カイルの本心
「そういえば、ツバサってどこから来たんだ?」
お互いに布団の上でボケっとして過ごしていた中、唐突にもカイルが俺のことを訊いてきた。
残すところ寝るだけの俺たちが今できることといえば、コミュニケーションの基本ともいえそうなお喋りくらい。
俺だってカイルともっと親睦を深めたいという思いはあるし、あわよくば――。そんな邪な思いも秘めつつ、カイルの疑問に答える。
「レアンの森って知ってる? ここからずっと南の方にあるんだけど」
「名前を聞いたことしかないけど、あそこって人が住んでたのか?」
「いや、人は俺だけだったよ。森に家をつくってしばらく一人で住んでたんだ」
俺が疑問に答えると、カイルの表情は瞬く間に唖然としたものに変わった。
きっと、その表情を見るにレアンの森って本当に人が行くような場所ではないのだろう。たしかに、俺が森で暮らしていた二年の間で森に来た人といえば、つい先日のあの三人組だけだったもんな……。
「ところで、カイルもひとり暮らし……だよね?」
「あぁ、俺も今はひとりだぜ。父さんも母さんも六年前に過労で死んじまったからな」
――そういうことだったか。だから、急に村に訪れた俺の分の布団まで用意できたのか。
それより、俺が知らなかったとは言え、今ので地雷を踏んだりしてないだろうか?
「なんか、その……ごめん」
「別に気になんかしてないし、謝ることじゃねーよ」
カイルは気にしていないと言ってこそいるが、さすがにここから話題を膨らませるなんてできるはずもなく、この場は沈黙に包まれた。
ただ、ここの村人たちのカイルに対する言動は何だったのだろう?
幼い頃に両親を亡くして、本当ならもっと村の人たちと協力して生活しているのがあるべき姿だろう。――それなのに、協力どころか村八分って……。
少なくとも、神様の支援ありきで生きてきた俺なんかよりも、カイルの方がよっぽど立派に生きているじゃないか。
「あの……さ、余計なお世話かもしれないけど、俺からもひとつ訊いてもいいかな?」
「ん? 別にいいぞ?」
余計なお世話ということは承知の上で、俺は村人たちとカイルの関係について訊いてみると、カイルは真面目な表情で俺の質問に答えた。
「やっぱり、気になるよな。別に隠すようなことでもないから良いんだが……。さっき、六年前に父さんや母さんが死んだって言っただろ?」
「うん」
「早い話が誰も身寄りのない俺を引き取りたくないって、それだけの話だよ」
「えっ? そんな、たったそれだけの理由で?」
「あぁ、そうさ。みんな、自分の生活だけで精一杯だからな。『あなたの面倒を見る余裕なんてないから、うちに関わらないで』ってはっきり言われたぜ」
さすがに自分らの生活すら余裕がない状態で、他人の面倒が見れないというのはわかる。
それはわかるが、だからと言って村八分に合わせる意味までは理解できないし、理解したくもない。
ただ、俺自身、村社会のことはよく知らないから、あまり過ぎたことは言えない。それに、もしかしたらこの国ではそれが普通という可能性も一応は残されている。
とは言え、いまの話を聞いた限りだと、少なくとも俺には人間として終わっているとしか思えない。
「だったら、カイルだってあれだけ強いんだし、村から出てどこかに移住しちゃえば……って思ったけど、やっぱこんな村でも思い入れとかあったりするの?」
さっきの狩りを見た感じ、カイルほどの実力があるなら村から出たって十分に通用すると思うけどな。
村人たちから受けている仕打ちも相まって、ますますカイルがこの村に居続ける理由がわからない。
「いや……そんなものは特にない……な」
――ひょっとして俺、色々と無神経に訊きすぎてしまったか?
訊いた直後、カイルの表情が明らかに曇っていた。
「なんか……ごめん。――俺、カイルの気も知らずに変なこと訊いちゃったよね?」
「いや……俺の方こそ、すまん」
気になったと言ってしまえばそれまでだが、誰にだって聞かれたくない話の一つや二つあるはず。そんなことにすら気づかず、無神経に色々と訊いてしまった自分が許せない。
その後、重たい空気となったまま、俺たちは会話をやめて寝についた。
◇
翌朝、窓から差し込んだ朝の光によって俺は目が覚めた。
隣にカイルの姿はない。
外の空気を求めて家から出ると、俺より一足先に起きていたカイルが家の前に立っていた。
「カイルおはよー」
「あぁ、おはよ」
お互いに挨拶を交わしたものの、何となく昨夜の重たい空気がまだ残っているようだ。
そう思っていた矢先、少し間をおいてからカイルが強張った顔で口を開く。
「な……なぁ、ツバサはいつ村を出発……する予定なんだ? 今日か? それとも明日か?」
「えっ? カイルが今日も泊まっていいんだったら、明日にしようかなと思ってるけど……何かあった?」
カイルからの突然の問いの意味に疑問を感じつつも偽りなしに答えると、またも沈黙の渦が俺たちを襲う。
――カイル、いったいどうしたのだろう?
昨日、出会ったばかりであまり深くは知らないから確証はないが、何となく普段のカイルらしさが感じられない気がする。
俺が脳内で考えを巡らせている中、カイルが何か決心ついたかのように拳をギュッと握り、強張った顔で再び口を開いた。
「も……もしっ! ――ツバサさえよかったらなんだが、お前のその冒険に……俺も一緒に行かせてほしいんだ!」
「えっ!?」
カイルの口から出てきた言葉に、俺は耳を疑わずにはいられなかった。
カイルに目を向けると、その力強い表情から揺るがないと言わんばかりの固い意志がこれでもかと伝わってくる。
もちろん、俺としてもカイルの気持ちに力の限り応えたいとは思っている。ただ、この冒険は俺の好奇心を満たすぐらいの目的しかない。
こんな大した目的もないフワフワした冒険だが、カイルはそれでもいいのだろうか。
「ポロッサって街に行くこと以外、特に予定も目的もないけど、それでもいいの? 正直、この村に来たのだって偶然みたいなものだし、思いつきで行動してるからこの先だって何があるかわからないよ?」
「それでも構わない! ただ、こんなこと――今の俺じゃツバサにしか頼めないんだ」
俺が念押しで確認をすると、カイルは間髪を入れずに答えた。カイルの意志の固さは俺にも十分に伝わった。
むしろ、俺だってカイルみたいな少年と仲良くなることは所望していたし、断る理由の方がないくらいだ。
だが、カイルは本当に俺みたいなヤツと一緒でいいのだろうか?
「ほ……本当に、俺なんかと一緒でいいのか?」
「あぁ、ツバサと一緒に行かせてくれ! 正直に言うと、人とここまで話したのは久しぶりだったし、ツバサといた時間は楽しいと思った」
すでにしつこいと思われているかもしれないが、俺は念押しでカイルに確認するもカイルの返答は変わらなかった。
それどころか、俺と一緒に行きたいなどと言ってくれるとは思ってもおらず、カイルの言葉が俺の中でしばらく反響を続けた。
正直、何だかんだカイルとは気が合いそうだと思っているし、何より一人で冒険するよりも仲間がいた方が断然楽しいはず。ここまで言われたなら断る理由など、もはやない。
「――わかった、カイル。それじゃ、これからもよろしくね」
「俺も一緒に行っていいんだな? 俺の方こそ、これからもよろしくな!」
俺がカイルとともに冒険に行くことを決めると、緊張が解けたのかカイルの表情も次第に和らいでいった。
一緒に冒険する仲間ができたことは、俺にとっても実に嬉しい話。
――なのだが、何度でも言うが俺はショタコンである。そんな俺とカイルの仲がこれ以上深まったときに理性をしっかりと保てるだろうか、という新たな心配も同時に生まれてしまった。