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PEACE KEEPER  作者: 狐目 ねつき
Liebe guard
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7話 決別

「なぁ、アウル。これからピリムも誘って放課後の作戦会議でもしねえか?」


 学士達が整列しているその中で、アウルは隣に立っていたライカから声を潜めて提案される。彼が口にした『作戦会議』というのは、昨晩アウルから真相を打ち明けられたライカが話を無理矢理と押し進めていった、クルーイルの説得に関する件を指していた。


「どうせ俺たち、いつもこの時間はただ駄弁(だべ)って終わるだけだからな。せっかくだし今日は時間を有意義に使おうぜ」


「…………」


 ライカは返答を待たず一方的に言葉を連ねていく。アウルはただ黙って耳を傾けていた。



「そんじゃー各自さっさと散れー。オレ達はここでオマエらの様子見てっからさ。まー、なんか質問とかあれば一応は受け付けてやるけど、めんどくせーからあんま話し掛けんなよー」


 その一方で、先程レスレイに遮られた始業の号令を、サクリウスが気怠そうに改めて発する。それを受けた学士達は、広場の中央から散り散りに分かれていった。



 ――武術授業の基本的な流れについて説明をしよう。


 まず、参加する百五十名程の学士達が『体術組・剣術組・魔術組』と呼ばれる、三つの技術からなるグループに分かれる。


 どの技術のグループに行くかは各自で自由に選ぶことが可能で、二〇〇平方ヤールト程ある武術場に、技術ごとにそれぞれ割り与えられたスペースへと分散を開始する。分散した後は個人毎に自らの望む訓練のメニューを、与えられた九十分間で取り組めるのだ。


 一人で黙々と訓練に打ち込むも良し、仲の良い友人と一緒に研鑽し合うも良し、と自主的に行えるのがこの授業の特徴となる。手法としては自習に近いと言って良いだろう。


 次に、分けられた技術毎の主な訓練内容と、参加する学士の傾向について軽く触れよう。


 体術組は主に、力量が近い者同士の組み手や、武術場のそこかしこに設置がされている木人形に向かっての打ち込みなどが基本となっている。参加する男女比はいつも半々といったところだ。


 続いて男学士からの圧倒的な人気を誇る剣術組は、予め学園側から園内でのみ使用が許可されている竹製の『バンブレード』という、訓練用に作られた木剣を使用しての打ち込みや学士同士の手合いが主となっていた。

 しかし学士達にとっては生温い基礎を続けるよりも、直接力量の誇示がし合える手合いの方が人気の傾向が強く、毎度のように『剣術トーナメント』を学士達の間で勝手に開催しているという。


 そして最後に――扱う技術がモノによっては必然的に広範囲となってしまう為、一番広いスペースが貸し与えられているのが魔術組となる。


 ただ、流石に学士同士で攻撃魔術を撃ち合う訳にもいかないので、木人形に向けて魔術を放つのみしか許可は下りていない。その他に出来る事と言えば、新たな魔術を修得するために必須とされる魔導書などを各自で持参し、修得の為に時間を費すといった程度にしか訓練もままならなかった。


 それでも魔術組には、毎回一番の人数が集まっていたという。だがその内訳は、身体を動かすことを嫌う年頃の女学士や戦闘を必要としない職種に就こうとする所謂〝ナード〟寄りな学士など、武術そのものに対する興味を持ち合わせていない層が大半を占めていた。


 そういった学士達から格好のサボタージュの場として利用されているのが、魔術組の実態にして傾向となっていた。



 ――以上が、武術授業に於ける基本的な流れとなる。


 学士達にとってこの授業とは、明確な目的を持つ者からすれば思う存分と自己の研鑽へと励むことができ、あまつさえ軍属志望の者とくれば貴重なアピールタイムにも成りうる。


 ただ逆を返せば、訓練に対する意欲の低い者ほど、ただただ退屈なひと時へと変化をするだけとなる。つまるところ、この用意された約一時間半もの(いとま)をどう過ごそうが、全ては個人の意思に委ねられるということだ――。



(はぁー、ほんっとだりーなあ。早く帰って寝てーわ)


 号令の後、まばらに散っていく学士達を眺めていたサクリウス。授業開始からして、モチベーションの無さが誰の目から見ても明らかであったが、彼はそもそもこの授業に於ける視察そのものが無駄な時間だと既に悟っていたのだ。


(そーいや、オレ達がこの授業を任されるよーになってからもう一年になるんだよなー)


 学園内の中庭に造られた武術場から、雲一つない青天を見上げていたサクリウスはふと、感慨へと浸る。これまで約一年もの間、彼を含んだ三人の団士は授業という名目上ではあるが、定期的に学士達の視察に訪れていた。


 彼らが求めている人材とは『即戦力となる者』が第一。

『今は未熟でも磨けば光る可能性を持つ者』が、第二とくる。その者らは謂わば、ゼレスティア軍の未来を担いうる存在となる若き才能だ。


(やっぱ即戦力クラスとなると、中々見付からねーモンなんだなー)


 サクリウスは訓練中の学士達を静かに観察し、分析をする。


(まー、軍に入隊出来るレベルでの素材ならチラホラ居るには居るんだが、ソイツ等ですら下位ランクの魔物相手に通用する程度のモンだしな。任せられるシゴトといや、精々ゲート近辺の駆除任務くらいか。魔神族相手だと弾除けにすらなんねーだろーに)


 サクリウス達の手前、これ見よがしに木剣を素振る者や、ひけらかすように覚えたての攻撃魔術を披露する者。注目を浴びようとアピールに躍起となっているそんな学士達を、サクリウスは冷めた目つきで見やる。


(あんまガキ共のヤル気も削ぎたくねーから声を大にしては言えねーけど、コイツらの中に即戦力になりそーな()()はいねーよ)


 口には出さずに、彼は断言してみせた。


(あの十年に一度の天才と謳われていたクルーイル・ピースキーパーですら、ついこの間に魔神族との初戦闘でビビっちまって、団士として一番やっちゃいけねー()()()()なんてしちまいやがったらしーしな)


 同僚にして同じ団員であるクルーイルについて、サクリウスは思い返した。


(正直なところ、クルーイル以下のコイツらをいつまでも視察したってしょーがねーよなー。ポテンシャルがそんなに高そーなヤツもいねーんだし)


 いつものように、一通り雑に学士達を見終えたサクリウスは、すぐ隣でじっと視察を続けていたワインロックを横目で見る。


(大体なー、ワイン(こいつ)がここに来る度に無駄話の量が増えてくのも、オリネイが遅刻したり来なくなってきたのも、オレと同じで段々と視察する気が失せてきたからなんだよなー)


「……ん?」


 その心の声が聞かれでもしたのか、ワインロックとたまたま視線がぶつかってしまう。


「どうしたんだい、サクリウス? なんだか浮かない顔をしているね」


「別に、なんでもねーよ」


 少年のような容姿を持つ緑髪の男が、頭一つ分ほども身長差があるサクリウスに対し、首を傾げて顔色を窺う。


「ふふ、さてはキミの生き別れの弟の姿を、僕に重ねでもしていたのかい? キミは家族思いな男だからね。遠く離れて暮らす弟のことをいつも心配しているんだろう? 僕で良ければ、キミのことを〝お兄ちゃん〟と呼んであげて少しでも寂しい気持ちをまぎ――」

「いや、勝手な設定作んなよ。俺に弟はいねーから」


 ワインロックという男は、一度口を開き出すと毒にも薬にもならない内容の駄弁をいつまでも垂れ流し続けるだけの、謂わば変人だ。今回のこの視察に限らず、任務を共にすることの多いサクリウスは彼の扱いに長けており、話をすぐに打ち切らせるのが得策だと心得ていた。


「……ふぅ」


 そして小さく息を吐いて気を取り直し、この特別武術授業についての進退を、サクリウスは胸中にて確信させた。


(……そーだな。コイツらの視察は今回きりにして、今年度の九修生が卒業するまではこの授業を中止する方向で、学園理事に掛け合うとでもするか。理由さえ話せば、バズムントや団長もきっと解ってくれるだろーしな――)



◇◆◇◆



「……よし、とりあえず魔術組の方に向かおうぜ。あそこなら丁度ピリムも居ることだしな」


 散り散りに分かれていく他の学士達を横目に、ライカが意気盛んとしている。しかし、アウルの考えは違っていた。


「ごめん、ライカ……俺は今回、剣術組に行ってくる」


 アウルが一度も顔を出した事のなかったはずの、剣術組への参加の表明。それを聞いたライカが、思わず耳を疑う。


「剣術組ぃ!? あんなとこに何しに行くつもりなんだ? もしかしてお前……トーナメントに出るつもりか?」


「そうだよ」


 驚きを隠せないライカに対し、アウルはあっさりと答えてみせた。


「なんでまた急にそんな……」


「今日、帰ったら兄貴と話さなきゃいけないし、もし襲い掛かられても少しは抵抗できるように身体を慣らしておこうかな、って」


「――!」


 ライカはここでようやく、アウルの意図に気が付く。


「……そっか、なるほどな! そうと決まりゃ、俺も参戦するぜ! お前一人じゃ心細いだろうしなっ」


 いつものように二人で行動を共にすればアウルも安心するだろう、とライカは善意のつもりでそう言ったのだが――。



「いや、俺一人で行くよ。剣術組も……兄貴との話も」

「えっ……?」


 誘いに乗ってくれなかったどころか、一方的だったとは言え、放課後に取り付けたはずの約束すらも断られてしまった。数術授業の時からして既に異変はあったが、アウルのその変貌ぶりに、ライカはその場で呆然と立ち尽くしてしまう。


 一方でアウルは、そんな友人の様子を意に介すことなく、賑わう剣術組の方へと一人で向かった。


「お、おい待てよ……待てったら!」


 ライカは離れていくアウルの背中へと呼び続ける。

 しかし友人は振り向く素振りすら見せてくれない。



(……ライカ、ごめん。でも俺、一人で戦いたいんだ。ライカが一人で努力を続けてきたように、俺も……)


 突き放す形で一人で出向いたのは、いつも共に居てくれた友人へ依存することの拒否であり、その為の意思表示だったのだ――。



◇◆◇◆



 半径四ヤールト程の広さの芝生の上へ、白い塗料で円を囲んだだけの簡素な手合い場。そこを十数人で囲むように観戦希望の学士達が集い、戦いの開始を待ち侘びている。


 手合い場からやや離れた位置には、大きめのサイズの紙に書かれた手製のトーナメント表を持った、受付け係を任されている少年が立っていた。


「トーナメント参加するならまだエントリー空いてるよー! あと二人だぞー!」


 逆立った赤毛が印象的な、声を張り上げているその少年の名は、ハイデン・メストゥ。彼は同学年のライカに負けず劣らずな程の陽気な性格の持ち主だ。そんな彼の元へと、アウルがギャラリーの間を縫って近付く。


「……お、アウルか! 剣術組(こっち)に顔出すなんて珍しいじゃん! 今日は観戦にでもきたのか?」


 どちらかといえば内向的な性格のアウルとは普段接する機会が無いにも関わらず、ハイデンはフランクな口調にてアウルへと語りかける。


「出場したいんだけど……いいかな?」


「これまた珍しい! しかし愚問だぜアウル、この学園の学士であれば誰でも参加OKなのが、この剣術トーナメントなんだぜ、忘れんなよっ!」


「はは、そうだったね」


 その彼のテンションの高さにアウルは若干戸惑い、愛想笑いにて返す。


「じゃ、参加してくれたアウルにはオレからのサービスとして、今回だけ特別に対戦相手を選ばせてやるよ」


 内緒話でもするかのように口元を隠したハイデンは、アウルの耳元で提案を囁く。トーナメントの組み合わせは基本的にはランダムで組まれていたが、今回初出場のアウルへとハイデンが気を利かせてくれたのだった。


「希望は……特に無しかな。誰でもいいよ」


 だがその親切を、アウルは袖にした。誰が相手でも構わない、というスタンスで彼はトーナメントへと臨むつもりでいた。


 そう、少年の目的は優勝する事ではない。勝敗にはこだわらず、ただ単に自分の持つ力を試したいが為に参戦したのだ。


「うお、マジかい。男気あんなぁ、オイ!」


 ハイデンはアウルの背中をバシバシと叩いて称えると、傍らに置いてあったバンブレードをそのまま手渡す。受け取ったアウルは、手合い場から少し離れたスペースにある出場者達が控える場へと移動した。



「おっと……これはこれは、ピースキーパー家のアウリストくんじゃないですか~。こんなところへ何しに来たのかなあ?」


 長い黒髪。狐のように細い目つき。弄ぶように木剣を手先でくるくると器用に回しながら、小憎らしい軽口を叩く少年。その名は――。



「……えっと、ごめん……誰だっけ?」


「〝パシエンス・ガイネス〟様だよっ! クラスメートの名前忘れんなよ!」


 自己主張が強く、プライドの高い性格の持ち主であるパシエンスにとって、アウルのそれは最大級とも言える侮辱となった。もちろんアウルに他意はなく、本当に名前をど忘れしていただけであった。結果パシエンスは、挑発をするどころか逆上してしまう羽目となる。


「ごめん、本当に忘れていただけなんだよね」


「この俺様の名前を忘れるなんて、随分と良い度胸してんじゃねえか……アウリスト」


「そうなの? まあそれはともかく、トーナメントで当たったら俺は勝つつもりでいくからさ、よろしくね」

「――っ!」


 トーナメントで何度も優勝の経験があるパシエンスだったが、アウルはそんな事実などこれまで毛程も興味を持っていなかった。一方で、自らの実力に対し絶対の自信があったパシエンスは、アウルのその発言に対し細かった目を更に鋭くして威圧をする。


「アウリスト、お前その言葉後悔すんなよ?」



◇◆◇◆



 アウルに無視されたのち、呆然と立ち尽くしていたライカ。だがすぐに頭を正すと、友人の後を慌てて追い掛けた。


「はぁーっ、はぁーっ……」


 剣術組のエリアに着いたライカは、久方ぶりの全力疾走によって肩で息をするようにぜえぜえと喘いでいる。そして呼吸を整えようともせずに、ハイデンの元へと向かい出場を申し込む。


「はぁ、はぁ……は、ハイデン! 出場させてくれ! 空きはまだあるのか!?」


「おぉ、今度はライカか! さっきのアウルといい、なんなんだ今日は……雪でも降んのか? まぁ、冗談はさておいて……空きならまだあるぜ! ちょうど最後の一枠だ!」


「間に合ったか……!」


 ライカが安堵の溜め息を深く吐く。一方でニヤニヤとさせた表情を浮かべたハイデンは、先程アウルにした提案を再び持ちかける。


「んで、対戦相手の希望は?」


 その問いにライカは上がった息を整え、意を決したように一人の名前を叫ぶ――。



「アウリスト・ピースキーパーでっ!」

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