31話 精神同化
王宮前広場を後にしたサクリウス達は中央階段を降りた辺りにて、ビスタの放った信号光術に視線を奪われる――。
「ハァ? もう終わったっていうの?」
足を止めて空を見上げ、オリネイが目を丸くさせる。ワインロックも概ね似たような反応を示し、先頭を走っていたサクリウスも唖然とする。
(どーいう事だぁ? さっきのサインから一分足らずで〝駆逐完了〟の合図だと……?)
想定されるケースは二つ。
一つ目は強敵と遭遇し、応援を要請するための信号を送ったが、運良く撃退することに成功し本当に駆逐を完了させた。
二つ目は勿論――罠。
余りにも不自然なタイミングでの発射だ、信憑性が高いのは当然後者となる。そして腑に落ちない点は他にも幾つか存在していた。
(〝ハイリフト〟を使用しての信号手段は、原則的には団員にしか許可されてねーハズ。兵士連中にはコッチの統制が乱れる恐れがあるから滅多に使うな、って普段から厳しく言い聞かせてっから兵士の仕業ではねーだろーし……)
「ねえサクリウス、どうす――」
「待ってろ」
指示を仰ぐオリネイの口の前に左手を伸ばして制し、サクリウスは思考を続ける。しかし事態は一刻を争う。迅速な判断を要するのだが――。
(っつーことは他の団員の仕業になっちまうんだけども、ウチには敵との力量の可否を見誤る未熟なヤツは〝ex〟のクルーイルくらいなモンだが、チキンヤローのアイツがわざわざ現場に駆け付けるとも思えねーし……やっぱ罠か? けど、罠だとしたら上位魔神でもねー限り敵が信号を偽装する程のそんな高度な知能を持つワケねーしな。クソ、どうすりゃいーか全然わかんねぇ……)
頭を抱え、サクリウスは最善となる決断を下せずにいた。そんな彼を見兼ねたワインロックが、普段通りの穏やかな口調で声を掛ける。
「サクリウス、今ここで無理に決めようとする必要はないよ。今回のような不確定な要素が多いケースは、考えれば考えるだけ悪循環に陥るだけだ。パーフェクトを求めるんじゃなく、ベターに着地しよう」
頭が煮上がりそうになっていたサクリウスの肩に手を置き、ワインロックは優しく諭した。
――彼、ワインロック・フォーバイトは、ゼレスティアの生まれでは無い。
そしてその生い立ちを知る者は国内には存在しなかった。学士と並んでも違和感のない、その幼すぎる容姿。そのお陰か若手と勘違いをされやすいが、彼は親衛士団が創設される十年以上も前から、マルロスローニ家に仕えていた歴戦の兵士だという。士団結成後も序列こそ低いものの、備わる知識や経験の数は全団士の中でもトップクラスを誇っていたのであった。
「サンキュー、ワイン。おかげで頭冷えたわ」
サクリウスは与えられた助言を素直に受け取り、微笑みと感謝をこぼす。
「礼なんていらないよ。キミくらいの若い頃には僕だって色々悩んだものさ。新居で使うカーテンの柄から前妻との間に授かった子どもの名前までなんでも~~」
「あーーわかったわかった、オマエも少し喉の方を冷やしといてくれ」
「なにそれなにそれ! ワインロック、あんたバツイチだったの? その話すっごい気になるから詳しく聞かせなさいよ!」
例によってサクリウスが遮るが、下世話なオリネイが目をキラキラと輝かせて露骨に食い付く。
「オリネーイ、後にしろ! オレも一緒に聞きに行くからよ!」
やや話が脱線しかけたが、気を取り直すかのようにサクリウスは小さく息を吸い込み、改めて二人へと指示を送る。
「――さっきの信号で敵が本当に駆逐されたか、俺が西門に行って確認をしてくる。二人は他に敵が居ねーか当初に決めた予定の通り、北と南に分かれて動いてくれ。勿論信号はいつでも出せるよーに構えとけよ」
最適ではないにせよ、決して間違った判断ではない指示。それに異論を唱える筈もなく、二人は了解をする。
「――よし、じゃー行くぞ。解散!」
三人の団士は三方向に散り、一つの目的に向かって任務の遂行へと取り掛かった――。
◇◆◇◆
間合いを置き、向かい合うクルーイルとビスタ。たった今クルーイルが発した『奪われた』というフレーズに対し、ビスタは驚く素振りを見せなかった。
「……奪われた? なんのことかな?」
剣の刃の背となる峰の方で右肩をトントンと叩きながら、ビスタはにこやかに返答した。
「――〝サイケデリック・アカルト〟、俺達はそう呼んでいる」
「ん、なにそれ?」
全く耳馴染みの無いその単語に、ビスタが首を傾げる。
「それは俺に聞いているのか、ビスタ? それとも……ビスタに聞いているのか?」
「……!」
クルーイルの不自然なその問い返しに、笑みを絶やすことのなかったビスタの表情が初めて無となる。
『サイケデリック・アカルト』とは、中位以上の魔神が持つ『奥の手』とも言える隠された特性を指していた。
そしてその特性とは――そう、魔神の精神が人間の脳に直接入り込み、精神を乗っ取るといったものである。
脳に入り込んだ魔神の精神は、手始めに神経細胞を侵し、脳が発する電気信号をも完全に支配することで身体の自由を奪う。次いで宿主である本人の記憶と人格を残した状態で精神を取り込み、最終的には完全に『同化』してしまうのだ。
元来よりその特性は魔神に備わっていたというのだが現代になってからの学術の進歩もあり、謎に包まれていた特性の原理がここ最近でようやくゼレスティアでは明らかにされ、名称も付けられたのだという。
中位以上の魔神は絶命したと同時に『残留思念』のようにマナの残滓が空気と混ざり合い、現世に留まるのが生物学的習性と言われている。そしてその残滓は、人間の目では視認することが不可能であった。ただ、何もなければふよふよとその周辺を漂うだけで数分後には霧散し、完全に消滅を果たす。しかし、体内にマナがほとんど流れていない人間にのみサイケデリック・アカルトが発動し、牙を剥くというのだ。
本来であればビスタがこの特性の餌食になることなど無いのだが、ビスタは先の戦闘でマナを使い果たし『マナ・ショック』に罹ってしまった。そのため、いわゆる抵抗値ゼロの状態で、肉体と精神を魔神に明け渡してしまったということになるのだ――。
「……なる、ほど、ね。俺達の持つその能力がそんな名称でヒト族に知れ渡っているとは、知らなかったよ」
ビスタ本人が宿主のビスタに語りかけ、サイケデリック・アカルトについての情報を吸収する。一人で問い掛け一人で納得をするその絵面は、とても奇妙で不気味なものだった。
「今、ビスタの意識は出てこれないのか?」
クルーイルは宿主の方のビスタとの会話を求め、人格を切り替えるよう促す。
「んん? 俺がビスタだけど?」
「違う! 本人の方を出せ……!」
小生意気な少年のような、意地の悪い笑みを見せてシラを切ろうとするビスタに対し、クルーイルは苛々としながら訴えた。
「あはは、キミは馬鹿かい? 俺は既にビスタ本人なんだよ?」
「つまらん御託はいい! 話をさせてくれ……頼む」
「……仕方ないなあ。じゃあ、少しだけだよ?」
切に願うクルーイルに対しビスタは、あっさりと要求を受け入れた。
「…………」
途端、ビスタの全身は意識が一瞬だけ無くなったかの様に脱力を見せた。すると次第に――。
「――やあ、クルーイル。久しぶり」
元の人格が普段から見せていた精悍な顔つきと、聞いた者に安心感を与えるような芯の通った優しい口調。クルーイルの目の前に居る彼は、紛れもなくビスタ本人だった。
二人の間柄は親衛士団が創設される前からの付き合いを誇り、序列が隣なこともあってか、お互いの存在を励みに切磋琢磨をし合った仲でもある。そんなかつての僚友を前にしたクルーイルは、再開に喜びを馳せることなく、冷静に言葉を紡ぐ。
「ビスタ……なのか?」
「そうだよ。キミが良く知る方のビスタだ」
改めて本人だと、クルーイルは確認を終える。
すると彼は意を決したように、核心へと迫る――。
「もう……元には戻れないのか?」
「……そうだね」
ビスタのその語気から察すると彼は既に、この『精神同化』からの解放が絶望的であると、諦めがついたように窺えた。
「……っっ!」
返事を聞き出したクルーイルは、血が滲み出す程に唇を噛み締め、魔神への憎悪を露わにする。だが次第に、その表情は覚悟に満ちたものへと変化していく。
「――ビスタ、最期に話せて良かった。もう、出てこなくていいぞ。そっちのお前を俺は斬りたくない……!」
剣を握り、構えを見せ、意識を再び魔神に明け渡せとクルーイルが頼む。
彼が口にした『元には戻れない』というのは正真正銘、言葉通りの意味となる。それはつまり、サイケデリック・アカルトによって精神を支配された人間は、二度と元の精神を取り戻すことができないのだ。
そしてそれが意味するのは、ビスタ本人に残された道が『死』あるのみ。
変えようの無い、救いようの無い結末しか待ち受けてないのである――。




