22話 胎動
何が起きた?
確か俺は、任務の途中で……
そうだ、魔神が現れたんだ……
戦って、マナが尽きて……
気を失っていたはず……
苦しくて
動けなくて
何も出来ないのが辛くて
それなのに
今はどうして
こんなにも――。
◇◆◇◆
「ビスタ様……なぜ、立っていられるのでしょうか?」
狐につままれたかの様な表情を、マックルが浮かべている。生き残った他の三人の兵士も、同様の反応を示していた。
驚いている理由は勿論、マナ・ショックからの早すぎる復帰だ。どんな熟練の魔術士でも一度マナ・ショックに陥ってしまえば平凡な術士と変わらず、一律に半日は起き上がることすらできない、というのが共通の認識であるからだ。
「そんな事はどうでもいいからさ、取り敢えず剣、返してよ。ホラ」
心配を袖にするかのよう、事も無げにビスタはマックルの元へと歩みを始め、剣を差し出すよう要求する。
「…………っ」
団士からの命令を聞き入れぬ訳にもいかない。マックルは頭の中で整理しきれない違和感をなんとか押し殺し、やむなく長剣を差し出そうとする。
「……!」
――だがマックルは、とある妙案をここで思い付く。
「……ビスタ様、剣を渡す前に一つ報告とお願いがあります」
「いいよ。何だい?」
ビスタからの返事を聞き出すと、マックルは少しの深呼吸の後、神妙に言葉を紡ぎ始める。
「――ケルーン、イワロ、セルグエイ、ティムオ、マスティ、フェバイオ。俺が今名を挙げた六名は、此度の戦いに於いてその身を犠牲に奮闘し、力尽きました。ですから剣を受け取る前にどうか、彼らに労いと弔いの御言葉を……ビスタ様の方から頂戴を申し上げたいのです」
「……そうだね、分かったよ」
その進言に対しビスタは面倒そうにするでもなく、素直に了承の意を示す。そして辺りに伏すケルーン達の亡骸の方へと翻り、静かに目を閉じた。
「……ケルーン、イワロ、セルグエイ、ティムオ、マスティ、フェバイオ、この勝利は君たちの多大なる献身と尊い犠牲によってもたらされた勝利だ。このビスタ・サムエレスが生き残った皆を代表して、礼を言わせて欲しい……ありがとう。そして、どうか誇りを持ってこの世を飛び立って――」
弔いの句を紡ぎ終えるかに見えたその瞬間、真横の方角からビスタの首元へ、剣が突き付けられたのだ。
「…………」
突き付けたのはマックルだった。普段は忠誠心に篤い彼の、突然の狼藉。だがビスタは狼狽えることなく目を伏せたまま口を閉ざし、少しの間を置いた後に真意を問い質す。
「……これは一体、何の真似かな?」
「ビスタ様、いつも心優しく部下思いでいらっしゃる貴方ともあろうお方が、兵の名を間違えてしまうなど、俺には到底考えられません。本日の任務に就いた兵の中に……フェバイオという名の男は存在しません。〝ファべイオ〟ならいましたがね」
「…………」
謀られるも、ビスタに動揺をした様子は窺えない。
口をつぐませたままの彼に、マックルは続ける。
「それと、一つだけ質問をさせて頂きたい……」
ここで改めて、違和感の正体を突き詰めようと意を決す。
「……ビスタ様。いや、貴様は誰だ?」
問われた『何か』はゆっくりと目を開くと――。
◇◆◇◆
「アウルか……」
帰宅してきた家族を一瞥すらせず、窓の外から視線を逸らさずにいたクルーイル。その様はまるで、弟への興味が窓越しの景観にすら劣るとでも言わんばかりなようにも窺えた。それでもアウルは気に留めず、続けてコミュニケーションを試みる。
「兄貴、ただいま」
「……っ」
それは、ありふれた家族がありふれた毎日とありふれた帰宅に伝える、ありふれた言葉だった。その単語の懐かしい響きに少しだけ面を食らったクルーイルは、呆気にとられつつも口元を微笑ませる。
「今日は随分と機嫌が良さそうだな。学園でなにか良いことでもあったのか?」
「うん。今日は武術授業があって、団士のサクリウスさんに手合いを申し込んだんだけど、俺じゃぜんっぜん敵わなくてさぁ……あの人本当に強かったなあ」
「……サクリウスだと? お前なんかが相手にしてもらえるレベルの奴じゃないだろう」
兄の横顔が、僅かに強張って見えた。幼少期の時分からこの男の顔色を伺う生活を続けていたアウルは、それが爆発の一歩手前のサインだということを熟知していた。
あと一度でも彼の癪に触るような発言をしてしまえば、昨日のような逆鱗に触れることになるのは明白である。そして、こうなってしまうとアウルはこれ以上火に油を注ぐことのないよう、当たり障りの無い発言のみに終始するのが『お約束』となっていた。
しかし、この日は違う――。
「確かにレベルは全然違ったね……でも、相手はしてくれたよ? 兄貴はどうなの、今でも相手してもらえるの?」
アウルは昼間の授業中に、クルーイルが親衛士団から既に退団をさせられていた旨を、サクリウスから密かに聞き及んでいたのだ。
それゆえの、この返答だ。当然今のクルーイルの置かれた境遇を鑑みるに、この問い返しは『火に油』どころか『山火事に揮発油の雨』と形容でもできよう。
「……アウル、お前の機嫌が良くてもな、俺の機嫌が良いとは限らないんだ。言葉は慎重に選べ。昨日の仕置きがやはり足りてなかったのか?」
腰を掛けていたソファーから立ち上がり、ゆっくりとアウルに歩み寄る兄。その形相は喩えるなら噴火直前の火口。今にも襲い掛かろうかという兄であるが、その反応はアウルにとっての想定内であった。
「兄貴、いつまでも俺をさ――」
「アウルううぅぅぅっっ!」
――反論や弁解の余地を挟ませない、有無を言わさぬ鉄拳制裁。
これが、現在のピースキーパー家の兄と弟の『ありふれた』コミュニケーションとなる。そして、この後はアウルの遁走で終わるのがやはりお約束となっていたのだが――。
「――っ!?」
拳を振り抜いたクルーイルが目を疑う。アウルが軽く首を傾げただけで、左拳を避けてみせたのだ。それは実兄相手に初めて見せたリーベ・グアルドを、遺憾なく発揮した上での回避だった。
「……どうしたの、兄貴? いつものように当ててみなよ」
「〜〜〜〜〜〜っっ!」
不敵に挑発をする実弟に対し、クルーイルは絶叫にも似た怒号を上げる。
激昂の勢いそのまま右の鉤打ち、膝蹴りと、彼は立て続けに繰り出す。だが、どれもすり抜けるようにして躱される。クルーイルはそこで初めて、この回避がリーベ・グアルドによるものだというのを思い知らされた。
「お前、どこでこれを……っまさか――!」
問い掛けを言い終えずして、クルーイルの脳裏には先程話題に挙がったサクリウスの姿が過る。
「兄貴からだよ」
「っ何だと……!?」
全く想像もしていなかった技術の授け主の正体に、クルーイルは耳を疑った。だがそんな兄の驚く姿を余所に、アウルは説明を続ける。
「……小さい頃から庭で兄貴が親父に教わっていたのを俺はずっと見て、学んでいたんだ」
少年は、積年の想いを言葉へと乗せる。
「そうやって……俺はいつも兄貴をずっと見ていたのに、兄貴はいつだって俺の事なんか見てくれなかった」
「……っ!」
反論に詰まるクルーイル。彼の泳ぎがちな視線を、アウルは両の眼でしっかりと捉えて離さない。
「――だから今日は俺の事を見てよ、兄貴」
アウルは秘めていた想いを力強く訴えると、途端に踵を返し、家の玄関の方へと歩み始める。
「……どこへ行く、アウル」
怒り冷めやらぬ、といった声色でクルーイルは弟の背中に問う。するとアウルは横顔だけを振り向かせて――。
「庭においでよ、兄貴。俺と手合わせしよう」
◇◆◇◆
――時を同じくして、ラオッサ街道。
「まだ殺すつもりは無かったんだけどなぁ……」
平原沿いの並木道。
漂う長閑さと相反をするように、死屍累々。
マックルを含んだ兵士達が、血の海に沈んでいる。
「……まあ、バレちゃったなら仕方がない、か」
そんな生々しい鉄臭さが漂う光景の中。
ビスタ・サムエレスだった男は剣にこびりついた血を大きく一振りして払うと――。
「さぁて、次はあそこかな」
邪悪な笑みを浮かべ、遠くを見据える。
その視線の先にはゲートに囲まれた街が――。




