26話 エレニド・ロスロボス
エレニド・ロスロボスという人物の経歴について、少しだけ触れると――。
彼女の学士時代は、素行に少々の問題こそあったがクルーイルに次ぐほど成績が良く、同修生からは文武両道の才女として謳われていた。卒業後は自らが志願せずとも、軍からスカウトを受ける程に優秀であったという。
軍への入隊後も、新兵でありながらクルーイルに負けず劣らずの戦果を挙げる活躍を披露し、将来性を高く評価されていた。そんな順風満帆なキャリアを歩みつつあったエレニドであるが程なくして、左目の視力が突然失われるという奇病を患ってしまう。
片目のみしか機能しないとなると、まともに任務に就けるはずもなく、エレニドは視力が回復をするまで療養を強いられた。当然現場への復帰を望んでいた彼女は、ゼレスティア中の名医の下へと伺い、あらゆる手段を尽くしてでも治療をしようと試みた。
だが結局、どの医士からも『治る見込みが無い』と診断を下され、十七歳という若さで敢え無く軍を除隊する。それでも彼女は運命を呪おうともせず、すぐに見切りをつけ、人生に於ける新たな可能性を模索した。
そんな早すぎるセカンドライフの選択先として彼女が選んだのが――鍛冶士だった。
当初は武具職人としての経験も知識も殆ど無い彼女に対し、現役で働く他の鍛冶士連中からは懐疑的な目を向けられていた。しかしやはりと言うべきか、彼女には文武を含めたあらゆる才が備わっていたのか、齢が十九を迎える頃にはグラウト市でもトップクラスの実力を誇る鍛冶士として名を上げていた。
更には鍛冶士として一人前の証となる、自分の店を構えられる程にまでその地位を高めてみせたのだ。今ではエレニドの実力を疑う者など界隈には存在せず、彼女の姓名でもある『ロスロボス』の銘が打たれた剣を所持しているだけで、一種のステータスにもなってしまう程だという――。
◇◆◇◆
エレニドは先程まで楽しそうに談笑をしていたが、クルーイルからの相談を耳にした途端、目つきが鋭くなる。
「――アタシに、ソイツの剣を作れって?」
そう聞き返した彼女は、クルーイルのやや後ろに居たアウルへ威圧をするように睨みつける。眼帯のしていない右眼から発せられる眼光の鋭さにアウルは思わず萎縮し、つい目を逸らしてしまった。
(こ、怖いよこの人……! それにしても、兄貴は何を言うのかと思えば俺の剣を作ってくれだなんて……何を考えてそんなことを……)
蛇に睨まれた蛙の如く、アウルが身を竦ませる。そんな弟に対しクルーイルは『堂々としろ』とでも言わんばかりに無理やり隣に立たせると、エレニドへ返答をする。
「ああ、コイツが学園を卒業するまでに作ってほしい。金ならお前の言い値を払おう」
「!?」
二者一様に驚くアウルとエレニド。アウルは率直に疑問を口にしようとするが、エレニドが先に口を開く。
「クルーイル、話の順序を間違えてない? そもそもソイツは何者で、なぜ剣が必要なのかを先に説明しな」
エレニドは少しだけ苛々とした口調で、カウンターの引き出しから紙を捩った手製の煙草を取り出す。それを咥えると、カウンターの端にあった蝋燭で火をつける。
「……そうだったな。では話すが、コイツの名前はアウリスト。五つ歳が離れた俺の弟だ」
「へぇ、アンタに弟がいるのは知ってたけどソイツとはね……それで?」
エレニドは少しだけ意外そうな表情で再びアウルを見やると、理由について再度説明を求める。クルーイルも伝える内容を既に頭の中で考えていたらしく、すぐに話を再開する。
「理由の方だな……。まず先に伝えておくが、コイツは俺の代わりにピースキーパー家の未来の当主になる予定だ。現時点でのコイツの実力はピースキーパー家の後継としてはまだまだだが、いずれは俺を超えて親父のような戦士になると保証しよう」
「で?」
巻き煙草を噛むように咥えながらエレニドが聞き返す。発せられる刺々しい威圧感に少しも臆することなく、クルーイルは続けた。
「ここからが本題だな。お前が、客の実力が伴わない限り特注を受け付けないというスタンスの鍛冶士なのは知っている。そこで俺は、これからコイツが学園を卒業するまでの期間に、お前が作る剣に恥じないレベルにまで鍛え上げるつもりだ……それは必ず約束する。だからエレニド、頼む……アウルの剣を作ってくれ!」
そう述べた直後、クルーイルは頭を深々と下げた。プライドの高い彼が頭を下げる姿など、エレニドはもちろん実弟であるアウルですら目にしたことが無かった。
「お、お……お願いします!」
アウルも兄に倣い、慌てて頭を下げる。だがエレニドは一瞥もくれず、口から煙をぷかりと吐き出すだけ。
「……それで? 普段頭を下げることなんて殆ど無いアンタがそうすることで、アタシの意欲を湧かせられるとでも思ったのか? だったら浅はかすぎるな」
「そういうつもりではない! 信頼できるお前にしか頼みたくないんだ! 頼む……!」
冷たく言い放つエレニドに対しクルーイルは頭を下げたまま食い下がり、懇願をする。しかしその熱意も空しく、呆れ返ったエレニドはカウンターから立ち上がるとそのまま翻り、黒いカーテンのかかったバックヤードの方へとヒールを鳴らす。
「他を当たるんだね。アンタからの頼みだとしても、アタシは自分のスタンスを曲げるつもりはないよ」
カーテンを捲りそう言い残したエレニドは、そのまま店の奥へと消えていった。
「……出よう、アウル」
少しの間訪れた静寂の後、屈めていた上半身を元の位置へと戻し、クルーイルは踵を返す。
「うん……」
アウルも兄に続いて、店を後にした。
◇◆◇◆
「――兄貴、色々と聞きたいことがあるんだけど……いい?」
人混みで賑わう雑踏の中。アウルは先を歩くクルーイルの背中に問いかけた。短い時間ではあったが、エレニドとの邂逅によって生まれた幾つかの疑問を、店を出てからアウルは兄に聞き出すつもりでいたのだった。
「どうして、俺の剣を作らせようとしたの?」
二人が押し問答を続けている間中、かねてより抱えていた疑問をアウルが発した。すると、クルーイルの足がピタリと止まる。
「……卒業祝いだ。お前は親父になにも教わっていないから知らないのかもしれんが、ピースキーパー家はフラウシェルの息子の代から、十六歳になった暁に親から剣を授かるのが伝統になっているんだ」
理由を聞いたアウルは、クルーイルの返答へ被せるよう逸り気味に口を開く。
「だから兄貴が親父の代わりに剣を……ってこと?」
「フ……まあ、そうなるな。本当なら親父からもらった剣をそのままお前に渡しても良かったんだが……魔神との戦闘で破壊されてしまってな。それに、せっかくならお前もオーダーで造ってもらった新品の方がいいだろう?」
苦笑混じりにクルーイルはそう説明するが、彼の本来の目的は『アウルに剣を授ける』のではなく、『アウルを親衛士団に入団させる』ということ。
卒業までには少なくともエレニドに認めてもらえる程にアウルを鍛えなければいけない、という自分自身への発破の意味合いも兼ねて、今回の相談を彼女へと持ちかけていたのだ。
だがそんなクルーイルの狙いなどアウルは当然知る由もなく、質問を続ける。
「それとさっき、俺を卒業までに鍛え上げるって言ってたけど、それって……」
「もちろん、本気だ。俺が納得できるレベルにお前が育つまで、明日の放課後から毎日訓練をしてやる。逃げるなよ、アウル」
「……!」
兄のその言葉を聞き、アウルは声に出して喜びたい気持ちを抑えた。待ち受けるであろう訓練の過酷さよりも、兄とこれからも一緒に日常を過ごせるという嬉しさの方が上回っていた。ここでようやくアウルは、兄との和解が達成できたことを実感できたのだ。
ピースキーパー家の後継問題はひとまず頭の片隅に置いておくとして、和解できたことを今は純粋に喜ぼう。とアウルは思い至り、口元を緩ませてクルーイルに応える。
「逃げないよ。兄貴も、手を抜いちゃダメだよ?」
「フ……お前は誰に向かって言って――」
クルーイルが語尾を言い終える直前。夜分だというのに、西門方面から鐘の音がけたたましく鳴り響く――。
「これは……!」
東西南北の各門の側に設置されている、四ヤールト大の巨大な鐘。この鐘が鳴らされるタイミングは、全部で四つのパターンがあった。
四つの内の三つは、午前六時・正午・午後六時と、一日に三回の決まったタイミングで必ず鳴るのだ。これは時報の役割を果たしていて、数分の狂いもなく毎日同じ時刻に鳴らされるのであった。
そして、滅多に鳴ることのない残り一つのタイミング。
それが――。
「兄貴、これって……」
「ああ、どうやらゲートの中に魔物か魔神が入り込んだみたいだな」
――そう、『外敵となる存在が、ゼレスティア国内に侵入した場合』である。




