46話 ハーティス食堂にて
ヴェルスミス・ピースキーパーがゼレスティアに帰還をするまでの三日間。親衛士団第11団士のカレリア・アネリカが、アウルの監視人としてピースキーパー宅にて生活をすることが決まった。
『家族以外の人物と寝食を共にする』
アウルにとっては初めての経験で、様々な不安が胸中には渦巻いていた。しかし否応なしに、年齢差十の男女の奇妙な共同生活は、兎にも角にも幕を開けてしまったのであった。
監視生活一日目の夜。
カレリア自らが少年にディナーを振る舞うと意気込んでいたのだが、ストックの食材が底を尽いていたため敢えなく断念。そこでアウルの提案として、友人のライカの自宅でもある『ハーティス食堂』で食事をしようと相成り、二人は早速店へと足を運んだ――。
「へえ、結構雰囲気良さげなお店じゃない。お洒落……とは言い難いけど、古き良きってカンジで嫌いじゃないわよ。尊いわぁ……」
(なに言ってんのこの人……?)
ガラス張りで出来た入り口の扉からカレリアが店の内装を覗き込み、アウルには理解不能な感想を率直に述べている。
「あれ……そういえばどうしてメガネ掛けてるの?」
いつの間にか伊達メガネを掛けていたカレリアを、アウルは怪訝に捉えた。
「あ、コレ? 念の為よ」
「……?」
だが質問をしたところで、納得の行く回答は返ってこなかった。
「とりあえず……早く入ろ? もうお腹が減りすぎて死にそうなんですけど……」
「……う、うん」
彼女に急かされるようにして、アウルは扉を押し開く。
開いた途端、扉の内側に取り付けられていたドアベルがカランコロンと軽快に鳴り響いた。それと同時に、カウンター越しの厨房でフライパンを握り調理をしている最中の店主――ブレット・ハーティスが、条件反射の如く入り口へと視線を配る。
「いらっしゃいお二人さん――ってアウルくんじゃないか。食堂に顔出すなんて珍しいねえ!」
「あ、どうもです」
気前良く挨拶をする店主に、アウルがペコリと会釈をする。それに続くよう厨房から現れたのは、水の入ったグラスを二つ乗せたトレイを持ち運ぶ、ライカの母親であるナタール・ハーティスだった。
「あら、アウルくん。いらっしゃい。今日は女の子連れなのね。さ、そこのテーブルの席に掛けてくださいな」
ウォルナッツの木で出来たイスと丸テーブルの席に案内をされた二人は、そのまま腰を下ろす。
「ね! ね! 聞いたアウルくん? 私のこと〝女の子〟だってさ! 私、このお店気に入っちゃったー!」
(まだ何も食べてないのに……それにしても、食堂の方に来たのは久々だなあ)
脳内にてそう呟き、アウルは店内をぐるりと見渡す。
木造で天井があまり高くなく、学園の教室よりもやや広い程度の面積を誇る店の内装は、十人程が座れるカウンター席と家族連れ用の最大六人程が座れるダイニングテーブル席がニつ。そしてアウルとカレリアが座っている丸テーブルの席六つが雑多に並べられていた。現在の客の入り具合は、ざっと見積もって五割と言ったところか。
カーテンやテーブルクロスの柄となっている、異国情緒を感じさせるような幾何学的な模様は恐らく、給仕の役割を担っているナタールの趣味だというのが窺えた。
「おーい! せがれ! アウルくんが来てるぞー!」
厨房からバックヤード――というよりは、家のリビングへと向けてブレットが大声で息子を呼ぶ。程も無しに『マジで!?』という驚いた声が、席に着いたアウルの耳にも届く。
(はは、そういえばライカに会うのもなんだか久々に感じるなあ)
アウルは過去に三日以上の欠席をした事は無かったので、ライカとは殆ど毎日顔を合わせていた。それゆえほんの数日も交遊が無かっただけで、随分と久しく思えてしまうのであった。
「……アウル!」
ドタドタと騒がしい足音と共に、店内へとライカが姿を現す。そして席に腰掛けていた親友の顔を見るや否や、自然と笑みが溢れるが、思い出したように神妙な面持ちへと変化を見せる。
「お……お前、今まで何やってたんだよ……?」
(ああ、そっか……会うのは避難場所以来だったっけか。説明しなきゃなあ――)
◇◆◇◆
「きゃー! おいしー! 特にこのシチューなんて最高じゃないっすかぁ! この紅茶もヤバみ! ヤバみが深いわ!」
「ちょっとなに言ってるかよくわからないけどお気に召してくれたようで何よりだわ」
丸テーブルの上へ所狭しと並べられた、ブレットによる料理の品々。その一品一品を口に運び、味わう度に舌鼓を打ち、カレリアが絶賛の声を上げている。
その傍らではニコニコとした笑顔を見せ、無邪気に喜ぶ彼女から味の感想をナタールが聞いていた。
そして一方では――。
「そっか、クルーイルさん……亡くなっちまったんだな。その……お前は大丈夫なのかよ、アウル?」
「正直言うと……今でも辛いよ。でも、いつまでも悲しんでばかりいるのはもうやめたんだ。これから立ち止まってなんかいられないし、ね」
あの日、王宮前広場でライカと別れたきりのその後の成り行きをアウルが説明し終え、その隣に座って話し手を労りながらライカが聞き入っていた。ちなみにアウル自身が『魔神族の恐れがある』という件については、ジェセルから口止めをされていたので伏せていた。
「良い方向に立ち直れたんだな……ま、何はともあれお前が無事で俺は嬉しい限りだよ」
「心配かけて……ごめん」
「んーなこと気にすんなって!」
アウルの身を案じていたストレスから解放されたライカの顔が、綻びを取り戻す。そのままいつも通りのテンションへと変わり身を見せると、アウルの背中をバシっと叩いて笑い飛ばした。
「……ところでよ、アウル。このちょっとオツムが足りてなさそうな子は一体誰なんだ?」
そして湿り気の帯びた話を終えたところで、ライカは店内へと顔を出した直後から常に気に留めていた疑問を、手で口元を隠しながらアウルの耳元に向けて尋ねた。
「ああ、カレリアちゃんだよ」
「いや、誰やねん! ん、待てよ……どっかで聞いたことのある名前だな……?」
と、聞き覚えのある名前にライカが反応を示す。すると、正面の席に座っていたカレリアが二人の少年からの視線を感知し、眼鏡の奥から若干の睨みを利かす。
「……なによ? アウルくん全っ然手つけないからほとんど食べちゃったよ。文句あんのー?」
「――カレリア……思い出した! 親衛士団第11団士……カレリア・アネリカ!?」
カレリアが威圧的に声を発した直後、記憶から情報を引き出し終えたライカが自らで答え合わせでもするかのように、彼女の名を声高に呼んだ。
すると――。
「おい……嘘だろ」
「え、本物……?」
「なんでこんな所に……」
店内にて飲食を愉しんでいた他の客達が、ライカが呼んだ名にそれぞれ反応を見せる。そしてすぐに、アウル達の座る丸テーブルの席にわらわらと群がってきたのだ。
「はぁ……もう、せっかくの(ほぼ)オフなのに……」
人波で形成された壁に囲われたカレリアが、大きく溜め息を吐いて嘆く。
「あれ? でもなんか雰囲気違う気が……」
「確かに……こんな感じだったか?」
「そうだ……眼鏡なんて掛けてたっけか?」
客の誰かが発した疑問の声が、噂話のように他の客へと拡がりを見せていくが――。
「ん」
彼女は少しだけ面倒臭そうに一文字だけを発すると、眼鏡を外す。次にオレンジ色の後ろ髪を雑に掴み、ポニーテールの様にして見せた。
「おおおおおおおおおお! 本物だぁ!」
すると歓声の如く、客達から一様に驚きの声が上がったのだ。
「さっ、サイン下さい……!」
「握手、お願いしますっ!」
「はいはーい! みんなのカレリアちゃんは逃げたりしないから一列に並んでねぇ」
我先にと率先し合う一般客達へ、カレリアは器用に応対をする。
(すごい人気だなぁ、カレリアちゃん……というより、〝親衛士団〟が、か)
国の英雄的存在である本物の団士の来店に、興奮を入り交じらせたライカを含んだギャラリーの中、アウルはただ一人座ったまま紅茶を啜り静観をする――。