冒険者適正テスト
「おはよー、カイル」
「おぅ、おはよー。いつものことだけどまだ眠そうだな?」
まだ眠い目をこすりながら起き上がると、カイルはいつもと変わらずすでに起きていた。俺だってカイルと同じ時間に寝たはずなんだけどな……。
いや、逆にカイルって本当にちゃんと寝てるのだろうか? いつも俺より先に起きているカイルが全然眠そうに見えないから、少し疑問に思えてならない。
冷水で顔を洗ってシャキッとさせたあと、部屋に備えつけられた通信用の魔導具で宿屋のスタッフに朝食の準備をお願いした。
それから間もなく二人分の朝食が部屋に運ばれてきた。
朝食もスライスされたパンに目玉焼き、ソーセージ炒め、それとフルーツサラダといたってシンプルな内容。もちろん、俺たちの普段の食事に比べれば豪華なことに違いはない。
「「いただきます!」」
俺たちは用意された朝食を早々に平らげ、すぐさま適正テストに向けた身支度を始めた。
◇
「カイル、準備はできた?」
「俺ならバッチリだせ。そういうツバサはどうなんだ?」
「俺も終わったよ。それじゃ、冒険者ギルドに行こっか」
支度を終えた俺たちはチェックアウトを済ませて宿屋を後にした。
まだ朝も早いというのにも関わらず、結構な数の街を歩く人の姿が俺の目にも映る。俺たちもその中に混ざり、冒険者ギルドに向かって歩き始めた。
「そういえば、こんなにちゃんと休めたのってカイルの家に泊まったとき以来だよね」
「あぁ、たしかにな。――だけど、ホントに悪いな。俺の分の宿代まで出してもらっちゃってさ……」
宿代のことなど俺は全然気にしていないのだが、どうやらカイルは今もまだ気にしているようだ。
まぁ、今回の宿泊で所持金のほとんどを使い切ってしまったことは事実だ。だけど、そのおかげでこうやってカイルと親睦を深めることができた。
何より、俺の性癖を考慮したらお釣りが来るレベルと言っても過言ではない。兎にも角にも、宿屋に泊まるという選択が間違いだったということは決してない。
とは言え、カイルが申し訳なく思う気持ちもわからなくはない。
「宿代がどうしても気になるんだったら、貸しってことにしておいてもいいよ? それならカイルも納得できるよね?」
「そ、そうか。それじゃ、ツバサには悪いがそうさせてもらえると助かるな」
適正テストに合格して冒険者になれば、クエストの受注ができるようになる。そうなれば、昨日の宿代どころか今後の資金調達も安定するだろう。
そんな話をしながら雑踏の中を歩いているうちに冒険者ギルドに到着した。俺たちは再びギルドの扉をくぐり、受付まで一目散に足を進める。
「すみません。本日、冒険者適正テストを受ける予定の……」
「ツバサさんとカイルさんですね? はい、テストの準備はできております。ただいま担当者をお呼びしますので少々お待ちください」
受付の人に言われるがまま、俺たちはロビーのソファーに腰を下ろして待つことにする。
座ったまま待つこと五分ほどだろうか――。ひとりの男の人が俺たちのもとにやって来た。
「君たちが適正テストを受けるツバサくんとカイルくんだね? 準備はできてるから俺について来なさい」
その人に連れられて、俺たちは体育館を思わせる大広間に移動する。
案内された大広間には、俺たちを案内してくれた人のほかにもうひとりの男の人が待機していた。
「俺は今回、君たちの適正テストを担当させてもらうことになったエリックだ。今日はよろしくな。そして、こっちがマークだ」
「僕がマークです。えー……と、ツバサくんとカイルくん……だったよね? 君たちの話はレックスたちから聞いたよ。今日はよろしくね」
「「よろしくお願いします!」」
「それじゃ、早速だが適正テストの説明を始める」
◇
エリックさんとマークさんとの挨拶を済ませると、エリックさんはすぐに適正テストの説明を始めた。
適正テストの内容を要約すると、あらかじめギルドが用意した武器の中から使用する武器を選んで、それを使って担当の試験官と模擬戦を行うとのこと。
その目的は冒険者として生きる上で必要な最低限の能力が備わっていることの確認であり、それ故に模擬戦の勝敗とテストの合否は関係しないのだそうだ。
「では――まずはツバサくんだな。この中からテストで使う武器を選んでくれ」
エリックさんがそう言うと、俺たちの目の前に木剣をはじめとした練習用を思われる様々な武器が並べられた。
俺は他の武器には目もくれず、木の棒を手に取って二度三度と軽く振るう。
俺が普段から愛用している棒は目一杯に土を圧縮して作ったものであり、見た目にそぐわない重さだったりする。
それに比べると用意された棒はどうにも軽く、単純な一振りを当てたところで大したダメージは期待できなさそうだ。まぁ、説明でも練習用の武器と言っていたから、この程度で十分なのかもしれないが……。
「それじゃあ、この棒にしようかと思います」
「ほぉ……棒とはまた、中々珍しい武器を選んだな」
使用する武器に棒を選ぶ人が余程珍しいのか、エリックさんは軽く驚く素振りを見せた。
たしかに、棒術は生前でも割とマイナー寄りのスポーツではあったことに違いないが……。
「棒で戦うのってそんなに珍しいんですか?」
「うん、まあね。棒術っていうスキルがあるから一応は用意しているけど、実際はその辺に落ちてる木の枝を振り回しているだけで知らないうちに習得してるようなスキルだからね」
「そうだな。それもあって棒はガキが使うおもちゃだって声も多い。実際、大抵のヤツは棒術から派生する槍術を使うヤツがほとんどだしな」
なるほどなぁ……。俺個人的には棒と槍では全然違う武器って認識だったが、殺傷力を基準に考えるなら槍術の方がいいってのはわかる気もする。
俺は借りた棒を片手に広間の中央に立ち、棒を構えて試合開始の宣言が出るのを待つ。
それと同じく、模擬戦の相手となるエリックさんも俺と向かい合うように立ち、木剣を構えた。
「ツバサくん、準備は良いかい?」
「はい! いつでも大丈夫です」
審判を務めるマークさんによる最終確認が終わると同時に、先ほどまでの空気から一転して重苦しい空気に包まれはじめた。
「それじゃ――、模擬戦はじめっ!」
程なくして、俺とエリックさんを包み込んだ静寂がマークさんによる模擬戦開始の宣言によって切り裂かれた。
さて、この棒でどうやって戦略を立てようか。
いつもの棒とちがい、相手の体勢が崩せるような重たい一撃は期待できない。それ故に、いつものように初っ端から飛び出すことはせず、エリックさんの出方を慎重にうかがうことにする。
「さぁ、どうした? ツバサくん。君の実力を見せてみろ!」
エリックさんも俺と同じくその場から一歩たりとも動かず、どこからでも来いと言わんばかりに声を上げた。
実際、これは俺の実力を測るためのテストだから、俺が動かないことには何も始まらない。俺は棒をギュッと握り込み、ジリジリと少しずつ前に出てエリックさんとの距離を詰め始めた。