19話 ビスタの実力
夕暮れ時を迎え始め、徐々に朱を滲み出す空の下。
一人の戦士が一体の魔神と向き合う――。
(マックル達は上手く逃げ切れたようだな……)
兵士達の足音が途絶えた事がこの場からの離脱の完了を示し、ビスタはひとまず安堵する。
(さて、コイツをどうするかだが、まずは…………っっ!?)
魔神を前にビスタがそう考えを巡らせようとした、その矢先だった。断ち切ったはずの魔神の左腕が、たちまちと修復されていくのだ。
「くっ……」
相手の出方を窺うつもりでいたビスタは、その考えが誤りだったとすぐに気付かされてしまう。
(……なるほど、中位魔神にもなるとここまで自己修復が早いのか)
中・上位魔神以上との戦闘経験がある戦士に、魔神族の最も厄介な点はどこだろうかと質すと、最も多く回答されるのがこの『自己治癒力』だという。
ダメージを与えても、かすり傷から致命傷に至るまで一律に修復が開始されてしまうのだ。ゆえに攻撃の手を緩める事が出来ず、特に一対一で相手取った時が最も手を焼くとされていた。
(戦術を選り好みしている暇はないということか……!)
すぐに頭を切り替えたビスタは『それならば』と言わんばかりに、剣を持たない方の左手を前方へと翳す。
「〝イグニート〟!」
術を唱えたビスタの左手から、閃光と共に真っ赤な焔が一直線に放たれる。その迸る業火は、一瞬にして魔神の全身を包んだ。
「……な、ななっナに……? そ、れっ」
一千度以上にも及ぶ炎に身を焼かれた魔神。しかしダメージの具合は身体の表面を僅かに焦がす程度で、全くと言っていいほど効果がなかった。
そしてその直後だった。針金のように先端が尖っている右腕の方で、魔神はビスタの顔面を穿とうと狙った。
「くっ……!」
炎を浴び続けているにも関わらずの反撃に、ビスタは不意をつかれる。だがかろうじて反応が間に合い、剣で突きを受け流してみせた。
しかし魔神は往なされたことに少しも動揺はせず。
更に右腕で突く、突く、突く――。
ビスタはその夥しい数の刺突を軽やかな身のこなしで全て紙一重で躱し、弾き、受け流す。
(コイツ……)
ビスタは相手の攻撃を華麗に捌きつつ、ある仮説へと思い至る。
(もしかして、戦闘の技術は大したことないのか?〝突き〟だけで見ても、顔面ばかり狙ってくる辺り素人と何ら大差はない……!)
ビスタのその推測は当たりで、中位以下の魔神の殆どが、戦闘技術その物は皆無に等しい。単純な物理での攻撃に関して言えば、リーベ・グアルドを駆使すればまず当たることは無いというレベルだったのだ。
「あ、たっ、当たら、な無な……いっ」
魔神は愚直に突きを繰り出し続けていたが、一向に手応えは感じられず。すると業を煮やしたかのように右腕での攻撃を諦め、既に修復が完了していた左腕で先程のように薙いでみせたのだ。
兵士五人の命を奪った時と同様、不可視の刃が高速で飛来する――。
「――っ!」
先ほどの初見でビスタは屈んで躱していた。しかし今度は不意ではなく、意図したタイミングでの攻撃。跳躍し、造作もなく斬撃を回避することに成功したのだ。
代わりに背後にあった木の倒れる音が聞こえたが、彼は気に留めず。宙空に上がったまま再び魔神に向けて左手を翳す。
(半端な火力じゃ効かないというのなら……これでどうだっ!)
「〝プロミネート〟っ!」
ビスタがそう唱えると魔神の頭上には、淡く輝いた紅い光輪が突如出現。そして若干のタイムラグの後、先程の術の何倍もの火力を誇る炎が、リングの中央から火柱となって直下した――。
「あっ、あっあ、ahあアア熱っあづ……いいぃ」
(効いてる……? よし――!)
先ほどの火術よりも熱く、より強いその火力。さしもの魔神も火柱の中で悶えてる様が見てとれた。ビスタはそれを好機と捉える。着地と同時、今度は魔神がいる前方に向かって大地を蹴った。そして――。
「――今だっ!」
火柱が収まるのとほぼ同じ拍子にて、ビスタは面を被る頭の方の首を刎ね飛ばしてみせた。首を断ち切りさえすれば、魔神は再生することができず、絶命に至る。学士ですら知っている常識だ。
「やっ、やらYAっられやら……れ、たっ!? ケタケタケタケタ」
刎ね飛ばされた方の頭が、地に転がった後になおも喋り、笑い続けている。気味の悪さを引き立たせるがビスタはそれに構いはせず、頭が片方だけとなった魔神へと再び向き直った。
「……ァラら、や、られっちゃっっ、たの……?」
「うんっ……やら、れちゃった多っ、た……」
地面に転がる頭と会話をする山羊頭。火柱による火傷は既に殆どが修復し、首が片側だけとなった事以外はほぼ無傷となっていた。着ていた黒装束は既に燃え尽きていたようで、全身を覆った茶色の体毛が露わとなる。
(あと一つ、首を落とせれば……!)
勝算は無きに等しいとすら思っていた。にも関わらずの、ここまでの善戦。生存はおろか、勝利への希望までもが見え始めてきた。だがここで、一つの懸念へと思い当たってしまう。
(ただ、もう一度〝プロミネート〟を撃つと……)
人間には、魔術を扱うために使用できるマナの総量である『許容量』が、先天的に定められていた。その最大値は訓練次第によって微増は出来るが、劇的に向上させるのはまず不可能だと言われている。
魔術という技術を人間へ伝えたとされる魔女族の血が僅かにでも混ざっていれば、その許容量は常人と比べて数倍にも跳ね上がるのだが、当然ビスタに魔女族の血など流れていない。それどころか血脈を辿っても、彼の家系は魔術に秀でた一族ではなかった。
ただビスタは、自他共に認める程の努力家である。彼は学士時代から苦手な魔術を克服するため地道に鍛錬を続け、上級火術である『プロミネート』を扱えるレベルにまで向上をしてみせたという。
しかしそれでも、先天的に定められたマナの許容量にはやはり限度があった。上級火術を扱うことは出来ても扱い続けることがビスタには不可能だったのだ。
(一体、どうすれば……)
あと一手、なにか策を講じれないものかと、ビスタは
頭を悩ませる――。
◇◆◇◆
街道にて魔神と遭遇した場所は、ゼレスティアから約一ミーレ程離れている。そこから離脱したマックルとケルーンを含む兵士十数名は現在、中間となる位置の五〇〇ヤールト地点を走っていた。
「……なあ、ほんとにビスタ様を残してきて良かったのかよ」
隣を走るマックルに向けて、ケルーンが話を蒸し返した。
「あの人の実力を疑う訳じゃねえけどよ、魔神と戦うならやっぱり俺とお前くらいは残った方が良かったんじゃないのか?」
後ろ髪を引かれるような内容の弁をケルーンは言い連ねるが、マックルは話に付き合おうともせず無視を続けている。が、ケルーンもそれには構わずに自らの意見だけを唱え続ける。
「これでよ、俺らが他の団士を呼んできて魔神を倒せたとしても、ビスタ様は無事でいられるかどうかの保証なんて」
「そんな事はわかってる! いいから命令に従え!」
言葉を遮って放った怒声に、ケルーンが足を止める。それによって前方を走っていた他の兵士達も停止し、全員が二人へと振り返る。
「……貴様、何故止まる?」
マックルは仕方なく足を止め、ケルーンの方へと面を向かせる。すると見やった先の後方にて、ビスタの術にて発生した火柱が直下していくのが、彼の視界に映った。
「あれは、ビスタ様の……」
ビスタが『上級火術』を扱えることも、彼がお世辞にも魔術に秀でていると言えないのも、兵士達は全員熟知していた。彼が現在、あらゆる手段を駆使して全力で戦っている、という事実を全員がここで改めて認識する。
「マックル、どうするよ。ビスタ様が得意でもない魔術を使ってまで、命を懸けて全力で戦ってるんだ。命令どうこうを気にしてる場合じゃないんじゃあねえか?」
「……確かに、貴様の言うとおりかもな」
根比べに敗れたような、諦めた表情のマックル。着ていた服の懐から杖剣を取り出すと、すかさず術を唱える――。
「〝ティア・ゲーレ〟ッ!」




