40話 取捨選択
「――で、捕らえたはいいけど……このボウヤ、これからどうするつもりなの?」
「あーー、とりあえずは捕らえたまんま、王宮に運んでく……しかねーかな」
民家の陰から姿を現したオリネイが、アウルを捕らえた直後にそう問い掛けると、サクリウスは模索するようにして返答をする。暴走したアウルをサクリウスの合図で拘束した彼女とワインロックの二人は、これまでの経緯をまだ何も報されていなかった。
「……ここにクルーイル、あっちにはビスタと思わしき人物が死亡しているようだけど、全てその子がやったのかな?」
水術を使い、広場の燃えていた箇所の消火を行っていたワインロックが、クルーイルの亡骸の傍で尋ねた。
「ビスタはコイツが殺ってた。クルーイルの方は見てねーから断定はできねーが、他に敵の姿がねーときたら……十中八九コイツの仕業だろーな」
上半身を蛇剣で締め付けられ、下半身をワインロックの土術によって抑え付けられた少年の真正面に立つサクリウスが、そう推測した。
「マジ……? 確かその子クルーイルの弟だったわよね?」
「ああ、アウリスト・ピースキーパー。オマエの言う通り、クルーイルの弟でヴェルスミスの息子だ。そして恐らくだが……魔神族だ」
「――っ!」
オリネイは少年についての情報を、クルーイルの弟だという程度にしか知らなかったため、初めて聞かされた正体に絶句する。
「――魔神族だって? それは確かなのかい?」
一方で、ひとしきりの消火活動を終えたワインロックが歩み寄ると、アウルの表情をじろじろと窺う。そのアウルはというと、顔に表れていた黒線はすでに消え失せ、先ほどの発狂とは一転して今は深い眠りにでもついたかのように気を失っていた。
「あー……今は気絶したのか兆候は消えちまってるが、この姿形でビスタを殺せるっつーことは、上位魔神の可能性がある」
彼の口から出たその情報は不確かなものではあるが、オリネイはおろかワインロックでさえも言葉を失わせた。
――上位魔神の特徴について説明をしよう。
まず姿形は人間と殆ど変わらず、人語も完璧に理解をし、人間以上の豊富なマナと高い知性を持つと言われている。それらを併せ持ったその戦闘力は凄まじく、過去にはゼレスティア軍三〇〇人からなる一個大隊を、一体の上位魔神によって全滅へ陥れられたという事例もある程だ。
しかしその数は下位・中位魔神ほど多くはなく、現時点で存在が確認されている個体数は、片手で数えられる程度にしかいないとさえ言われているのであった。
「ちょっと待ってよ……! もしアンタの言う通り、そのコが魔神族だとするんなら……クルーイルやヴェルスミスも魔神族ってことになるのよね?」
昨日のジェセルと同様の単純な結論に辿り着いたオリネイが、割って入る。
「オリネイ、あの二人と何年も一緒に仕事してたんだったら、それが違うってことくらい冷静に考えたらわかんねーか?」
「それは確かに……そうだけど」
反論できず、彼女が言葉に詰まる。だが今度はワインロックが、顎の先をつまむような仕草を見せながら考え、少しの間を置いて口を開く。
「サクリウス、〝サイケデリック・アカルト〟の可能性は? ヴェルスミスやクルーイルの普段の戦いぶりを見ていれば解ると思うけど、ピースキーパー家は先天的に魔術に秀でた家系ではない、状況は想定しにくいけどマナを空にした後に奪われたという可能性もあるんじゃないのかな?」
「ワイン、それはオレも想定したよ。でもコイツは中位魔神以上の治癒力を持ってた。〝サイアカ〟の可能性は無いと見て良いだろーな」
直に戦闘をしていた彼の説得力には敵うはずもなく、ワインロックもそれ以上の追及をせずに考えを改める。
しかし――。
「……まあいいわ。じゃあ本題に戻るけどさ、アンタの言う通りこのボウヤが魔神族って言うんなら、今すぐ殺さなきゃマズいんじゃないの?」
「なっ……!」
彼女の提言に、サクリウスの表情が一瞬凍る。
「……おいおいオリネイ、オマエマジで言ってんのかー? コイツはまだガキだし、今はもう兆候も消えて気ぃ失ってるだけだぞー? ひとまずは拘束したまま王宮で保護して、それから経過を見るのが妥当だろーに」
「〝魔神族は発見次第駆除〟するのがゼレスティア国軍の役目であり義務でしょ? アンタがそんな事言うなんて……らしくないわね」
オリネイは正論を振りかざすと同時に、サクリウスに対して少しの落胆をする。
「そりゃーそうなってっけどよ……あーめんどくせーな! ワイン、お前からもコイツに言ってやってくれよ」
苛立ちを見せたサクリウスは銀髪をガシガシと掻くと、横に立っていたワインロックへと助けを乞うようにして考えを訊く。彼であれば、オリネイを上手く丸め込めるような内容の旨を伝えてくれるはずだ、と期待をしていたのだ。
だが――。
「――悪いけど僕もオリネイと同意見かな。そして一つ付け加えるけど、魔神かどうかの是非で判断をする前に、僕らは大事な仲間である団員を殺されたんだ。相手がいくら子供であったとしても、それは決して許される事ではないよ」
「ワイン、お前まで……」
同調をしてもらえずサクリウスは戸惑うが、ワインロックは更に続ける。
「それに昼間の授業の時から僕は感じていたのだけれど、キミはこの子に少し肩入れをし過ぎているように思える。戦場では個人の価値観での判断は御法度だという当たり前の事を忘れたのかい、サクリウス?」
「……っ!」
その語気にいつもの穏やかさは無く、少しだけ冷たさを帯び、サクリウスの身体には悪寒が走る。
しかしこの少年のような容姿を持つ年齢不詳な団士が言った通り、彼がアウルに対して知らず知らずの内に肩入れをしてしまっていたのは図星で、指摘された本人も否定は出来なかった。
「ワイン、序列はオレの方が上だ。オマエやオリネイの言ってることの方が正しーのかも知れねーが、この場ではオレの指示に従ってもらう」
「キミの持つ権限は飽くまで指示のみだ。僕らがバズムントから受けた指令を忘れたかい?」
「なっ……!」
『――目標は市内に侵入してきた魔物、及び魔神の駆除』
序列を盾にサクリウスは意見を押し通そうとしたが、ワインロックのその反論に虚をつかれてしまう。同時に、バズムントから命じられた指令が脳裏を過る。しかし彼は引き下がらなかった。
「おい、コイツはまだガキだぞ? それによ……ヴェルスミスの――」
「〝スレーベ・アルボル〟!」
サクリウスが憤慨し、反論を返そうとしたその直後。目を離していたオリネイが民家の庭にある植木の幹に片手を翳し、術を唱えたのだ。
すると、女性の手首ほどの太さの二本の蔦が、意思を持った触手かのように木から勢い良く伸び、サクリウスの上半身に絡み付く。
「……テメっ! 何しやがる!」
「ナニって……逆に言わせてもらうけど、アンタ今自分で何言ってるかわかってんの?」
激昂するサクリウスを木術で拘束してみせたオリネイが諭そうとするが――。
「――〝シャルへ・ヴァルト〟」
今度はサクリウス。黄白色の電流が何本も彼の全身を纏う様に流れ、蔦を一瞬で焼き切ってみせたのだ。
「……自分でも言ってることがおかしーってことくらいわかってる。でも、今回だけはオレのワガママを聞いてくれ、頼む二人共」
蔦と共に激昂していた感情も断ち切ったかの如く、うってかわって冷静な面持ちと声色。命令違反による制裁も辞さないと言わんばかりの覚悟の程が、サクリウスのその様子から窺えた。
「〝スレーベ・ペトラン〟」
「なっ――!」
だが、一切の同情をすることもなかったワインロックが、先程アウルを捕らえたものと同じ土術を唱えた。回避する余裕すら与えてくれず、サクリウスの脚部を一瞬にして捕えてみせた。
「……サクリウス、少し頭を冷やすんだ。キミはまだ若いが、これからのゼレスティアを担い、背負い立っていく人間だと僕は期待している。そしてそういった人間は、絶対に命の取捨選択を誤ってはいけない。今回の件でそれを学び、今後の糧とするんだ」
石畳に手を置いたまま、ワインロックは厳しく宥める。サクリウスは拘束から逃れようと、腰の近くまで纏わりつく石を無理矢理剥がそうと試みるが、全く剥がれず無駄骨に終わる。
そして――。
「オリネイ、そのままトドメを――」




