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PEACE KEEPER  作者: 狐目 ねつき
Liebe guard
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6話 武術授業開始

「なあピースキーパー……おまえ、なにか変な物でも口にしたのか?」


 信じられない、といった面持ちで少年が座る席の前に立ち尽くしていたのは、数術教士(ハミルク)だった。正気でも疑うかのようなその口振りで彼に声を掛けられたアウルはというと、いつものように居眠りをすることなく、鉛筆をノートに走らせていた。


「えっと……何でそんなこと聞くんです?」


「いや、おまえが俺の授業を真面目に受けているのが不思議でならないんだが……急にどうした? 保健室行くか?」


 教育に携わる者として口走ってはいけないことをハミルクが漏らしてしまうほど、真面目に授業へと取り組むアウルというのは大変珍しいものだったのだ。


「えぇ……素直に喜んでくださいよ。あと先生、ここの公式俺まだよく理解できてないんで、コツとか教えてもらえると助かるんですけど……」


「あ、ああ……」


 驚いていたのはハミルクだけではなかった。教室にいるアウルの他に在する、五十名ほどの九修生全員が、アウルのあまりの変貌ぶりに言葉を失っていたのだ。


(おい、嘘だろ……? あのアウルが……? 俺の作った料理にマジでなんか入ってたんじゃねえだろうな……)


 中でも一番驚いていたのが、隣の席に座るライカだった。青天の霹靂でも目撃してしまったかのような、唖然とした表情で親友を見つめている。


「あっ、なるほど。先にこっちから解いた方が楽なんですね」


 数術教士歴二十年を超すハミルクの教え上手のお陰もあり、すらすらと問題を解き、理解を深めていく少年。ハミルクもその姿を見て気分が高揚したのか、嬉しそうにアウルへと語りかける。


「覚えがいいなピースキーパー、やればできるんじゃないか。次は応用問題も教えてやろう」


「いえ、授業の中断になるんで、後で個別に聞きに行きますよ」


 耳を疑ってしまうような、アウルの優等生な発言。その場に居る全員が、思わず舌を巻かされてしまった。


「お、おう……わかった。待ってるぞ」


 ハミルクはそれだけを言い残すと席を離れ、教壇に戻って授業を再開させる。



「…………」


 教士がその場から離れたのを確認したライカは、隣に座るアウルの方へ上半身だけを寄せ、小声で囁く。


「お前、ほんとにアウルか?」

「うわ……ライカまでそんなこと言うの?」


 ノートに向かったまま、アウルが答える。

 どうにも納得がいかないライカは、再び尋ねた。


「お前がこんな真面目に授業を受けてんの見たこと無かったからだよ。急にやる気出すなんて、なんかあったのか?」


「別に……たまたま眠くなかっただけだよ」


 ライカからの率直な疑問に対しそう答えてみせたアウルだったが、時折欠伸を我慢しているような仕草を見せていることから、それが嘘だと言うことは明白であった。


(昨日ピリムに言われたことでも気にしてんのか……? まあ、いつまでこの状態が続くのか見物ではあるか。後からたくさん茶化してやろっと)


 しかし結局ライカはアウルの心境の変化の理由を知ることができず、そのまま数術の授業は終了を迎えてしまったのだ。



◇◆◇◆



 午後からは、武術の授業が始まる―――。


 ゼレスティア国に於ける『武術』の定義とは、体術・剣術・魔術と、主に戦闘の際に扱う技術全般を指している。授業を行う場は、一階の中庭にある学園内の設備。柔らかい芝生が一面に広がった『武術場』と呼ばれる広場となる。


 この広場は、血気盛んな年頃の学士達がいくら好き放題に暴れても問題がないように、特殊な設計が施されていた。例えばここの芝生を火術で全て焼き払ったとしても、高度な木術によって形成された場なので、半日も経てば元通りの姿に戻るという。気兼ねなく、自らの力を思う存分発揮できるのだ。


 学武術園では入学してからの最初の六年間は、前述した三つの武術の基礎的な項目を、バランス良く教授されるのが基本とされている。それに対し七修生から卒業までの三年間は、個々の能力に応じて得意な分野を伸ばしていく、といった自主性を尊重させるカリキュラムが組まれていた。


 そして三十日間に一度だけ。七修生以降の学士の武術授業は、学園に勤める教士が担当するのではなく、親衛士団に所属する第13〜15団士の三人が特別教士として派遣がされる。つまりそれは、団士自ら武術を教え込む、といったものであった。


 だが『教え込む』というのは飽くまでも建前だ。多忙極まりない筈の三人がわざわざ学園へと出向く真なる目的は、学士達の中から特別優秀な人材を見極める為の視察、というのが実態であったのだ。


 勿論、学士達もその目的については全員周知をしている。加えて軍に入隊願望のある学士達にとっては、これ以上にない絶好のアピールチャンスだということも、既に理解を示していた。


 そして、かつてのクルーイルのように、十代という若さで親衛士団に抜擢されるのを夢に見ている学士も少なからず存在している。御眼鏡に適うよう、彼らはこの時間の為に日々研鑽を積んでいるといっても過言では無かったのだった。




「――本日もご教授のほど、よろしくお願いします!」

「よろしくお願いします!!」


 広場の中央にて整列する学士達。彼等を牽引する立場にある『学士会長』の〝レスレイ・ケラスタ〟が最前に立ち、丁寧な口調で深々と頭を垂れると、他の学士達もそれに倣って挨拶をする。



「あー、そーいう堅苦しいのいらねーからさー、ちゃちゃっと始めちゃってくれー」


 向けられた堅苦しい挨拶へ煩わしそうに応じ、前方に並ぶ学士達の頭を上げさせようとする、軽薄そうな男。長身痩躯な体型に、マリンブルーの三白眼が印象的な爬虫類顔。鈍い輝きを放つ銀髪を後ろで縛った髪型が目立つ彼は、第13団士の〝サクリウス・カラマイト〟だ。


「サクリウス、せっかく丁寧な挨拶をして貰っているのにあまりそういう言い方をするものじゃないよ。彼等だって形式的とはいえ毎回毎回頭なんて下げたくないだろうし、こうやって敬意を表してくれているのだから、僕達もそれに応えなければね。僕が彼等くらいの年齢の頃には~~」


「あーー、また始まった。コイツの話始まるといつまで経っても授業が始まんねーから無視していーからなー」


 諌めると共に唐突な自分語りを始め、隣に立つサクリウスから遮られた男。濃い緑髪で身長は低く、容姿だけだと学士と並んでも違和感がない程に幼く見える彼。名を〝ワインロック・フォーバイト〟と言い、序列は第14団士となる。


「そんじゃーオマエら、適当に散らばってさっさと始めちゃってくれー」


 パンパンと手を叩き、始業の合図をするサクリウス。だが、レスレイがそれを恐る恐ると遮る。


「あ、あのぉ……第15団士のオリネイ様の御姿がお見えにならないようですが、一体何処へ……?」


「……あれ? なんでいねーんだっけ?」


 その場にいる学士全員、誰もが疑問に思っていた事柄をレスレイが代弁し尋ねる。サクリウスは少しだけ考える素振りを見せると、数瞬の間を置いてようやく思い出す。


「あーー思い出した。そーいえば街でナンパされた男とメシ行ってくる、とかなんとかヌカして来なかったんだよな、あのオンナ」


「……はい?」


 本業が違うとはいえ、およそ教士とは到底思えない理由での欠席。その理由を報されたレスレイを含む学士達は、開いた口が塞がらず。


「っつーわけで、今日はオレとワインの二人でオマエらのこと見っからさ、早えーとこ適当に開始しちゃってくれなー」


 唖然とする学士達を横目に、サクリウスは勝手に授業を開始する。そのあまりにも雑な仕切りっぷりは、教育に対する意欲がまるで感じられなかった。


「その時僕はミカエルにこう言ったのさ……〝君がそのミルクを飲み干す前にこの坂を登りきってみせる〟とね。それを聞いたジェシカは思わず海に飛び込んで~~〜〜」


 一方で、いつまで経っても無駄話が終わらないワインロック。そして、そもそも姿すら見せていないオリネイ。



「……この人達、ホントいつもやる気ねえよなあ」


 遠巻きに眺めていたライカが、ぼそりとそう呟いた。

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