48話 そして夜は更け
「な、なんだ……? 今度はすげぇ格好の女二人が来たぞ?」
ジョッキを片手に持った男性客が、突如来店した娼婦の様な身なりの女性二人を視界に捉えるや否や、疑問の声を上げる。
「バカ、お前知らねえのか? 第15団士のオリネイ・メデュープと、ゼレスティア一の女鍛治士のエレニド・ロスロボスだぞ?」
その男性客の友人である人物が、横で回答をする。
「……マジかよ。なんだって今日はこんな店にそんな豪華なメンツが同時に来るんだよ?」
男の言った通り、アーカム市の至って平凡なこの食堂に、そもそも団士が訪れること自体が異例。更にはグラウト市以外を滅多に出歩く事の無いエレニドの来店も、物珍しさに拍車をかけていたのだ。
「姐さん! ホントに来てくれたんだ!」
逸るようにライカが厨房から顔を出し、エレニドに向けて笑顔を見せる。
「ああ、約束したからな」
エレニドも口の端を上向かせて応える。
「ちょ、ちょっと待って……!」
そのやり取りを見ていたアウルが割って入るように、エレニドに向けて慌てた素振りで尋ねる。
「エレニドさん……? ライカと知り合いだったの……?」
「なんだ、オマエも居たのか。ライカートとは王宮前広場で、オマエがクルーイルの元へと向かった後に意気投合しただけの仲だ」
「――!?」
しれっと返ってきたその回答に、アウルが絶句する。
アウルがそもそも抱いていた彼女の第一印象は、〝気難しい女性〟だ。
自身の稼業に絶対の自信と確固たる拘りを持ち、周りにも自身と同じ高さのハードルを課す――という、職人気質を絵に描いたような強烈なパーソナリティの持ち主、それがエレニド。生前の兄との関係も似たような性格が故の仲の良さだとばかり思っていたので、快活なライカと意気投合をしたとは、俄には信じられなかったのだ。
(……っ!)
厨房にて料理の盛り付けに勤しむライカと目が合う。ライカはアウルの疑問に応えるかの様にしたり顔を覗かせると、親指を上にグッと突き上げて見せた。
(ライカ、こんな絡みづらい人と仲良く出来るなんてすごいな……)
親友のコミュニケーション能力の高さに脱帽するアウルに対し、今度はエレニドから話を振る。
「……アウリスト。オマエにも丁度話したいことがあったんだ。後で少し顔を貸せ」
「えっ? う、うん……」
唐突な誘いに狼狽えるアウル。断ることを許されないような圧力がひしひしと伝わってきたので、敢えなく承諾をしてしまう。
「まずは……コイツとじっくり話をしなきゃいけないしな」
そんなアウルを尻目にエレニドはそう言うと、盗人の如き忍び足でこの場からの退散を試みようとしていたカレリアの後ろ手を掴む。
「あらぁ……やっぱバレちゃってました?」
「奥の席へ行くぞ。オマエの言い分はそこで聞いてやる」
「つらたん……」
「意味がわからん。さっさと来い」
逃げ切れないと判断したカレリアは、観念したように泣き言を漏らす。そしてお誂え向きと言わんばかりに空席となっていた、奥の丸テーブル席へと向かうエレニドの後を大人しく付いて行ったのだった。
(カレリアちゃん大丈夫かなあ……っと)
自身の監視役の身を案じたアウルの目の前を、今度はオリネイが横切る。
鮮血のように真っ赤な色をしたボディコンワンピースをタイトに着こなし、今にも巨砲が溢れそうになっている胸元。服の端々には一定の間隔にて切り刻まれたように開いたスリットに、そこから覗かせる白い素肌。更には蠱惑的なフレグランスが残り香として鼻孔をくすぐる。
女性としてのセックスアピールがこれでもかと強調されたその風貌に、アウルは目の置き所を悩ませていたが――。
「あら、ボウヤじゃない。あの日の夜ぶりね。身体の調子はどう?」
すれ違いざまに視線がぶつかり、オリネイが当たり障り無く切り出す。
「……筋肉痛以外はおかげさまで快調だよ。俺を殺そうとしたオリネイさん」
「――っ!?」
悪気をたっぷりと含ませた笑みでアウルが返答をすると、オリネイの顔が途端にしてひきつる。
「あ、アンタ……誰からそれを……」
「ん、誰からだろうね?」
素知らぬ振りをするアウルを横目に置き、オリネイは先を歩くカレリアの背中を睨み付ける。
(あの女ね……! 余計なこと吹き込まないでよ!)
脳内でそう毒付くと、彼女は満面の笑顔を覗かせながらアウルへと向き直る。
「……アウルくん。処刑はね、ワインロックからの命令で仕方の無いことだったのよ。だから……その……」
媚びへつらうような顔で責任転嫁を決め込み、弁解を試みるオリネイだったが――。
「……ごめんね?」
これといった適切な弁解が思い付かなかったので、素直に謝ることにしたのだった。
「命令で仕方のない事だってのも聞いてたよ。ちょっと意地悪してみたかっただけ。けど、オリネイさんが本当に少しでも自分の行動を省みてるんだったら、カレリアちゃんの事を許してあげて欲しいな」
「…………」
「聞いた話だと、俺が処刑されるのをカレリアちゃんが救ったから……剣、壊れちゃったんでしょ?」
アウルは許さざるを得ない論調へと持っていく。するとオリネイは、仕方ないとでも言わんばかりに小さく溜め息を吐いた。
「……わかったわ。まあ、エレンはそうも行かないみたいだけどね。アタシが何とかしてみるわ」
「ありがと! オリネイさん!」
うって変わって、無邪気な表情へとアウルは早変わりを見せる。礼だけを告げるとそのまま、厨房にいるライカの方へと向かっていった。
(……全くもう、団士にブラフかけるなんてとんでもないガキね。クルーイルに全然似てないんだこと。ま、ああいう強かさは兄よりも断然コッチ寄りだわね……)
その後、エレニドから尋問じみた追及をされるカレリアだったが、オリネイの口添えのおかげで何とか許しを得ることができたのだった。
しかし煮え切らない感情だけが残ってしまった第15団士と女鍛治士は、気分を晴らそうと大量の酒をとにかく注文し、夜分遅くまで飲み明かした。ちなみに、二人から当然と言われんばかりに、カレリアも無理矢理それに付き合わされたのであった――。
◇◆◇◆
「ったく、中位団士様もこんなザマじゃ形無しね」
「あ、あんひゃが付き合わへたんでしょーがぁ。んん?」
――閉店時間を過ぎても満席となっていたハーティス食堂だったが、日付を跨ぐ頃にもなると、流石に店に居座る客も皆無となっていた。
アウルとカレリア、更にはオリネイとエレニドも既に店を後にし、現在は酔い潰れたカレリアを『closed』の札が掛かった入り口の前にてオリネイが介抱をしている最中だった。
一方、アウルとエレニドはハーティス宅と隣の建物の間の路地へと、場所を移していた。先程彼女が少年に『話がある』と言っていた約束を、お互いに果たしたのだ。
夜風が吹き抜けるそんな狭い空間の中、意を決したアウルが目の前の黒服の女に問い掛ける。
「エレニドさん、話って……?」




