44話 決意と出迎え
――本当は、すぐにでも『人間だ』って答えたかった。
――けどそう答える事を、きっとこの人……というより〝この国〟は許しちゃくれないんだろう。
――正直なところ……魔神かそうじゃないかなんて、俺にもわからない。
――どうして兄貴や親父には魔神の血が流れてないのに、俺だけが……。
――けど、もう考えたって無駄だしどうだっていい。
――兄貴はもう戻ってこない……どうだっていいんだ。
その時だった。絶望の深淵と呼ぶべき境遇に瀕していた少年の思考回路に、突如として兄の一言が過ったのだ――。
『お前が、ピースキーパー家だからだよ』
――え?
――そっか、そういうことだったんだ。
――そうだよね、兄貴。わかった。
俺は――。
◇◆◇◆
真っ白な天井に真っ白な壁と床、真っ白なベッド。
白色に囲まれた少年だったが、断ぜられたのは黒。たった今、目の前にいる美女から迫られた理不尽極まりない選択に対し、静かに答えた。
「俺は……〝アウリスト・ピースキーパー〟だ。魔神族かもしれないし、この先魔神族として成長していくのかもしれない」
自身の名を強調し、少年は更に続ける。
「……でも、ピースキーパー家として、この国の平和を守ってきた一族の人間として、兄貴の意志を継いで戦っていきたい。その意志は……魔神の血には屈しない、絶対に」
その金色の瞳は、闇の中で静かに揺らめく炎のような煌めきを帯びる。そしてその顔つきは、ジェセルがこれまでに抱いていた『どこか頼りなさげな少年』という印象を一蹴するように、凛としていた。
(クルーイル……?)
顔こそ似てないが、強い覚悟と意志が備わった少年のその様は、ジェセルの脳裏にクルーイルの姿をちらつかせた。
しかし、いくら詭弁を用いたところで少年の置かれた状況が一変することはない。ジェセルもその訴えに絆されるような人物ではなかった。
「そうね……言いたいことは伝わったわ。ただ、その強い想いだけであなたが魔神族だという疑いが晴れるわけではないわ。アナタもそれはわかるでしょ?」
「……うん、わかってるよ」
「わかってないから言ってるのよ!」
ジェセルが声を荒げ、否定する。しかし少年は動じる事なく、彼女の両の眼を片時も離さずに見据えていた。
「…………」
均衡とも言えるその状態が、数分は続く。無言の圧に耐え切れない、というよりは埒があかないとジェセルが判断をすると、根負けしたように開口する。
「……わかったわ。この話は一旦終わりにしましょう。アナタのお父さんが帰ってこない限りは処遇について私がどうこう言っても仕方がないもの」
彼女の諦めたような表情を確認したアウルも、緊張を解く。
「親父は……いつ帰ってくるの?」
「三日後よ。お父さんが帰ってくるまでの三日間、アウルくんは自宅から一歩も出ないで。それとその間中は団士を監視役として置くから。いいわよね?」
〝監視〟という単語を聞いたアウルが、露骨に顔をしかめる。
「窮屈に思うかもしれないけど……仕方の無いことだから我慢して。明日の朝、アウルくんが退院する時間を見計らってその監視役が出迎えに来てくれるはずだから」
「誰が監視に来るの?」
「それはわからないわ。ただ、私じゃあないということだけは確かよ」
ただでさえ嫌な監視に、誰が来るのか解らないという不安がアウルの気分をやや重くさせた。
「……じゃあ、私はもう帰らせてもらうわね。まだ入院中なのに、色々と話しちゃってごめんなさい。でも嘘に聞こえるかもしれないけど、私もサクリウスと一緒でアナタが生きていてくれて良かったと思っているわ。これは本音よ」
「ジェセルさん……」
「それじゃまたね、アウルくん」
そう言い残し、ジェセルは病室を後にした――。
「…………」
ポツンと、部屋に一人残されたアウル。
訪れた静寂に、淋しさを感じる事はなかった。
ベッドに座ったまま、少年は思いに耽る。
「兄貴、俺……戦うから。もう泣いたり、逃げたりもしないよ。だから……見てて」
まるで目の前にクルーイル本人がいるかの如く、虚空に向けてアウルは決意を口ずさんだ。
そして、その決意をドア越しに聞いていた女団士――。
(はぁ……ホント嫌な役回りをさせてくれるわね。恨むわよ……バズムント)
副団長への怨みの言葉を胸中で発した彼女は、そのまま静かに廊下を往き、病院を後にした。
◇◆◇◆
翌朝、病院の正面玄関前――。
燦々と優しく降り注ぐ日差しに、何処からともなく聞こえてくる小鳥の囀り。まるで退院を祝福してくれているかのような、気持ちの良い朝だった。
「お世話になりました」
「退院おめでとうピースキーパー君。お大事に!」
ガラス張りの正面玄関を出たアウル。振り返り、見送りに来てくれていた白衣を着込む担当医士と看護士達に簡素な会釈をしてから、病院の敷地内の出口である門へと続く道を歩く。
(く……やっぱりまだ筋肉痛は抜けないか……)
一歩進む毎に身体が軋むように痛み、覚束ない足取りになってしまうが、一刻も早く自宅に帰りたいという一心でアウルは歩みを続ける。
正門までの道中には、囲むように緑の木々が立ち並ぶ庭が続く。庭の中央には噴水が設置された小さな人工池を、白の塗装が施してあるベンチが四つ囲んでいた。
(……ん?)
そのベンチの一つに女性が座りながら読書をしているのを、アウルはすれ違い様に横目へと映す。
女性の身なりは、ゼレスティアに住む若者の間で流行となっているパステルカラーの可憐な服に身を包み、オレンジ色の髪が鎖骨まで伸びた毛先にはふわりとしたパーマがかかっていた。
ただ、顔自体は医療用の黒いマスクを下半分に掛けていたおかげで、目元しか確認することが出来なかった。
(お見舞いに来た一般の人なのかな……?)
長閑で趣がある場とは言え、わざわざ病院の敷地内で読書をしているという事は誰かを待っているのだろう、とアウルは勝手に解釈をした。歩みを止めることなくそのまま通り過ぎていこうとした――が。
(あ、そういえば出迎えが――)
診療時間内であるため、鉄柵が開きっ放しの門。そこに差し掛かろうとしたアウルはようやくとジェセルから告げられた内容を思い出し、先程すれ違った女性が座るベンチへと振り向く。
振り向いた先には、読書をしていたはずの女性が立ち上がっていた。顔色はマスクのお陰で視認はできない。が、肩をふるふると震わせている。怒っているのだろうか。
「ねえ……もしかして、ジェスから何も聞いてない……?」
女性からのその問いに、アウルは苦笑いを含ませながら答える。
「いや、聞いてたんだけど……すっかり忘れちゃってて……ごめんなさい」
「もぉー! 有り得ないんですけど! なんで素通りすんのよ! 私、こんな朝早くに起きたのに馬っ鹿みたいじゃん!」
マスクで覆われたせいか、くぐもった声で憤慨をする彼女。その容姿にアウルは見覚えなどなく、初対面の団士だと認識をしていた。
「そもそも、えーと……どちら様ですか?」
「え? ウソでしょ? カレリアよ?」
第11団士である彼女の姿を目にしてその名を聞いたところで、アウルには知る由が無いのも当然だ。彼女はマックルの風術によってグラウト市の西門を飛翔して乗り越え、オリネイによる処刑から颯爽とアウルを救った。しかし、当のアウルは気を失っていたのだから見覚えがあるはずもない。
ただ、この時のアウルは呆気にとられていて気にも留めれなかったが、今日からの三日間――十も年齢が上のこの女性と、同じ屋根の下で生活をするのだ。勿論、少年にとって親以外の女性との生活は初めての経験となる。
待ち受けるは安息か、それとも波乱か――。
あまりここに文章を載せたく無いのですが、誤解を招いてしまう恐れがあると思いましたので書きます。
お気付きの読み手の方もいらっしゃると思いますが、カレリアが初登場時と髪型が違う件についてです。
理由は、戦闘任務じゃない時は髪を下ろしているからです。以上!




