29話 作戦
時を同じくして、ゼレスティア王宮、作戦室――。
「よし! お前さん方、出撃の準備は整ったな!」
バズムントが、デスクの前にて揃い並ぶ三人に向け、檄を飛ばす。
現在、親衛士団の本部となる作戦室にいる団士は、サクリウス・ワインロック・オリネイの三名。それに加え、団長が留守のため仮の指令役となっている、副団長バズムントしか居合わせていない。
つい先程まで、サクリウス達三人はバズムントからの長々とした説教を受けている最中であった。しかし、突如としてグラウト市の警鐘が鳴り響いてしまったがため、直ちに出動をさせられる羽目となったのである。
「出現箇所はグラウト市西門付近。作戦の目的は市内に侵入してきた魔物、及び魔神の駆除。敵についての仔細は伝令がこちらに到着し次第、すぐに向かわせる。お前さん達の職務怠慢もこの任務に成功したら不問としてやろう。それでいいな?」
バズムントは褒美をちらつかせ指令を送る。しかし、団士三人のモチベーションは上がらずにいた。
「……不問とか言ってっけど散々説教喰らった後だし、別になんも有り難くねーよ、ソレ」
面倒そうにサクリウスが悪態をつく。
「まあ、そう腐るな。では任務を成功させた暁には俺からお前さん方一人一人に、好きな店でメシを奢ってやろう。これならどうだ?」
「言ったわねバズムント。じゃあ、私は北地区にある〝ヴィセ・フーレ〟にでも連れていってもらおうかしら」
バズムントからのその提案に真っ先に食いついたのはオリネイ。ゼレスティア国内で最も高級な料理店の名前を口に出してみせた。
「いいね、僕も前々からその店行ってみたかったんだ。バズムント、僕もそこに決めたよ」
ワインロックがそれに便乗をする。バズムントの笑顔が徐々にひきつっていく。
「さ……サクリウス、お前さんはどうだ?」
「あーー、別にどこでもいーっての。んなことより、そんな無駄話してていーのか? 早く任務行かねーとマズい事態なんじゃねーの?」
チクリと刺されたその言葉に、バズムントがハッとした仕草を見せる。そして一度だけ大きく咳払いをすると、彼は改まった表情で口を開く。
「……そうだったな、すまん。では三人とも、頼んだぞ。今、ゲート外近辺に出払っているジェセルとカレリアも、帰還が済み次第、すぐに増援として向かわせる。まあ、お前さん方の腕なら二人が着くまでには終わらせられると思うが、無理だけはしないようにな」
「りょーかい」
「了解」
「了解よ」
各々が了解をしたのち、締めの言葉としてバズムントが『武運を祈る』とだけ告げる。それから間を置かずして、三人の団士は作戦室を後にしたのだった。
◇◆◇◆
「サクリウス、一応アンタが序列は上なんだし、指示は任せたわよ」
オリネイが自らの得物である『蛇剣シャルロア』の調整をしながら言う。彼女を含めた三人は現在、王宮の敷地内にある中庭沿いの長い廊下を並び歩いていた。
「あーーそっか、この中だとオレになんのか。指示だなんてガラじゃねーし気ぃ進まねーなー」
親衛士団の掟の一つに『任務中は序列が上の団士の指示を仰ぎ、遂行しなければならない』といった内容がある。これは、我の強い人間ばかりが居揃う団員同士での意見の相違による弊害を防ぐために生み出された掟であり、鉄則となる。
だが序列が上の団士の指示が必ずしも最適解という訳でも無いので、任務によっては例外も勿論存在する。
「しっかりしてよね。アンタの指示一つ一つが国民の命一人一人の生存に関わってくるんだから」
「わーってるっての! ったく、さっきまで仕事放棄して遊び惚けてたヤツのセリフとはとても思えねーな」
先刻まで喰らっていた説教の件を思い出し、サクリウスが毒づく。
「なによ! 文句あんの?」
「文句しかねーよ!」
火花を散らしていがみ合うサクリウスとオリネイ。険悪なムードが漂うそんな男女の間にワインロックが立ち、仲裁に入ろうとするが――。
「まあまあ二人とも、任務前に喧嘩はよそうよ。争いは何も生まないんだよ? でもね、男女同士仲良くなれば子供が産ま」
「「それ以上言うなっ!」」
――全く仲裁になってなかった。
「……えーーじゃあ、オリネイ。オマエは北側なー。北地区の方面からグラウトに進行、敵を駆逐しながら西門広場に向かえ」
「ハイハイ、了解」
ぶすっと膨れるオリネイだが、傾いた機嫌を見せながらも了解をする。
「ワイン、オマエは南側な。南地区方面から同じように広場に向かってくれ」
「了解っ」
手段はどうであれ、結果的に口論を止めることに成功したワインロックは、ニコニコとご満悦な様子を見せながらの了解。
「オレは真っ直ぐしらみ潰しに広場へと向かう。連絡手段は……」
「敵と遭遇したら空に向かって〝信号光術〟でしょ? いつも通りね」
口を挟み、答えを紡いだオリネイ。
「そうだなー。色はオレが赤でオリネイが黄色、ワインが緑なー。んで、敵の総数と種類がまだ定かになってねーから、索敵信号としてもハイリフトを使えよー」
サクリウスが説明を省いた索敵信号の内容とは――。
『信号一発が敵の発見』
『二発が敵の駆逐の完了』
『三発以上が一人では手に負えない相手』
という、サインを意味していた。
◇◆◇◆
出撃前の打ち合わせを終え、王宮の正門から出たサクリウス達は、王宮前広場へと足を踏み入れる。
「この人数を見るに市民の避難は大方完了ってとこかなー」
正確な数字を数えることなどできなかったが、サクリウスは目算で判断した。
「うん、流石は優秀なゼレスティア兵といったところかな? これだけの人数をあっという間に無事に避難させるなんて、とても素晴らしい手際と連携の良さだ。僕は君達に感服し、称賛を~~」
「ワイーーン、任務中は不必要に長話すんなってバズムントに良く言われてんだろー?」
手をパンパンと叩きながら遮り、サクリウスが注意をする。そして彼は二人の前に立つと、出陣の合図を執り行う。
「さーて、細かい指示はもう無しだ。後は好きに暴れよーぜ――」
と、サクリウスが語尾を言い終えた直後だった。西門方面の空に、白い光球が何発も打ち上がるのを三人が目撃する。
「おいおい、こりゃ一体……」
そしてその光弾は信号の意を示し、発射された回数から導き出されるサインは『一人では手に負えない相手』を表していた。だがサインとは別に、その光弾はもう一つの意味も為していたのだ――。
「これって、アタシ達以外の誰かがすでに敵と戦ってるってこと……?」
オリネイが三人から生じた疑問を代表するよう口にした。サクリウスは呆気にとられつつも頭の中では冷静に状況を整理し、三人の中のリーダーとしての判断を速やかに下す。
「……どーやら、作戦を改める必要がありそーだなぁ。誰だか知らんがお陰でこっちはやり易くなった」
やや面倒そうな口調ではあったが、サクリウスのその口元は薄く笑んでいた。そして少しの間を置くと、二人へと命じる。
「――作戦変更、全員で西門広場直行な」
指示の変更に、二人が頷いて了解をする。それが合図となり、団士三人は一瞬で広場を後にしていった。