4話 親衛士団の二人
親衛士団の詳細について、少し触れよう。
まず団員の人数は二十名と、一千人以上が所属するゼレスティア国軍の中から、選りすぐりだけを集めた少数の精鋭部隊となる。
携わる任務の主な概要は――ゼレスティアの領内に発生した魔物や魔神の討伐に始まり、国の主な資源となる鉱山や森林の防衛など、戦闘関連の任務が主となる。これに加え、一般兵に命令を下す、現場での指揮官の役割も同時に担ったりもする。
ただ、団員の中には諜報力に長けた者や科学士としての側面が強い者も在籍している為、戦闘はもちろん『各分野のスペシャリストが集った士団』と認識をしても差し支えはない。
次に団員の内訳は、団長に続いて副団長が二名、他に十七名の団員が在籍している。十七名の間には結成がされる前の実績に基づいた序列が存在し、戦果を上げた順に第一~十七団士と、位が割り振られている。
そして、たった今アウルの目の前に立つニヤールトを優に超すこの大男こそが、親衛士団の副団長となるバズムント・ネスロイドなのであった――。
◇◆◇◆
「……バズさんがこんな時間にこの街を歩いてるのなんて珍しいね」
サイルク地のカーゴパンツをポンポンと払いながら、アウルが立ち上がる。
「まあな、普段はデスクワークなんだが今日は久々の外回りでな。羽を伸ばしがてら少し市内でも視察して帰ろうと思って――ん?」
小綺麗に整えられた顎ヒゲを撫でながら話すバズムントだったが、アウルの異変に気が付き指が止まる。
「お前さん……その顔はどうした? ひどいやられ様じゃないか。さてはケンカにでも負けたかぁ?」
怪訝から一転して、バズムントが茶化す。アウルは唇の端から流れていた血を、着ていた黒地のロングカットソーの袖で拭い、すぐさま反論をする。
「ちがうって! これは、その……」
兄であるクルーイルに殴られた、なんて同じ団員のバズムントには口が裂けても言える筈がない。
「アレだよ……えっと」
どうにかして誤魔化そうと言い訳を模索するアウルであったが、バズムントはその戸惑っている様子だけを見て、理由は知らずとも察してくれたようだ。
「言いたくないならいいぞ。とにかく、治してやろう。〝ジェス〟――頼んだぞ」
バズムントがそう名を呼ぶと、丈の長い白のチュニックに身を包んだ女性が、大柄な体躯の背後からヌッと姿を表した。
(え、いつからいたの……? 全然気付かなかった……)
全くと言っていいほどに気配が感じられなかったことに、アウルが唖然としている。
「アウルくん、初めまして。ジェセル・ザビッツァよ。よろしくね」
透き通るような声でそう名乗った彼女の容姿は『完璧』としか言い様がない程に整っていた。
とても綺麗で艷やかなストレートの黒髪。それを腰まで靡かせた彼女のプロポーションは、異性はおろか同姓からも理想とされそうな程に均整が取れている。
(うわぁ……)
そしてその顔はというと、エメラルドグリーンの大きな瞳を輝かせたアーモンド形の眼と、それを囲う長い睫毛。赤みのある柑橘色の紅で彩られた、ぷるんとした口唇。絶妙なまでの曲線を通わせた鼻筋、と――彼女のその顔立ちは、道行く人々がすれ違う度に振り返ってしまう程の確かな美貌であった。
(めちゃくちゃキレイな人だなあ……)
意図せず、少年の胸が高鳴りをおぼえる。恋愛経験など無きに等しいアウルですら、彼女を一目見ただけで心を奪われかけてしまったのだ。
「……ここじゃ落ち着いて治療出来ないわね。あそこの公園に行きましょう」
美女は優しい声色でアウルを誘うと、バズムントと共に公園へと向かっていった――。
◇◆◇◆
少々の遊具と、園内を囲うように茂った豊かな緑。広さはないが、長閑でどことなく趣を感じさせる小さな公園に、三人は足を踏み入れていた。
「……別にいいんだけどね、こんな傷すぐ治るし」
「馬鹿、強がるなよ。子どもは大人の親切を素直に受け取るもんだ。ほら、じっとしてろ」
平気そうに振る舞おうとするアウルにバズムントはそう嗜めると、少年の身体を力ずくでジェセルの前へと差し出す。抵抗するアウルだったが大人の腕力に敵うはずもなく、為すがままにされてしまう。
「痛くしたりはしないから、安心してね」
澄みきった泉のような美しい声を持つジェセルは優しくそう告げると、一六〇アインク程の身長のアウルの眼前へと立ち、少しだけ前屈みになって顔を近付ける。
「では失礼……んー、そうね。頬の腫れは殴打によるものね。あと奥歯が少しグラついてるかしら。額は皮膚が裂けてるだけでただの打撲、ね」
(ち、近いんだけど……)
シャンプーのような甘い香りが仄かに香ってくる程の近さ。そんな至近距離にまで接近しての目診に対し、アウルは固く目を瞑り、恥ずかしさを紛らわそうとする。
(……っ!?)
閉じていた瞼を薄く開いてみると、ジェセルの屈んだ胸元から素肌がちらりと覗き、白い谷間が見え隠れしている。そのお陰か、少年の心臓の鼓動は急激に跳ね上がり、緊張は助長もやむなしとなる。
「うん、骨には異常無さそ……ってあら、顔が赤くなってるわね。もしかして緊張しちゃったかな?」
「し、してない! です……!」
少年らしい初な反応を見せるアウル。一方で少し離れた位置にあるベンチに座り、二人のその光景を眺めていたバズムントが、笑いを堪えきれずに噴き出す。
「ガハハハハハ! アウル、気をつけろよ! ジェスの旦那はめちゃくちゃ怖いぞー!」
「バズさん黙ってて!」
茶々を入れてくる大男に対し、アウルが声を張って釘を刺す。しかし少年の脳内では、ジェセルに伴侶が居たことによっての大きな安堵と、ほんの少しの残念な想いが交錯していた。
「……こんなところかしらね」
そしてそうこう言い合っている間にもジェセルの目診は終了し、彼女は魔術の一種である『治癒術』を唱えようと一歩下がる。
「じゃあ、始めるわよ。じっとしててね」
ジェセルは目を瞑り、両手で円を形どるように自身の胸元へと近づけた。目を瞑って念じ始めた彼女は、体内に流れる魔粒子――『マナ』を練り上げていく。そして――。
「――〝オート・メディク〟」
そう唱えたジェセルの開かれた両手から、指先大に小さい真っ白な光の玉が幾つも生み出される。するとそれが一粒ずつ、患部であるアウルの額・左頬・口内へと綿毛の様に飛んでいき、傷を覆っていく。
「本当は瞬時に治癒できる術をかけてあげたかったんだけど……私さっき任務から帰還してきたばかりで、もうマナがあまり残ってないの。だからこれくらいしかしてあげられないけど、人間が本来持つ治癒力を飛躍的に増幅させる術だから、一時間弱で傷は塞がる、はず……よ?」
術の説明をするジェセルだが、話し終えるのを待たずしてみるみると塞がっていく傷を見た途端、語尾が儘ならなくなる。
「なんだと……?」
遠巻きにその現象を目にしていたバズムントも驚き、オーク材で造られたベンチから勢い良く立ち上がる。
「ありがとうジェセルさん! 病院の先生が使う治癒術より全然すごいよ!」
「ねえ、アウルくん? アナタの身体って一体……」
礼を言うアウルに対し、ジェセルは追及をしようとする。だがバズムントに背後から肩を掴まれ、敢え無く制止されてしまったのだ。
(バズムント、どうして……?)
声を上げず、目で訴えるジェセル。しかしバズムントは首を横に振り、厳格な視線だけでその訴えを却下した。そして一転して、自身の子にでも向けるような穏やかな顔つきで、彼はアウルの側へと寄る。
「どうだアウル、もう痛む所はないか?」
「うん、もうどこも痛くないよ」
「そうか」
自分で触診して確かめるアウルの具合を、確認したバズムント。次に彼は、恐る恐るとアウルに質問をした。
もちろん、今の現象についてでは無かったが――。
「そういや、ピリムは学園ではどうなんだ? その、なんだ……元気でやってるのか?」
鼻を親指で掻き、柄にもなくもじもじとした態度でバズムントが尋ねる。そんな彼に対し、アウルはニヤリと微笑んだ意地の悪い口調で答えてみせる。
「あれ? バズさん、ピリムの父親だよね? 自分の娘なんだからさ、直接本人に聞けばいいじゃん」
「ば、馬鹿野郎っ! 聞けるわけないだろ!」
バズムントは現在、年がら年中仕事に明け暮れ、家庭での時間を全くと言って良いほどに作れないでいた。家内であるシャリエ・ネスロイドはそんな彼に嫌気が差し、現在は娘のピリムを連れ別居。更には離婚調停中だという――。
「安心してよバズさん、ちゃんとピリムには良く言っとくからさ! 怪我も治してもらったしね」
「本当か! や、約束だぞっ!」
一足先に公園を出た少年が、去り際に答える。
「任せてよ。キレイな女の人と街を歩いてた、ってちゃんと伝えとくからさ!」
「おい、ちょっと待てえええっ! ソレは語弊がありすぎるだろ!」
本気で追いかけようとしてくるバズムントに、アウルは悪戯な笑顔を見せる。
「ハハっ、冗談だって! じゃあねバズさん! ジェセルさんも、またね!」
みるみる内に人混みへと紛れていくアウルに、ジェセルもヒラヒラと手を振って見送る。
やがて少年の姿が見えなくなった頃、バズムントは呆れたような口調で苦言を漏らした。
「ったく、口の上手さと足の速さは本当に親父そっくりだな」
「ねぇバズムント。アナタ視察のパートナーに私を選んだのって、寂しさを紛らわすため……」
「そんなわけあるかっ!」
◇◆◇◆
時刻が進むにつれ、空は薄暗さを増していた。
人々が行き交う往来には特殊な光術で造られた、太陽の光を蓄えることのできる『灯飾』という名の照明具が、一定の感覚で並ぶ。太陽が沈みゆくとともにポツポツと点灯を始め、街中を華やかに彩っていく。
アーカム市の西隣にある区画――『グラウト市』
主に工業施設が建ち並ぶこの街を視察しに、バズムントとジェセルは足を運んでいた。
鉄工所などから立ち昇る排煙が、空気汚染の規定値を超えていないか。剣や槍といった武具の類いを、許可証の持たない一般市民に提供していないか、など視察の目的は多々ある。小一時間ほどで全ての視察を終えた二人は、お互いに無言のまま、そこかしこから油の臭いがたちこめる通りを歩いていた。
「…………」
先刻の少年との邂逅以降、ジェセルの胸中へと留まっていた疑問。どう端を発すべきかと彼女は視察中、常に機を窺っていた。
「……バズムント、そろそろ教えてもらえるかしら」
だが彼女はようやくと意を決し、視察を終えたこのタイミングにて、先を歩くバズムントの大きな背中へと疑問をぶつけるのである。
「あの子は、一体何者なの?」
真剣な眼差しのジェセル。バズムントはピタリと歩みを止め、彼女へと振り返る。
「あの並外れた自己治癒力、あれほどのものは私の知っている種族では一つしかないわ。だから答えてちょうだい、バズムント。私はアナタの口から聞いて確信を得たいの」
整った容姿の持ち主であるジェセルが、美貌に物を言わせることなく媚びずに、バズムントへと請う。
「……ったく、ただの視察だというのに、とんでもないネタを掘り起こしてしまったようだな」
小さく溜め息をついたバズムントは、娘であるピリムと同色の短髪を無造作にボリボリと掻く仕草を見せる。そして間を置かず、問いに答えてみせた。
「……ジェス。お前さんの推測の通り、あの小僧はおそらく人間じゃない」
その明かされようとする事実に、ジェセルはゴクリと生唾を呑む――。
「――魔神族だ」




