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PEACE KEEPER  作者: 狐目 ねつき
Brotherhood
37/185

36話 覚醒

 身体が動けずにいる中、兄が死にゆく瞬間をアウルは間近で目にした。悔やんでも悔やみきれない想いに、少年は大粒の涙を流す。


 戦場に赴く兄の後をすぐに追わなかった事。

 自分の弱さが原因で救えなかった事。

 など、様々な後悔と自責の念が負のエネルギーとなり、まだ幼い少年の心を蝕んでいく。


 やがて、細胞が分裂を行うが如く、その負のエネルギーはアウルの感情を侵食し拡がっていく。斬られた傷は既に痛みが無い。悔いても悔いても絶えることのない負の感情は蓄積し、次第に『怒り』へと変貌を遂げる。


 そしてその怒りの矛先は自分と――。



◇◆◇◆



 心臓まで深々と刺さった剣を、ビスタはゆっくりと引き抜く。


 支えが無くなったクルーイルの亡骸は糸の切れた人形のように、仰向いたまま石畳へゆっくりと倒れる。背後で揺らめく炎に照らされたその死に顔は、未練や遺恨は一つも無いといった、とても安らかなものだった。


「……何か狙いがあるのかと思って一応警戒はしていたんだけど、特になにも無かったか」


 そう言い棄てたビスタは、刀身の半分程まで付着したクルーイルの冷たくなった血液を、ヒュッと水平に振り払う。そして次に、地に伏したままのアウルを一瞥した。


「こっちはもう死んだのかな? いや、まだ生きているな」


 傍らに立ち観察をしてみると静かに呼吸をしているのが窺え、生存を確認できた。だがそれと同時に、ビスタは一つの異変に気付く。


「変だな……血がもう流れてない」


 脇腹から左肩にかけて相当深く切り裂いたハズ、とビスタは確信していた。しかし、手応えを見誤る訳が無い。彼は一旦剣を鞘へと納めると、確認の為に片膝をつく。

 傷口を覗こうと、うつ伏せに倒れるアウルの身体を引いて起こそうとするが――。


「え?」


 それは被服に触れるかどうかのタイミング。倒れていた少年が、ビスタの眼前から突如姿を消したのだ。


(どこへ――)


 と、振り返ろうとしたその瞬間だった。


 鈍器の様な物で強かに殴られたような衝撃が、ビスタの側頭部を襲う――。


「~~~~っ!?」


 そのあまりの不意打ちに回避どころか受け身すら取り損ねてしまい、ビスタは石畳を跳ねるように転がっていく。


 衝撃の正体は背後からの中段蹴り。無防備なこめかみを全力で打ち抜かれたのだ。


「くっ……」


 ダメージに気を取られることなく、慌てて臨戦態勢をとろうとビスタは立ち上がる。しかし今度は起き上がると同時、すでに懐へと潜り込まれていた。低い姿勢で構えていた少年は、右のショートアッパーを鳩尾(みぞおち)へと()じ込む――。


「ゲエェッッ――!」


 抉るようにして胃を打ち貫かれ、酸味のきいた吐瀉物が勢い良く口から吐き出される。しかし、胃酸とダメージを味わう(いとま)を目の前の少年は与えてくれなかった。


「――ッッ」


 今度は追撃の左フックが右頬に刺さり、血反吐を撒き散らしながらビスタが吹き飛ぶ。反撃はおろか、リーベ・グアルドを駆使する間もない波状攻撃に、まるで為す術が無かった。


(なっ、な……!)

「っ何なんだよオマエはぁ!」


 ビスタが激昂するが、再び少年は真正面から迫り寄る。フラフラとよろめきながらもビスタはどうにかして立ち上がり、間合いに入られる直前にて右手を前方へと翳す――。


「〝ヴァルフラーメ〟っ!」


 先程に一戦を交えた時と同様、自身の周りを炎の障壁が弧を描き、近付く者全てを焼き払わんとする――が。


「……嘘だろ」


 ビスタが接近を恐れ威嚇として『ヴァルフラーメ』を唱えたにも関わらず、少年は攻防一体の火術の餌食となりながらも、ビスタの服の襟首を掴み続けていた。結果として少年の身体は弾かれることなく、至近距離を保ったままだったのだ。


 そこでビスタはようやく、アウルの容貌を視界に捉えることが出来た。


「オマエ……一体?」


 アウルのその顔は、額から顎にかけて両の目を貫通するように黒いラインが縦に引かれ、重たい黒色の瞳は『闇』そのものを表しているようにも見えた。


 加えて胴体を深々と斬られた傷もすっかりと癒え、黒いシャツの切れ間から覗かせる皮膚には傷跡一つ付いていなかったのだ。


「…………」


 涙を流す無表情の少年。しかしその気迫は超人的な強さも相俟って喩えようのない狂気を孕み、ビスタの人格である中位魔神を心底畏れさせた。


(これじゃ、まるで――)


 その姿を見て魔神はある推測をしたが、思考の先がぶつりと途切れる。少年が右拳で、ビスタの顔面を真正面から殴ったのだ。


「ガハァッッ!」


 嫌な音と鼻血を垂れ流したビスタは、殴られた衝撃で仰け反る。だが襟首は掴まれたままだ。離れることが出来ず、無防備に立ち尽くすことしかできないのだ。


 続いてもう一発。

 少年は同じ箇所を殴る。

 ビスタが再び仰け反る。

 やはり掴まれたまま。

 もう一発。

 前歯が砕ける。

 もう一発。

 鼻の軟骨が潰れる。

 もう一発。

 顔面の下半分がドス黒い血で染まっていく。


 更に一発、二発、三発。

 ためらうことなく、少年は殴り続ける。


 殴る回数が増える度、痛みに喘ぐ声が次第に減っていく。

 膝は支えを失ったように脱力。

 遂には首がすわらなくなり始めた。


 そんな悲惨な容態にも関わらず、アウルは握る拳を決して弛める事なくひたすら殴打を続ける――が。



「はい、そこまでー」

「――!」


 背後から突如聞こえた声。赤黒く染まる右拳をガシッと掴まれた少年。振り向いた先に居たのはサクリウスだった。彼の額には少量の汗が浮き、吐息には若干の乱れがあった。相当に急いでこの広場まで駆け付けてきたのだろう、というのがその様子から窺えた。


「こんなところで何やってんだオマエ……って言いてートコだけどよ、オマエが今掴んでるソイツはビスタだよな? こりゃ一体どーいう事か説明してもらっていーか?」


 女学士達からの憧れの的であったビスタの端正な顔立ちは、最早原型を留めていなかった。ゆえに顔での認証は不可能に近かったが、サクリウスは頭に巻いていた赤いバンドと腰に差していた剣の鞘で、ビスタ本人だと断定していた。


「――ソイツ、もう死んでるぞ?」


 そしてサクリウスが告げた通り、既にビスタの脳は拷問に近い程の絶え間ない数の顔面殴打によるショックで、その機能を停止させてしまっていたのだ。


 当然、彼の脳内に潜み人格を支配していた魔神の精神も、本人の死と共にこの世から完全に消え去っていた。


 そして無意識下での撲殺とはいえ、少年にとって『ビスタの死』というのは、この上なく如何ともし難い状況を作り出してしまっていたのだ。



「まさかオマエがなー。いやー見事に騙されたわ……」


 返り血で顔を点々と汚した少年は、無視を貫く。対し、サクリウスはしてやられたと言わんばかりの表情を浮かべ、言葉を続けた。



「……なぁ()()()()? なんか言えよ」

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