25話 グラウト市
太陽が沈み終え、ポツポツと点灯を始めた灯飾によって彩られた街は、夜の賑わいを増していく。だがアーカム市に住まいを置くピースキーパー家の庭では、それとは相反をするよう緊張感に包まれていた。
「……考え直したか? まあ、お前がいくら嫌がろうと拒否する権利など与えるつもりはないがな」
クルーイルはいつもの傲慢な態度へと立ち戻り、厳然としている。
「…………」
一方で、アウルは未だ決心がつかずにいた。
それはまさしく、逃れることのできない宿命。長男のクルーイルが戦線離脱したとなると、次男のアウルに後継者としての使命が舞い込むのは必然であるからだ。
(俺は、別に……)
ただアウルにとっては正直なところ、ピースキーパー家が名門として在り続けることができるかどうかという問題など、心底どうでも良かった。普通に日常を過ごし、人並みに幸せな生活を享受さえできれば良いとばかり思っていたからだ。
しかし、一族の歴史と名誉をこの先守ることができるのが、自分しかいないという責任。それが十五歳という若さの少年の背中に、重圧としてのしかかってきたのだ。
「考えさせてくれない、かな? いきなりそう言われても困るよ……」
「っお前、まだそんなこと――!」
戸惑うアウルに対し、クルーイルは再び激昂をしかける。
(……っいや、待てよ)
しかし、いつもの如く怒鳴り散らすかと思いきや途端に我へと返り、冷静になって考え直す。
(確かに、コイツはまだ学園すら卒業していない身だしな……少し猶予を与えてやる方が賢明か)
「……わかった。なら卒業までにじっくりと考えておくことだな。拒否することは許さんが、覚悟をする時間くらいはくれてやる」
頑固な兄にしては珍しく譲歩をしてくれたのが、アウルにとっては意外に思えた。
「ごめん、兄貴」
「謝罪などいらん、じっくり考えろ」
そう返したところで、クルーイルは唐突に思い付く。
「卒業、か……アウル、これから少し出掛けないか?」
「へっ?」
兄からの突然の申し出に、アウルが間の抜けた声を発してしまう。兄弟二人だけで外出をした事など、生まれてこの方有った試しが無い。どう返答をすればいいのか解らず、アウルは表情が固まったままだ。
「なにをそんなに驚く。行くのか、行かないのか、さっさと決めろ」
「えっ……ちょ、ちょっと待って」
先程から調子を狂わせられてばかりのアウル。それもその筈、十年近くも虐待に近い仕打ちを受け、まともに口も聞いて貰えなかった相手が別人とも言えるほどにまともな受け答えをしてくれるのだ。動揺を隠しきれないのも仕方の無いことだろう。
一方のクルーイル。物心が付き始めた頃から父に厳しく育てられてきた己とは対照的に、五つ離れたアウルはそういった類いの扱いを全く受けていなかった過去がある。
それゆえ『なぜ自分がこんなにも厳しく育てられ、遅く生まれただけの弟が呑気に暮らしていられるのか』という境遇の差に辟易し、日常的な暴力への動機に繋がっていたのだ。
そして、突然の心変わりとも言う程の彼の態度の豹変。これについては元団士のクルーイルに向けて、アウル自ら『力を見てほしい』と申し出てきた事が、落ちこぼれだと思っていた実弟への固定観念を改めることができたからと言える。
ひとまずの結果として、アウルが決して埋まることはないと諦めかけていたクルーイルとの軋轢は『完全に』では無いにしても、一応は和解へと落ち着いたのであった。
「――で、どうするんだ?」
「い、行くよ……! でも、どこに出掛けるの?」
外出をするというのに身仕度もせずに、クルーイルが先に門を出る。そして彼は横顔だけを見せるように振り向き、アウルに行き先を伝えた。
「グラウト市だ。ついてこい」
◇◆◇◆
グラウト市内――。
工業都市として栄えているこの街は、昼夜を問わず、排煙や蒸気に絶えず覆われている。兵士達の武具や日用品や建材から何に至るまで、ゼレスティアで使用する金属の百パーセントをシェアし、国内では四つの市の中で最も産業が発展した重要な都市として位置付けられていた。
――喧騒と共に、金属を叩く音や排気音がどこからともなく聴こえてくる市街地。アウルとクルーイルの兄弟二人での初めての外出は、鉄臭さと油臭さに包まれた街中でのものとなった。
(えっと……なんでこんなことになってるんだろ? 兄貴はここまで何しに来たのか全然教えてくれないし……)
アウルが困惑し続ける一方で、クルーイルは街中を歩きながら物色をするように、キョロキョロと辺りを見回している。
「あった。あそこだな」
クルーイルが指差したのは街角にひっそりと建つ、白黒を基調とした派手なデザインの看板を掲げた店。
看板には黒の油性塗料で『Loslobos』と、雑に描かれていた。窓は全て黒のカーテンが閉められ、店内を覗くことが出来ない。
(うわぁ、なんだよこの店……)
入店するのを躊躇ってしまう程の、怪しい外観のその店。そんなアウルの胸中に配慮をすることもなく、クルーイルはガチャリと入口のドアを開く。アウルも彼の背中に隠れるようにして、恐る恐ると店内へ足を踏み入れた。
(暗いなあ……でも、中はちゃんと店として機能してるんだ……)
店内は、一般住宅の平均的なリビング程度の広さしかなかった。陽光の射さない部屋の中は薄暗く、鼻孔をくすぐるムスクの香りが、どこか妖しげで艶かしい雰囲気を演出している。
しかし、内観はともかくガラス張りのショーケースに並べられている剣はどれも、素人目に見ても業物ばかり。そして剣しか置かれて無いところを見るに『剣鍛冶専門店』だろうか、とアウルは推測した。
(あそこに座ってるのが、店の人……?)
店内の奥に構えられたカウンターに視線を移すと、爪の手入れをしている女性が、気怠そうに座っていた。
『いらっしゃいませ』の挨拶も無く、とてもじゃないが接客をしているような活気は感じられない。だがクルーイルがカウンターへと近付いたことで、その女性はようやくと反応を示してくれた。
「ん……ああ、クルーイルか。アンタがここに来るなんて珍しいね」
「久々だな、エレニド」
顔見知りであろうクルーイルに『エレニド』と呼ばれたその女性――。
夜の闇をすり込んだかのような、漆黒のロングヘアー。左目には黒の眼帯。ラベンダー色の口紅が印象的な、派手な化粧。肩と胸元を露出した、足首までを覆ったドレス。一見すると、場末の娼婦のようにも捉えられるその容姿は、思春期真っ只中のアウルには少々刺激的であった。
「元気そうだな。儲かってるのか?」
「ぼちぼち、ってトコね。そう言うアンタはどうなんだい? 風の噂で聞いたよ、コレだってね」
派手な装飾を散りばめた、伸びた爪が目立つ手。それを刃物のように見立て、自らの首元を掻き切るような仕草をエレニドが見せる。
「フ……痛いところを突いてきやがって」
彼女からの皮肉に対し、クルーイルも友好的に返す。
そこから数分に渡って、二人の談笑は続いた。
(兄貴の、学士時代の友達……なのかな?)
二人の会話の内容を掻い摘まんで推測するに、彼女はクルーイルとは学園で同修生だったらしく、卒業後も交遊関係は続いているとアウルは見立てた。
それと同時に、アウルは自身の兄がこんなにも楽しそうに誰かと会話をしている場面を、経験上ほとんど目にする機会が無かったことに気付く。兄の意外な一面を垣間見れたことで、少しだけ喜ぶとともに一抹の寂しさも覚えた。
そして会話を開始してから数分、級友との久々の再開もあってか昔話を交えた二人の談笑は思いのほか弾む。しかし話題がキリの良い所で終えた途端、クルーイルは思い出したかのようにエレニドへと相談を持ちかける。
「……ところでエレニド。急ですまないんだが、今日はお前に折り入って頼みがあるんだ。いいか?」
クルーイルの声のトーンが突如として神妙になったのを受け、エレニドの目の色も変わった。
「頼み? とりあえず……話してみなよ」
エレニドにそう言われるとクルーイルは数瞬の間を置き、早速と本題に入る。
「……アウルの剣を作ってくれないか?」




