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PEACE KEEPER  作者: 狐目 ねつき
Brotherhood
35/185

34話 力の差

 ――心臓に剣を突き付けられてからの間、俺は一体脳内で何百回の命乞いをしただろうか。


 それは俺の生きてきた二十年間の中で、最も濃密とも言える数秒だった。俺の脳裏では走馬灯がこれまでの半生を映し出すでもなく『死』という現実のみが、刃となって眼前に映っていただけだ。


 そんな死の淵に瀕していた俺を呼ぶ声が聞こえてきたが、名前ではなく〝兄貴〟――その呼び方をするのはこの世でただ一人。


「アウ、ル……?」


 向いた先に立っていたのは、他の誰でもない――アウリスト、弟だった。



◇◆◇◆



 やっとの思いで西門広場へとアウルは辿り着けた。そして到着早々、状況の判断を整理する暇などなく、眼前に広がる光景だけを見て衝動的に兄の名を呼んだのであった。


「…………」


 剣を突き付けていた男が、少し驚いた様子で自身の方を振り向いた。結果的に意識を逸らすことに成功した、とアウルは安堵する。だがそれも束の間、様々な情報が視覚を介して、少年の脳内に入り込んでいく。



 ――人が沢山……死んでる。

 ――敵は魔物じゃなくて……ビスタさん?

 ――兄貴の足が……このままじゃ。

 ――どうして団士のビスタさんが……!



 疑問は多々あった。しかし確信を以て言えるのが『敵はビスタ』で『兄が殺されかけている』ということだ。


「……っっ」


 それだけで助ける動機としては充分だ。アウルは意を決し、鞘から剣を引き抜く。ワインレッドカラーの鞘から出てきた片手剣の刀身は、持ち主であるエレニドを想起させるような黒一色に染まり、鈍いその輝きは黒曜石に似ていた。


(あの剣はエレニドの……そういうことか)


 アウルが抜いた剣を目にしただけで、クルーイルは持ち主の特定を完了させた。それと同時に、あれほど来るなと言った筈の弟が何故この場に現れたのか、という理由も納得に至る。


「……なんだキミは?」


 一方でビスタはクルーイルに突き付けていた剣を下ろし、現れた闖入者(ちんにゅうしゃ)に向けて身体を翻す。そして例によって、オリジナルのビスタから記憶を引き出そうとするが――。


「――っ!」


 瞬間、身を低く屈ませたアウルの身体が自らの間合いにまで入り込まれていることに気付き、素早く剣を構え直す。


疾走(はや)い――)


 驚く暇すら与えてもらえず、ビスタの顎先へ襲い来る廻し蹴り。だが彼は上体をのけぞらせて冷静に避けてみせると、間髪を入れず前蹴りで応戦。アウルの下顎を蹴り上げた。


(くそっ……!)


 カウンターを食らってしまったアウル。顎がジンジンと痛み、口の中が鉄臭い塩味で一杯となる。しかしアウルは意に介すことなく、受け身をとった後、すぐに起き上がった。


(完璧に入ったと思ったのに……!)


 口元から溢れ出る血を拭い、再び構え立ち向かおうとしたが――。


「……なるほど、キミがアウル君なんだね」

「っっ……!」


 ビスタにそう呼ばれたことでアウルはつま先に込めていた力を緩めてしまい、飛び込めず。


「クルーイルの弟だよね、キミ。ここに何しに来たの?」


 口角を吊り上げ、見開いた目でそう問い掛けてくるビスタ。アウルは違和感を覚えた。


(この人……雰囲気が少し、違う……?)


 元々知り得ていたのは名前と風貌くらいで性格など知る由もなかったのが、少年の持つビスタについての情報だった。しかし、冷たく不気味な雰囲気を纏っている今の目の前の彼は、関わりが殆ど無かったアウルですら危険だとすぐに認識ができた。



(アウル……少しで良い、時間を稼いでくれ。そうすれば団士の誰かがそろそろ到着するはずだ……!)


 アウルの介入によって、ひとまずは一命を取り留めたクルーイル。だが依然として窮地であることに変わりはない。今はこの状況に於ける最善に、考えを巡らせていた。


「そうだね……キミはまだ学士の身で、実戦経験もさほど無いのだろう? だったら何もまだ死に急ぐ必要はない。どうだい、見逃してあげるからココを――」

「兄貴から離れろ……!」


 だがクルーイルの考えなど届く筈もなく、アウルはビスタからの甘言を強く遮った。


「はは、そう言われて俺が大人しく離れるとでも思っているのかい?」


 挑発的な笑みと口調のビスタが、再び剣を構える。

 それと同時に、アウルは走り出した――。


「正面から突っ込んでくるしか能が無いようだね」


 真っ向から突き進んでくる少年に対し、ビスタはやれやれとした様子で迎撃をする。しかし、横に薙いだ剣は無人の空を切る。


「……へえ」


 ビスタが感嘆を零す。アウルはサクリウスとの手合いで見せたものと同様、対象の周りを取り囲むようにして滅茶苦茶に動き回る、という持ち前のスピードを活かしたフェイントの嵐を見舞った。


「中々の動き……だね」


 片腕というハンデも加味して、さしものビスタもこれは捉えきれないだろう、と傍から眺めていたクルーイルでさえも確信をする――しかし。


「でも、そういうのってさ……知ってる?」


 目で追うのを諦めたビスタは剣を鞘に納め、右手を真正面に翳し――。


「――()()って呼ぶんだよ?」

「っっ!?」


「〝ヴァルフラーメ〟」


 ビスタが火術を唱えた。その直後、掌から広がっていった薄い炎の障壁が術者本人の半径一ヤールト程を囲み、カーテンを閉じるようにして弧を描く――。


「うわあああ――っ!」


 障壁が旋回する衝撃。広範囲なその迎撃に、アウルは後方へと弾かれた。火炎の壁は肘から下の袖を燃やし尽くし、露わになった右手を焼き焦がした。


「あ、っつ……っ!」


 重度の火傷によって、アウルは顔を苦痛に歪ませている。少年の人生に於いてこれが、初めて味わう魔術でのダメージとなった。


(痛いしっ……むちゃくちゃ熱い……! けど……負けてたまるかっ……!)


 だがそれでもアウルは臆さない。力の差が歴然であってもだ。少年はすぐにでも立ち上がると、再び大地を蹴り、兄を護ろうと果敢に立ち向かった。


「ふぅ……まだ来るのかい?」


 ビスタは少しも怯まずに向かってくる少年のその姿に、呆れた様子を表情へと出す。そして、おもむろに|剣を引き抜くと――。


「アウル、距離を――」


 クルーイルがそう助言をするが、彼の語尾を待たずしてビスタは静かに呟く。


「――もういいよ、キミ」


 稲妻のような疾さで、剣閃がアウルの右脇腹から左肩にかけて通過をした。その直後――油性塗料を思いきり撒き散らしたかのような大量の血飛沫が、アウルの胸元から勢い良く溢れ出す。


「っ……?」


 目にも留まらぬスピードでの剣撃に斬り伏せられたアウルは、突進する勢いそのままでビスタの脇を過ぎ去り、クルーイルの側にうつ伏せで倒れ込む。地に伏した後も留まることを止めない出血が、石畳の目を沿うように零れていく。やがて、少年の身体は小刻みに痙攣を起こし始めた。


「はっ……はっ……は………」

「アウルっ!」


 クルーイルが名を呼ぶが、その声は届いていない。瞳孔が開き、動悸は激しくなっていくが、呼吸は浅い。アウルのその容態は、確実に死へと近付いているという様相を呈していた――。



◇◆◇◆



 ――あれ?

 ――俺、死ぬの?

 ――まあ、仕方がないか。


 ――やっぱり、落ちこぼれがちょっとやる気を出したところで、上手くやれるワケなんてないよね。


 ――ピリムに言われたとおり、普段から努力をしてこなかった結果がこれだったのかな。


 ――結局俺ってピースキーパー家としても、一人の人間としても何も成し遂げてないし、家族の一人を護る事すら出来ないんだもんなぁ。


 ――あーあ、我ながら情けないよ。


 ――せっかく兄貴とも仲直りできて、今まで適当に生きてきた人生が、これから少しずつまともになっていくと思ってたんだけどなあ。


 ――思い返せばホント、悔いしかない十五年だったよ。



 ――ピリム、ごめん。ピリムが言ってた事はいつも正しかったよ。


 ――ライカ、ごめん。一緒に卒業できなくて。店にも全然顔出せなくて。


 兄貴、ごめん、先に――




「――ビスタぁ!」


「……っ?」


 朦朧としていたアウルの意識が、クルーイルの怒声によって現実へと引き戻される。目を覚ましたと同時、目に映ったのはビスタが握る剣先の煌めきだった。どうやら意識を失いかけてた間に、ビスタがトドメを刺そうとしていたようだ。


 そしてそれを阻止するべく、傍らに居た兄がビスタの名を呼んでいたのだが――。


「俺を……俺を先に殺れっ!」


(えっ……?)

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