ポロッサ到着
携帯水晶の準備ができたらしく、クリフから呼び声がかかった。
「待たせたね。携帯水晶の準備ができたから早速、始めようか。――まずは、ツバサくんからでいいかな?」
異世界に来てからというもの、悪気がある行動は一切としてしたつもりはない。これだけは自信を持って言える。
――ただ、一つだけ気になっていることがある。
そのせいで、もし水晶が赤く光ったら――なんて心配が頭によぎってしまい、気持ちが落ち着かない。
「あの――この水晶が危険人物と判定する基準って何でしょうか? 例えば、悪い人たちに絡まれて一方的に叩きのめして追い返したとか……」
水晶に触れる前に少しでも不安を和らげたい一心で、俺はクリフに疑問を投げかけた。
もっとも、その答えが何だったとしても今さら水晶に触れないなんて選択肢はないのだが……。
「なるほど、そういうことね。それが本当に悪い人だったなら心配はいらないから安心していいよ? レックス、悪いけどお手本で水晶に触れてみてくれる?」
「おぅ、わかった」
レックスが水晶に手をかざすと、水晶は瞬く間に青く光り輝いた。
「これでどうかな? ついさっき、君たちと同じように盗賊を撃沈した彼が水晶に触れても、危険人物と判定されないことはわかったでしょ?」
たしかに、俺と同じように盗賊を倒しただけでなく、倒された盗賊たちを次々と縛り上げて拘束していったレックスが触れても水晶は青く光った。つまり、力を振るうことの正当性が妥当であったならば、問題なしと判断されることが実証されたといえる。
今のお手本で気持ちが落ち着いたかと聞かれたら微妙ではあるが、この水晶に対する疑念は払拭された。
俺は身の潔白を証明するため、意を決して水晶に手をかざす。
水晶を凝視していると、それから程なくして水晶が青く光り出した。それと同時に、俺の肩の荷が下りた。
その後、つづけてカイルも同じように水晶に手をかざし、俺と同じく水晶が青く光ることが確認された。
「協力ありがとう。二人とも問題なかったみたいだね。――ごめんね、僕らも悪気があってこんな検査をお願いしたわけじゃないから、あまり気を悪くしないでほしいな」
「俺が疑いすぎだったようだな、すまなかった」
水晶によって俺たちの潔白が証明されると、クリフとレックスが揃って頭を下げてきた。
「いえいえ、護衛であれば疑ってかかるのは当然のことですから、頭をお上げくださいい」
俺たちに向かって深々と頭を下げるクリフとレックスに対し、俺は慌てて気にしていない旨を伝えた。
「どころで、君たちは冒険者ギルドって知っているかい?」
レックスとリーフが捕えた盗賊たちの後始末を進める中、クリフが俺たちに問いかけてきた。
「いえ――僕は初めて聞きました。カイルは知ってた?」
「聞いたことはあったけど、詳しいことまでは知らないな……」
厳密に言うなら、生前で読んでいた某小説なんかでチラチラ見かけることはあったから、ある意味では初耳でないともいえるかもしれない。
まぁ、カイルと同じでそれ以上に知っている情報はゼロに等しいし、知らないも同然なことは間違いない。むしろ、こっちの世界に冒険者ギルドなるものが実在しているとは思っておらず、少し驚いているくらいだ。
「やっぱりね。さっき君たちを水晶で調べたときに冒険者ライセンスの情報がなかったから、もしやと思ってね」
「冒険者ライセンス?」
「うん、簡単に言うと冒険者であることを証明するためのライセンスだよ。冒険者ギルドで試験を受けて、試験に合格したら発行できるから興味があるなら行ってみてもいいと思うよ? 詳しいことはギルドの受付で教えてくれると思うけど、各地を行くつもりなら持ってて損はしないよ」
なるほど。つまり、運転免許証のような感じで、身元を証明することができると……。
うーん、次から次へと降りかかってくる新しい情報に、今にも頭が混乱してしまいそうだ。
「その試験っていうのは、俺たちでもクリアできるような内容なんでしょうか?」
「試験って言っても軽い模擬戦だからね。さっきに戦いぶりなら、二人ともほぼ確実に大丈夫だと思うよ」
なんだか少し過大評価な気もするが、思っていたよりも高い評価をされているように聞こえる。
それは一旦置いておくとして、冒険者ギルドか……。
ちょっと興味もあるし、ポロッサに着いたら一度行ってみたいという気持ちが芽生えた。
どちらにせよ、まずはポロッサに着くことが必要不可欠。だが、平原をしばらく歩いてきたものの肝心のポロッサと思われる街の姿はいまだ見えない。
せっかく、ポロッサを知っている人たちと出会えたのだから、ポロッサまでの道だけでも確認しておきたい。
「ポロッサの冒険者ギルドの方々と言っておられましたので、一つお聞きしたいでのですが……」
「ん? 俺たちで答えられることなら教えてやるぜ。言ってみな?」
聞きたいことがある旨を言うと、レックスが手を止めて何でも聞きなと言わんばかりの反応を見せた。
「ポロッサを目指しているのですが、こっちに向かって歩けばポロッサに着けますか?」
「あぁ、合っているぜ。今から歩いても昼過ぎには着くんじゃないか」
ポロッサがあると思っている方角に指をさしながら道を尋ねると、間髪を入れずにレックスが答えた。
どうやら、歩く方向は地図の通りでちゃんと合っていたらしい。何より、かれこれ数日ものあいだ平原を歩いてきたが、今日にもポロッサに着けそうということがわかったのが大きい。
この回答を受けるなり、俺とカイルはあまりの嬉しさからお互いに顔を見合わせ、その場で笑みが零れた。
「ありがとうございます! それじゃ、僕たちは失礼しますね」
「あぁ、助かったぜ。お前たちも気をつけろよ」
盗賊との一件も無事に片付き、俺たちはポロッサに向けて再び歩き出した。
軽やかな気持ちで平原を歩き続けるうち、太陽がちょうど俺たちの真上にさしかかった。
「ねぇ、あれっ!」
「おっ? 街……だよな。あれがポロッサか?」
俺が向けた指の先にぼんやりとであるが、ポロッサであろうと思われる城壁が見え始めてきた。
ようやく姿を現した街の姿に、俺は年甲斐もなくはしゃいでしまった。心なしかカイルもぼんやりと見える街を前に、いつにないテンションとなっているように見えた。
それからというもの、俺たちは疲労が十分に蓄積していたはずにも関わらず、それさえも忘れて駆け足へと変わっていた。
そして、俺たちはついに当初の目的地であったポロッサの城門前に到着した。