2話 三人の放課後
レンガ造りの一戸建てが建ち並ぶ、やや閑散とした住宅街の少しだけ開けた通り。敷き詰められた石畳の上を歩き帰路についているのは、三人の少年少女――アウルとライカとピリム。家がほとんど同じ方向にある彼らは、いつも並んで帰っていた。
「……しっかしまぁ、俺達もあと一〇〇日足らずで卒業かあ。なんだかあっという間な九年間だったな」
気怠そうに言いながら両の手を後頭部にやり、アウルの右隣を歩くライカ。
「確かにそうだね。なんの面白みもない学園生活って感じだったかな……ふわぁ~あ」
アウルは会話の途中で大きく欠伸をかく。
「……っ」
その一方で左隣を歩いていたピリムが、少年二人のあまりの脱力っぷりにやきもきとし、思わず口を挟む。
「なにが〝あっという間で面白みもなかった〟よ。二人とも普段から授業を真面目に受けてこなかったからじゃない。アタシはこの九年間、ちゃんと充実してたわよ」
「わーってるよ。確かに俺達はお前の言う通り、学術どころか剣術や魔術すらもまともに学ぼうともしてこなかったよ。でもな、平和なこの国で必要以上に努力したところで、一体何に繋がるっていうんだよ?」
「はぁ? 何が言いたいのよ……?」
父親が国軍所属。自らも国軍への入隊を志願し、二人に比べ学術や魔術を日頃から真面目に取り組んでいたピリムが、ジト目で睨みを利かせる。
「怖い顔すんなって……まあ良く聞け。そうだな……俺達がまだガキんちょだった頃はよ、西の〝ガストニア〟と領土の奪い合いで紛争があったりもしたが、今となっちゃ〝魔神族の根絶〟っていう共通の目的の下に停戦協定を結び、同盟国にまでなった……ってのはわかるだろ?」
身振り手振りを加えながら説明をされるピリムは、黙って聞き入る。ライカは更に続けた。
「そのお陰で今は余計な戦争も無くなり、こんなに平和な国になったんだぜ? ゲートからさえ出なければ、魔物や魔神とは滅多にも遭う事なんて無いんだし、剣術とか魔術なんて無理して頑張らなくてもいいんだ、って俺は言いてえのっ! 特に俺なんてもう務め先が決まっちゃってるしなっ! ガハハハ」
父親譲りの大きな声で笑い飛ばすライカに、だんだんとピリムは苛々を募らせていく。
「……アウル、アンタは今のハナシ聞いてどう思う?」
隣でうつらうつらと眠たそうにしながら二人の話を聞いていたアウルは、急に話を振られてしまったことにより体をびくりと動かす。
「え、俺? んー俺は……まあ、ライカの言う通りだと思うかな」
「アンタ今、絶対適当に答えてるでしょ……」
ピリムが頭を抱え、聞く相手を間違えたとすぐに後悔する。
「じゃあライカはもう良いとして、アウル。あ、アンタはさ……その、進路をどうするつもりなのよ?」
少しだけ躊躇をしたピリムは、アウルの顔色を窺うように尋ねた。
「またその質問するの……? だからさ、俺は国軍に――」
「アンタのその成績で!? 冗談でしょ?」
トーンは違うがライカと全く同じ質問、同じ反応をするピリムに、少年の脳内ではデジャヴを引き起こす羽目となる。その様を見ていたライカは、目の端に涙が浮かんでしまうほどの大爆笑をする。
「やっぱそういう反応になるよな! 気持ちは解るぜピリム、俺も同じ心配しちまったわ。でもな、確かにアウルは俺よりも更にひどい成績だが、コイツはあの名門〝ピースキーパー家〟の生まれなんだぜ? 親父さんと兄のクルーイルさんのコネみたいなもんで、なんだかんだ軍には入れると俺は思ってるけどな。な、アウル?」
「家の事は言うなっていつも言ってるじゃん! それに、俺は一族の中でも落ちこぼれなんだからコネなんて無いって」
同意を促すよう肩へと腕を回してきたライカに、アウルは辟易とした表情を覗かせる。
「まぁたまた何をおっしゃる、ピースキーパー殿っ!」
ライカがからかい、アウルが否定をする。そんなお馴染みの光景を演じ、じゃれあう二人。それを無視するように、ピリムはぴたりと足を止めた。
「……ん、どうしたピリム? あ、そっか。ここ曲がったらお前んちだもんな」
振り返る二人に対し、ピリムは機嫌を損ねた顔付きで応じる。
「アンタ達の考えはよーくわかったわ。そうね……そのまま卒業してからもそうやって呑気に暮らしているといいわ。でも、一つだけ覚えておくことね。確かに今はアンタの言った通り、この国は平和かもね。けど、この先いつ何が起きるか誰にも想像なんて出来ないんだから! そうやっていつまでもおちゃらけて、取り返しのつかない事態になった時にでもせいぜい悔い改めるといいわ……!」
いつになく怒気を孕んだ物言いのピリムに気圧されたアウルは、若干の動揺を見せる。
「えっと、どうしたの急に……」
「アタシんちこっちだから、もう帰るね。バイバイ」
顔色をうかがってくるアウルへピシャリと言い棄てたピリムは、角を曲がり自宅へと走り出す。その小さな背中を見送っていたアウルとライカは、取り残されたように立ち呆けていた。
「……今日はなんか特にイライラしてたね」
「そうかぁ? どうせいつものように一日経ったらまた何食わぬ顔して話しかけてくんだろ」
扱いに慣れているライカがそう返すと、二人は歩みを再開させた。
「――で、アウル。今日はこれからどうするんだ?」
ライカの家であり、就職内定先でもある『ハーティス食堂』の前にまで、二人は辿り着いた。営業中の店内を覗くと大盛況とまではいかないが、それなりに客は入っている様子が見て取れた。
「なぁヒマだったらさ、新メニューの試食でもしていかねえ? もちろんお前からは金なんて取らねえからさ! どうよ?」
目をキラキラと輝かせながらそう提案をしてくるライカに、アウルはいつもの調子で答える。
「んー、今日はいいかなぁ」
「おいおい今日も、の間違いだろー? お前ここ一、二年で急に付き合い悪くなったよなあ……実はカノジョでも出来てたりして?」
「違う違う、そんなのじゃないって」
下世話な勘繰りに対し、苦笑を浮かべて答えるアウル。その後二人は少しだけ談笑を交わすと、お互いに別れを告げ、それぞれの自宅に帰っていくのであった。
「…………」
家の前に着いたアウルは、黒レンガ模様の塀が並んだ門を開き、敷地内へと足を踏み入れる。そのまま緑の芝が根付く庭を横切ると、自宅の入口のドアノブに手を掛けた。だがそこで、ふと物思いに耽る。
(この先、いつなにが起こるかわからない、か……今日は久々に剣でも振ってみようかな)
先程ピリムに言われた内容を胸の内にて反芻させたアウルは、やや考えたのちに家のドアを開き、帰宅を完了させた。
――そう、いつも通りの日常、いつも通りの放課後だ。
だが、ドアを開いたこの瞬間こそが――少年にとっての非日常の幕開けとなるのであった。