41話 一件落着?
「おい……マジかよ? オリネイ……やめろっ!」
土術による拘束によって、その場を動けずにいるサクリウス。彼の叫ぶ声も虚しく、オリネイの手による少年への処刑がたった今行われようとしていた。
「サクリウス、悪く思わないでよ……。アンタの為でもあるんだからね……!」
ワインロックにトドメを刺すよう命じられたオリネイは少し躊躇をしつつも、その言葉と共に蛇剣を握る手に力を込め、後ろ手に思い切り柄を引く。
彼女の得物である蛇剣は、柄を引いて力を調節することで巻き付いた内刃を締め付け、刃が深く食い込んでいくという設計が施されている。その為、荒縄を引っ張るかの如く急激に引き寄せると、対象の肉体を一気に締め上げ〝切り潰す〟ことが可能な代物なのだ。
そうして彼女が剣を引くや否や、たわみを見せていた巻き付く部位が、アウルの身体へと食い込み始める。あともう少しだけ力を加えることで、処刑は完了してしまうだろう。
しかし、その刹那だった――。
「――っ!」
天から降り注ぐ隕石が如く、上空から何者かが急降下をしたのだ。鋼線で繋がったアウルとオリネイの間へと、その者は両の足で同時に着地をし、それによって土埃が煙幕のように舞い上がる。一体何が起きたのか、その場に居合わせた三人の団士は、すぐに理解が出来ずにいた。
「……えっ? ちょ、嘘でしょ!? わ、私のシャルロアたんがっ……!」
オリネイが悲鳴を混じらせたような声で驚く。それと同時、蛇剣の刃は意思を失ったかのように、ガシャンと無機質な音をたて石畳へと落下したのだ。そして土埃は次第に晴れていき、突如として乱入をしたその人物の正体が露わとなっていった。
現れたその人物は、小柄で華奢な身体には似つかわしくない、身の丈以上の長さを持つ大剣を携えていた。その大剣で兜を叩き割るようにして上空から振り下ろし、蛇剣の芯となる鋼線を断ち切って見せたのだった。
サクリウスはその姿を確認した途端に、大きな溜め息をつく。そして彼女の名を呼んだ。
「ふー、助かったわ。カレリア」
◇◆◇◆
再び時間は数刻ほど遡り、ラオッサ街道――。
鉱山にて採掘した鉱物の運搬を護衛する任務に携わっていた、ビスタの部隊。その彼らと中位魔神との熾烈な戦闘の形跡が色濃く残る現場へ、ジェセルとカレリアが足を踏み入れる。
『……!』
この場で何が起こったのか、二人は仔細をすぐに把握するには至らなかった。ただ、兵士達の死体が至る所に散乱をしていたおかげか、運搬中に敵と遭遇し襲撃を受けたという図だけは容易に想像することができたのだ。
『うわぁ……ひどいね』
カレリアが思わずそう漏らしてしまう程に、現場の凄惨さは残虐を極めていた。
鋭利な刃物のような物で斬殺されている死体。
首と胴体が離れてしまっている死体。
白骨を覗かせる程に体の一部が溶解している死体。
その数々の遺体は、団士として歴戦を潜り抜けた彼女らですら目を覆いたくなるような有り様のものばかりであった。
『…………』
まだ敵が潜んでいないか警戒をしつつ、死体一つ一つの身元を二人が探る。するとジェセルの先を歩いていたカレリアが、とある一人の亡骸を確認した途端、その場へと屈み込んだ。
『カレリア、どうしたの…………っっ!?』
屈み込む彼女の背に向けて尋ねたジェセルだったが、見下ろす形で死体を覗き込んだ直後に言葉を失う。
『……このオヤジ、いつも私にセクハラまがいの発言ばっかしてて大ッ嫌いだったんだけどさ……面倒見は良かったし、良い腕してたのに……なんで死んじゃうのよ』
眠るように横たわるそれは、片脚と下腹部が溶解し、臓物が零れ出ていたケルーン・ノーエストの遺体であった。
『ケルーン……彼がやられるなんて……』
兵士の中でも指折りの実力者として鳴らしていたケルーンが死亡した事実に、ジェセルは驚愕を見せるに留まる。しかし、カレリアにとって彼は自身と同じ大剣士として、一目を置いていた存在であった。そのため、ジェセルと比べて特に彼の死を悼んだのだ。
『カレリア、悲しむ気持ちはわかるけど今は調査を優先させなきゃダメよ。さあ、立って』
『……うん』
ジェセルが彼女の小さな肩をポンと叩き、慰めるように専心を促すと、カレリアは力ない返答と共に立ち上がる。
『どれも死因がバラバラな点から見るに……どうやらビスタ達は魔神族と出くわしたようね』
全ての死体の確認がまだ済んではいないが、ジェセルはそう推測した。魔物であれば攻撃の手段が限られてくるため、ここまで多様な殺害方法は無理であろうと踏んだのだ。カレリアもそれに同調し、推測を続けた。
『そうかもね……ただ、魔神の姿が無いってことはビスタがもう倒しちゃったのかも』
ビスタ達によって撃退された中位魔神の屍がこの場に無い理由――それは、魔神族とは高密度のマナによって形成されたエネルギー体であり、生命機能が停止すると共に、肉体が跡形も無くこの世から消失するのが性質となっていたからである。
『ビスタは元々中位魔神を倒せるほどの潜在能力はあった。大方、ケルーンを含んだ兵士達の犠牲は避けれなかったけど、なんとか倒し……ゼレスティアに帰還したってところかしら』
ジェセル達がそう推測を終え、残っていた兵士の亡骸を確認しようとしたその時だった――。
『――ジェ……セル、さ、ま……』
『っっ……!?』
今にも消え入りそうな程の微かな声が、二人の耳へと届いたのだ。
『今のは……?』
『ジェス、あそこ!』
声の主を特定しようと、キョロキョロと辺りを見回すジェセルよりも先に発見したカレリアが、指を差して伝える。
そしてその指の先に居たのは――。
『マックル!?』
血溜まりへと沈むように横たわる、マックル・ワレリオの姿がそこにあったのだ。
◇◆◇◆
「……成る程な、〝サイケデリック・アカルト〟にかかってたのはビスタの方だったんだなー」
土術による拘束が続いたままのサクリウスが、頷きながら納得を見せる。西門を開き、傷付いたマックルに肩を貸しながら広場へと入ってきたジェセルから、サクリウス達は全ての経緯をたった今伝え聞いたのだ。
現在は広場の中央にてジェセル達を含んだ団士五人とマックルを交えて、気を失わせたままのアウルを囲い、事件の辻褄を合わせる為の情報交換をしていた。
「おーい、ワイン。いい加減拘束解いてくれよ」
「……わかったよ」
要求を受けたワインロックは、指をパチンと鳴らして術を解除させ、サクリウスの両大腿までを覆っていた石をサラサラとした砂に変えて見せた。
「ったくオマエはよー、たまに変に頑固な時があるよなー」
「……かもね。すまなかった、サクリウス」
素直に解除をしてみせたワインロックではあるが、事件が一段落したにも関わらず、心なしか不満気な表情を覗かせていた。
「不服そうね、ワインロック?」
その僅かな機微を唯一感じ取ったジェセルが、機先を制すように問い掛ける。
「魔神族であるその子を生かそうって言うんだ。僕にはその結論が少し理解出来なくてね」
薄笑みを浮かべ、ワインロックは皮肉混じりの率直な意見を述べて返した。
「〝魔神族の殲滅〟というのは私達、ゼレスティア国軍にとっての至上命題。貴方のその考えは確かに正しいわ。でも、アウルくんは魔神族である前に人間でもあるの。正体が明確でないまま、無闇に殺めてしまうのは道理に反しているわ」
「そう……だね。キミの方が正しいよ」
正論を上回る正論で説き伏せられてしまったワインロックは、アウルの拘束も同様に解除した。するとそのまま、団士達の輪から離れ王宮方面へと歩を進め始める。
「よっ……と! おいワイン、どこ行くんだ?」
捕縛から解かれバランスを失い、その場で倒れそうになるアウルを受け止めたサクリウスが、広場を後にしようとする男の背中へと問う。
「なんか疲れちゃったから先に王宮に戻らせてよ。バズムントには先に報告を済ませておくからさ。いいでしょ、ジェセル?」
気の抜けた声でそう返したワインロックは、この場では最高序列となるジェセルの許可を仰ぐ。
「いいわ。ただくれぐれも――」
「虚偽の報告はしないように、でしょ? 安心してよ、僕がウソを嫌うのはみんな知ってるよね。それじゃ、おやすみ」
甲を見せながらヒラヒラと手を振り、一足先に彼は帰還した。
「ジェス、先に行かせていいの?」
隣にいたカレリアが、ジェセルの耳元で囁く。
「いいのよ。彼にも築き上げてきた信念というものがあるでしょうし、気持ちはわからないでもないわ」
ジェセルが小声でそう返した。
「そんなことより、カレリア! あんた、私のシャルロアたんを壊した落とし前はどうやってつけるつもりなのよ!」
とそこで、明らかに不機嫌そうな面持ちのオリネイが、二人に割って入る。話が収束したことで、抑えていた激昂を爆発させたのだろう。愛剣を壊した張本人であるカレリアの背後に立ち、ここぞとばかりにヒステリックな喚きを散らす。
「いやぁ、オリネイちゃんゴメンねえ。でもあれだけ切羽詰まった状況だと、ああやって止めるしかなかったのよぉ」
カレリアは振り向き、オレンジカラーの頭をポリポリと指で掻きながら、年下のオリネイの機嫌をとるが――。
「はんっ、そんなガサツなやり方しか出来ないからいつまで経ってもオトコができないのよ! その学士みたいな貧相なカラダのように、あんたは節度ってものを覚えなさいよ!」
「な、なによその言い草は! 人が優しく謝ってやってるってのにぃ! そ……それに、私はアンタみたいに男にだらしなくないから、ちゃんとした相手を探してるんですー!」
「あれ? あんた確かこの間のマルロスローニ家との懇親会で食事した時、王子達から密かに気に入られようとして陰で媚売って甘えてたの忘れてんじゃ――」
「な、なんでアンタがそれ知ってんのよ!? それ他の誰かに言ったらタダじゃおかないんだからね!」
「タダじゃおかなかったらなんだっていうのよ、アラサーのくせに!」
「年齢は関係ないでしょ!? それにアラサーちゃうわ! ジャストクォーター(※二十五歳の意)って呼びなさいよ!」
「は、何ソレ? 往生際が悪いんだよ! 貧乳!」
「言ったわねー!? クソビ◯チ!」
「な、なんて醜い争いだ……! 止めなくていいのだろうか……」
ジェセルの治癒術のお陰で、なんとか一命を取り留めたマックル。目の前で繰り広げられている女団士二人の舌戦を遠巻きに眺め、思わず心配を漏らしてしまう。
「あー、気にすんな。もうああなっちまったらオレらには止めらんねーよ。つーかよ、マックル。オマエのその身体、傷を塞いだだけで完治じゃねーんだろ? あんま無理すんなよ」
「サクリウス様……」
アウルを抱えたサクリウスが、止めに入ろうと逸るマックルを冷静に諭す。彼が言ったように、確かにマックルの傷はジェセルの高度な治癒術によって完全に塞がれてはいた。
しかし流れ出た血液が戻ってくることは敵わないので、実際のところは上等な応急処置程度の治療でしかなかったのだ。
「しっかし、オマエよく生き延びれたなー? 何ヵ所も斬られたり貫かれたりした状態でどうやって何十分も助けを待つことが出来たんだよ?」
純粋な疑問を投げ掛けられ、マックルは答える。
「……風術ですよ。空気で形成した栓で傷を塞いで、出血を最小限に抑えました。助けが来るまでマナがもつかどうかの瀬戸際でしたけど、何とか生き延びることができました」
「なーるほど……ってマジかよ。オマエも魔神に劣らず中々に反則なのな」
想像以上の荒業にサクリウスはたじろぐ。
そんな彼を横目に置いたまま、マックルは続けた。
「ただ、そんな風術を以てしても、ビスタ様を救うことはできませんでした……」
「マックル……」
「俺は、一人で戦おうとするビスタ様の命令に素直に従ってしまい、戦場から退却してしまったんです。最初から全員で共に戦っていれば……ビスタ様はもちろん、ケルーン達も生き残れたかもしれなかった……! こんな不甲斐のない俺だけが生き残ってしまって……ケルーンとビスタ様に向ける顔がありません……!」
静かに涙を流し、己の未熟さをマックルが悔いる。
それに対し、サクリウスは。
「オマエは思い上がり過ぎだっつーの。〝責任感〟っつー単語が実体化したよーなビスタの事だ。どーせ、一緒に戦おうって提案しても却下されたんだろ?」
「まあ……そうなのですが」
「だったらそれはビスタのミスだ。オマエが思い詰める事じゃねー。オレ達団員は任務の成功が最優先でなきゃダメなんだ。部下の命なんて二の次、って思う程にな。それをアイツは一人で背負い込んじまって一人で戦うことを選んだんだ。死んだヤツに対して冷てーこと言っちまうかもしれねーが、アイツには団士としての心構えがなっちゃいねーって事だったんだよ」
「…………」
ビスタと同じ団士からの冷酷な物言いに、マックルの精神は沈んだままだったが――。
「……でもよ、結果はどーであれ、オマエだけが生き延びたんだ。だったらアイツの意志を生き残ったオマエが継ぎ、アイツが成し遂げられなかった〝部下の命を一人残らず守る〟っつー役目をマックル……オマエがこれから担えば良い。それが一番、死んじまったビスタに報いる事なんじゃねーのか?」
「……っ!」
サクリウスのその言葉は、マックルの鬱屈した精神を払い除けてみせた。憑き物が落ちたかのようなマックルのその顔を目にしたサクリウスは、今度は笑顔で一言だけを告げる。
「――な、マックル?」
「はい……!」
彼のその瞳からは、既に涙は流れていなかった。
(……なーんか、今日はこーやって宥める役回りばっかやってる気ぃすんなー。ま、いっか)
その後、カレリアとオリネイの喧嘩の仲裁を終えたジェセルの指示の下、五人は作戦室へと帰還しバズムントに報告を終えた。
クルーイルとビスタの亡骸は報告の後、戦死した兵士や被害に遭った市民と同時に直ぐ様回収が為され、二日後に合同葬儀が執り行われた。
一方でアウルの処遇については、バズムントを含んだ団士六人で今すぐに決断を下すのは尚早だと判断し、任務に出払っているヴェルスミスの帰還を待って方針を仰ぐことに決定した――。
――運命の二日間を乗り越えたアウル。
現在は気を失っているため、悲しみに暮れることも、葬儀に参列することすらも叶わない。
数年ぶりの再開に始まり、和解を経て、約束が果たされぬまま迎えてしまった兄の死。心に一生消えぬ傷を刻んだその悲劇は、アウルはおろか、兄弟を取り巻いていた環境にも多大に影響を与えるだろう。
そして、平凡に暮らしていたはずの少年の運命は、この二日間を境にして劇的に揺れ動く事となるのであった。
果たして転ぶ先は希望か、絶望か――それはまだ誰にもわからない。




