ俺も……」
エリックさんは攻撃の体勢を整えるためか、俺の攻撃のタイミングに合わせてバックステップで俺から距離を取ろうとした。だが、俺だってそう簡単に反撃を許すつもりはない。
「そうはさせない。おらぁ!」
エリックさんのバックステップに合わせて俺も前に飛び出し、そのままエリックさんめがけて突きを放つ。
「なっ……おわっ!」
今の一撃はエリックさんの隙をしっかり突いたつもりだったが、エリックさんはそれさえも咄嗟に剣身で受けて直撃を避けて見せた。
ところが、足がしっかりと地についていなかったことで踏ん張りが足りておらず、エリックさんは少しばかりのふらつきも同時に見せた。
俺はその瞬間を見逃さず、即座に棒を振るってさらなる追撃をしかけた。
「二人ともそこまでっ!」
俺が棒を振り下ろすと同時にマークさんが模擬戦終了を宣言した。
「ふぅ……、ありがとうございました」
「こちらこそ。話には聞いていたが、見事な棒捌きで感心したぜ」
俺は一呼吸おいてエリックさんにお礼をし、次に控えるカイルの邪魔とならないよう早々と広間の端に移動する。
「次はカイルの番だね。頑張って」
「あぁ、やってやるぜ! ツバサにも負けてられないからな」
カイルは用意された武器の中から木剣を手に取って、広間の中央で木剣を構えた。そして、マークさんがエリックさんと交代して同じようにカイルの前に立って木剣を構えた。
「二人とも準備は良さそうだな。それじゃ――、試験開始っ!」
エリックさんは木剣を構える二人のそばに立ち、高らかに模擬戦開始の宣言をした。
マークさんはエリックさんと同じようにその場からは全然動かず、剣を構えたままカイルの動きをじっくりと見ている。それに対し、カイルも俺と同じようにマークさんの様子をうかがいながら、少しずつ間合いを詰めている。
マークさんの実力はわからないが、少なくともエリックさんと同等のレベルはあると思ってよいはず。ただ、俺のときとは違い、カイルとマークさんは二人とも同じ武器であり、武器の差でわずかに有利を得られた俺のときと同じような試合にはならないだろう。
この状況でカイルはどんな戦い方を見せてくれるのかはすごく気になっている。
しばらくして、カイルとマークさんの間合いがある程度の距離となったところでカイルが攻撃に転じた。
「はぁっ!」
カコンカコンと二人の木剣のぶつかり合う音が数回鳴ったあと、そのまま鍔迫り合いへと発展していった。
鍔迫り合いのまま、硬直した状態がしばらく続いている。そんな中、硬直した状態に変化を与えるためか、マークさんが剣の動きに緩急をつけ始めた。
パコーン!
えっ? 今の一瞬の間に何があったんだ?
マークさんが動きに変化をつけた次の瞬間、乾いた音が響き渡るとともに鍔迫り合いをしていた彼らの足元に一本の木剣が転がっていた。
あまりに突然すぎる出来事に、俺は何が起こったのかがわからなかった。
すぐさま二人の手元に目を向けるとマークさんの手元にあったはずの剣が消えている。どうやら、足元に転がっている木剣はマークさんが持っていたもののようだ。
目線を戻すと、武器を失くしたマークさんに向かってカイルが追撃をしかけていた。カイルの剣筋はどれも的確に急所を狙っているように見えるが、マークさんはそれをギリギリのところで躱している。
――なんと言うか、野生の中を一人で生きるうちに身についた野生の剣とでもいった感じだろうか。少なくとも、人から教えてもらった剣術とは思えない。
「そこまでだっ!」
マークさんが飛ばされた剣を拾う機会を作れないままの防戦一方となったところでエリックさんが模擬戦終了の宣言をした。
「お疲れ、カイルもやるじゃん!」
「あと少しだったんだけどな」
終了の宣言とともに俺はカイルのもとに駆け寄り、労いの言葉を投げかけた。
あくまで試験だからエリックさんもマークさんも多少の手加減があったとは思うが、それでも俺たちの実力をそれなりに示せたとは思う。
――が、カイルを見ると、どこか悔しそうな表情がにじみ出ている。きっと、殺るか殺られるかの中で過ごしてきたカイルにとって、相手を捉えきれなかったことに思うことがあるのだろう。
「二人ともお疲れさま。適正テストはこれで終わりだよ。テストの結果が気になっていると思うんだけど、今日はギルドマスターが不在だから結果が出せないんだ」
「そういうわけだから申し訳ないが、試験の結果については明日にでもまたギルドに来てくれ。――まぁ、君らなら問題なく合格だと思うから、そう心配することはないと思うぞ?」
うーん……。試験結果が今日中に出ないのは想定外だったけど、ギルドマスターが不在じゃ仕方ないか。
「はい、テストの結果は明日になるのですね。――では、また明日に来ようと思います」
「えーっと……何か問題でもあったかい?」
えっ? ひょっとして顔に出ていたのか?
俺は平常を装っていたつもりだったが、どういうわけかマークさんに一瞬で見抜かれてしまった。
「あ、いえっ、その……大した問題ではないのですが……俺たち、旅資金の残りが少ないのでどこか寝泊まりできる場所があれば、と思いまして」
正直、俺は自動車免許ばりに即日でテスト結果が出るものとばかり思っていた。だから、少し自信過剰が過ぎるが、適正テストの合格はもちろん、適当なクエストを受注して今日分の宿代だけでも稼ぐつもりでいた。
「何だ、そんなことか。それだったら、ギルド内の冒険者休憩スペースはどうだ? まだ、正式な冒険者ではないが一部屋くらいなら別に構わんだろう」
「僕も同意見かな。事情は僕の方から説明しておくから、二人ともこのあと僕についてきて」
気にしていた問題を打ち明けると、エリックさんもマークさんも大した問題ではないと言わんばかりに解決を図ってくれた。
「「ありがとうございます! ――あっ」」
「ふふっ……、ゴメンゴメン。君たち、ホントに息がピッタリそうだなと思って、つい……ね。それじゃ行こっか」
俺がマークさんとエリックさんにお礼を述べると同時に、カイルもお礼の言葉を発した。俺たちが発したお礼の言葉は、完璧といっても良いレベルでハモっていた。
マークさんはそんな俺たちの様子に笑みを漏らしながら休憩スペースに向かって歩き始めた。