45話 二人の帰路
「え? カレリアさんが俺のこと助けてくれたの?」
「そうだよー? 感謝してよねぇ? 私が助けるのがもう少し遅かったら、アウルくんの身体はズタズタに引き裂かれて、二度と目覚める事は無かったんだから。あとそれとっ、さん付けはしなくていいって。気安くカレリアちゃんって呼んでよ」
「わかったよ……って、ちゃん!?」
病院の正門を出た後のアウルとカレリアは、北地区であるドメイル市の街中を並んで歩いていた。
アウルが入院をしていた病院は、国軍の兵にのみ利用が許されているという軍御用達の総合病院で、腕の良い医士と設備が国内で一番揃っている医療施設だった。
その病院があるドメイル市は国内でも比較的治安が良く、貴族階級や資産家達が住まう、いわゆるハイソサエティーな街として認識されている。建ち並ぶ家々も、未だブロック造・木造建築が多いゼレスティアでは珍しい鉄骨を用いた建築スタイルが主で、家というよりは『屋敷』と呼ぶに相応しい大きな住まいが多く建つ。
そして二人が今歩くドメイルの中心街となる第ニ区画は、主に十代・二十代の若者が遊び歩く繁華街となっていた。ここには高級なバル(※料理店や酒場の総称を指す)や美術館、劇場などの飲食店・娯楽施設が多く建ち並び、国内で最も栄えている街であった――。
全身を襲う筋肉痛のおかげで、老人のようにゆっくりと歩くことしかできないアウル。そのペースに合わせるよう、カレリアも隣を歩く。
その周囲は西のグラウト市以上に人波で溢れ、街中には紅茶の様な華やかな匂いが微かに香っていた。赤茶色のレンガ模様の石畳が印象的な街並みは、アウルの目へと新鮮に写った。
「へえ、カレリア……ちゃんはドメイルの生まれなんだ?」
「そうよ。私のお父さんはね、ここミレイノでとっても人気な劇場の座長さんなんだよ。あ、ミレイノって言うのは第ニ区画の通称で、若い子達はみんなそう呼ぶしここで遊ぶのよ。アウルくんも覚えとかないと将来女の子にモテないぞー?」
楽し気に話す彼女は、からかうようにアウルの頬をつんつんと突く。服と同じパステルカラーに染まった爪が刺さり地味に痛かったが、噴水前で損ねていた彼女の機嫌はどうやら直っていたようだ。
「んで、お母さんはね。もう引退しちゃってるんだけどその劇場でいっちばん人気があった女優さんだったんだ。でね、二人が付き合った当時はまだお父さんが駆け出しの舞台演出家で、お母さんの方は新人女優だったの。ねえ、スゴくない? お父さんは優れた脚本でカノジョを引き立たせて、お母さんは美貌と名演技で客を集めてカレシを売れっ子脚本家にしたのよ! そういうロマン溢れる恋愛、私あこがれちゃうなぁ」
(よ、良く喋る人だなぁ……)
自身の両親の恋愛談を語りながら目を輝かせるカレリアに、アウルはたじろぐ。特に不快感を覚える事は無いにせよ、同じく多弁であるワインロックとは似ているようで別種な面倒臭さを覚えてしまう。
「お父さんとお母さんのこと、好きなんだね」
「んー? 当ったり前でしょ。アウルくんもお父さんとお母さん、好きでしょ?」
それは彼女にとって何気ない質問だった。しかし少年の足が止まり、表情が重く変化をしていく瞬間を目撃してしまい、カレリアは即座に後悔を覚える。
「母さんは……俺が五歳の頃に死んでよく覚えてないし、親父は……ほとんど会話もしてなかったから、好きか嫌いかも――」
「ゴメン! 今の質問忘れて! ほ、ほら早くアウルくんのお家行こ! ね?」
両の手をパチンと叩いて遮り、カレリアは頭を下げてすかさず謝罪をする。ただアウルの面持ちはどこか沈んだままで、和やかであったはずの散歩のムードは、たった一つの質問によって脆くも崩れ去ってしまったのだった。
(くっそぉ……私のバカぁ! 気まずくならない様にせっかく気ぃ遣って明るく振る舞ってたのに……! こんなことになるんだったら団長のパーソナルな面をあらかじめ探っとくんだったわ……)
脳内でカレリアが失敗を嘆く。重たくなってしまった雰囲気は、その後の道中も好転の兆しを見せる事はなかった。
◇◆◇◆
二人はそれから四時間程歩いたところでアーカム市に足を踏み入れ、アウルの自宅前にまで辿り着いた。
(ふー、ヒールでこんなに歩いたの初めてよ……。仲良くなるために話しがてら歩いた方が良いって判断は完全に失敗だわ……素直に馬車呼んどくんだった)
やる事為す事全てが裏目に出てしまっているカレリアは、本日何度目かの後悔に浸る。落ち込んだ顔を覗かせたまま、アウルの後に続き門に入った。
「こんなに広いお庭があるなんて、アウルくんは結構良い家に一人で住んでるんだね。でもどうしてアーカム市に住んでるの? ヴェルスミスくらいの戦士なら稼いでる額も法外でしょ? もっと治安の良いドメイルの一等地とかに住めばいいのに……」
庭に足を踏み入れキョロキョロと見回すと、カレリアは率直な感想をすらすらと述べた。一足先に玄関前へと足を運んでいたアウルは、振り向いて答える。
「どうしてかは俺には分かんないよ。親父に聞いてみたら?」
機嫌が悪い訳では無いのだろうが、明らかに冷めた態度のアウル。謝罪をしたとは言え、先刻の質問から完全に会話は弾まなくなってしまっていた。
(素っ気なぁーい! でも諦めちゃダメよカレリア! 間を……間を持たせなきゃ……)
話のネタになるような物は無いか、とカレリアは注意深く敷地内を観察。すると――。
「……アウルくん? あそこの端っこにある、あれは何?」
話題になりそうな何かを、カレリアは見付ける事に成功する。彼女が指差した先には、緑の芝が生い茂る庭の端。そこにポツンと、一ヤールト程の長さの白い木で造られた十字架が、杭のように刺さっていた。
「ああ、あれね。母さんの墓だよ」
(――やっちまった!)
「ピースキーパー家は古くからの風習で、家族の墓を庭にも建てるって伝統が――」
「うん、わかった! ゴメンナサイ!」
先程の謝罪よりも素早く遮り、素早く謝罪をする。ものの数時間でここまで頭を下げる団士は他に居ないだろう。
「別に良いんだけどね。家に墓なんて普通誰もが珍しいって思うだろうし」
「そ、そういうことじゃなくて……! その……私が軽率過ぎたわ。さっきの質問もそうだけど……何か話題を拡げられればアウルくんの気も紛れるんじゃないかって思って咄嗟に……」
しおらしい表情を浮かべ、カレリアは反省の弁を述べた。
「なに、カレリアちゃん。そんなこと気にしていたの?」
だがそんな彼女の意図とは反して、アウルは笑みを零している。
「そんな事って……! アウルくんのお兄さん……クルーイルが亡くなったんでしょ? 悲しくな――」
気遣いを袖にされた感覚に陥ったカレリアは、思わず声を荒げてしまう。しかし少年の表情に現れた変化に、言葉を詰まらせる。
「そりゃ悲しいけど……俺はもう大丈夫だよ。兄貴と約束したんだ、もう泣かないって」
病室でジェセルに見せたものと同様、覚悟と決意に満ちた眼をアウルは覗かせていた。不敵と不惑を孕んだ笑みに含ませたその気迫に、カレリアが気圧される。
(この子まだ十五歳なのよね……? なんて気迫を放つのよ……!)
彼女は狼狽えるばかりであったが、アウルは一転して普段の表情へと立ち戻る。
「それとさ、カレリアちゃん。俺の機嫌が悪く見えるんだったら、それは他に原因があると思うよ?」
「え? どういうこと?」
気を悪くさせた要因が先程の質問以外に心当たりがなかったカレリアは、素直に疑問を唱える。
「わかんない? それだよ――」
そう言うとアウルは、カレリアの顔面に向けて指を差す。
「……え? 私の顔?」
女性にとっての尊厳その物である顔を指された事により、多大なショックをカレリアは覚えかけたが――。
「違うよ! そのマスクだよ!」
「マス、ク……?」
アウルが指していたのはカレリアの顔ではなく、掛けていた黒いマスクの方だった。
「そう、それ。もしかしてさ、魔神族の住んでる家の空気なんて吸いたくないって思って付けてるの?」
「ちがっ、これは――」
その指摘へカレリアは即座に否定をしようと思ったが、押し黙ってしまう。
(んん……ホントは、十個も年下の子供と歩いてて、知り合いにばったり出くわしでもしちゃったら何言われるかわかったもんじゃないから……っていう理由で付けてたんだけど……。それに今日はなんか肌の調子もあんまり良くないし……出来ることなら見られたくないんだよなぁ……)
「もしかして図星? わかったよ、じゃあ窓開けて風通しは良くしとくし、俺は二階から出来るだけ降りないようにするからさ……それでいいよね?」
「……っ!」
説明を躊躇するカレリアに対し、アウルはからかうように問い詰めた。しかしそれが、気を使っていた事へのストレスと、その態度に苛々とし始めていた彼女の逆鱗に触れてしまう。
「それと、会話とかも極力しないようにす――」
「……ああもう、うっさいわねぇ! 大人舐めてんじゃないわよっ! ガキのクセにっ!」
「……へ?」
掛けていたマスクを正面から無理矢理と引き剥がすように外してみせたカレリアは、そのままずかずかとアウルとの間合いを詰め、目の前に立つ。
アウルよりも一〇アインク程も身長が低いため、下手から見上げる形で睨みを利かせる彼女に対し、アウルは態度を改める。
「ご……ゴメン。ちょっと調子に乗っちゃった。マスク取ってくれたんだ、ありがとう……」
「……目、閉じなさいよ」
「えっ?」
「閉じなさいよ」
嵐の前の静けさのような、その不気味な迫力に圧されてしまったアウルは、言われるがままに両目を閉じる。
(なんだ……何をするつもりだ……!?)
視界に拡がる闇の中、アウルは怯えながらも警戒をする。いつ殴られても良いように歯も食い縛り、予め身構えておいた。
(……っ?)
直後、右頬に何かが当たる感触がした。しかしそれは、固い拳の感触ではなくもっと柔らかくて小さい何かが――。
「……これで納得できた?」
「えっ?」
右方向から唐突に聞こえたカレリアのその言葉によって、いつの間にか事が済んでいたとアウルは理解する。ゆっくりと目を開くと視界が鮮明に映り、カレリアは自身の右隣に立っていた。アウルは柔らかな感触があった右頬をさすりながら、おそるおそると問う。
「今、何したの……?」
「はぁ? なにシラ切ってんの? それとも口にしないと納得できないってワケ?」
それだけを聞くことで、アウルは充分に理解してしまった。
(今のってもしかして……き、キ……!)
「最近のコはマセてんのね。ま、口になんてしてやらないけど。私もさ、仕事で三日間一緒に居なきゃだし、アウルくんが魔神族だろうがそうじゃなかろうが、仲良くするつもりでここに来てるの。だからさ、アウルくんも仕事だと思って仲良くしてよね! いい?」
「う、うん……わかったよ」
説教混じりにカレリアが諭す。
アウルは動揺をまだ隠しきれずにいた。
しかし――。
「あ、カレリアちゃん」
「なによ……?」
「ニキビ……あるよ」
「~~~~~~っっ!」
再入院にはならずに済んだという。




