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PEACE KEEPER  作者: 狐目 ねつき
Birth of evil spirit
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17話 邪悪

 ――ラオッサ街道からやや離れた位置、セダールの木が群生する林。


 鬱蒼と茂る薄暗い林の中、草木の匂いと漂う空気以外何も無かったはずの空間が突如として、渦状(うずじょう)に捻れるよう歪み始めていく。その歪みからはやがて、()()が徐々に姿を現していく。


 そして今度は渦の向きが逆へと回転するように、歪みは収束していった。だがその()()は歪みが収まっても姿を残したままで、まるで初めからそこに居たかのように、林の中へと顕在していたのだ。



「うふふ、う腐付fふ負布ふふ……」

「魔っ、またっ、コれ、たっ来れたねっ、ケタケタケタ」


 その覚束ない言葉はとても聞き取りにくく、人間の声では有り得ないような発音だった。


 そして声を発した直後、その〝何か〟は動いた――。



◇◆◇◆



 ビスタ達の前に現れた魔物の群れ。


『オットル』という名で人々から呼ばれているその魔物は、近い動物で例えるなら『狼』に似た造形を持ち、鼻先から尻尾の先端までの全長が一二〇~一五〇アインクにものぼる。薄汚れた象牙色の体毛と、前顎から伸びた白く鋭い牙が特徴的な魔物だ。


 オットルは人々の間で存在が認識されている魔物の中では最も繁殖力が高い種とされ、大陸中(ワンダルシア)のどの地域にも生息しているのが確認されている。

 常に一〇~三〇体程の、オスとメスが同数の群れでコミュニティを形成し、必ず複数匹で旅人や商人等を襲うのが習性だといわれている。


 更には狼以上に鼻が利き、自然界にそう多く存在しない金属の匂いへ特に敏感なため、鉄などを多く用いた武具などに対しては鋭敏に感知をしてくるという。だが動きが早いだけで頭は悪く、魔物の中でも比較的弱い部類に位置付けられていた。ちなみに人間はもちろん動物や虫、果ては他の魔物の死骸すらも食べてしまう程に雑食で、肉は不味いらしい。



「十、二十……三十体近くは居そうですね。ビスタ様、俺達に任せてもらっても良いでしょうか?」


 小さく唸り声を発し、今にも襲い掛かってきそうなオットルの群れを目算で大まかに数えたマックルが、荷台の上に立つビスタにそう提案した。


「そうだな、キミ達がやれそうならそれでいいんだけど……本当に俺は何もしなくていいのか?」


 ビスタが聞き返すと、今度はケルーンがニヤリとした表情を浮かばせて自信満々に言い放つ。


「相手は所詮オットルですよ? ビスタ様の手を煩わせなくても、俺達だけでやれますよ!」


 彼やマックルを除いた、十数名ほどいる他の兵士達も同様の自信を口々に並べ、伺い終えたビスタは愚問だったかと微笑む。


「……わかったよ。じゃあコイツらはキミ達に任せるとしよう。ただし、絶対に油断は禁物だ。誰一人怪我なく帰還するように、いいね?」


「了解っ!」


 そのレスポンスと同時に、兵士全員が荷馬車の周りで組んでいた隊列を解く。そして各々が魔物の方へと接近し、得物を構える。


 対するオットルの群れも一斉に牙を剥き、獰猛に兵士達へと襲い掛かった――。




「〝スライセ・ゲーレ〟!」


 そう唱えたマックルが、杖剣を握りながら身体の内を流れるマナを練り上げた。すると、頭上へと翳した手から三枚の風の刃が発現。そして標的となる対象へ手を向けると、鋭利な刃は勢い良く放たれ、魔物を胴体から輪切り状に刻んでいくのであった。



「〝ヒュジ・アムズ〟――っ!」


 一方でケルーン。野太い声で術を唱えると同時に、両手持ちの大剣を地面へと思い切り突き立てる。大剣は大地に含まれる鉄分をたちまちと吸収していき、剣を引き抜く頃には刀身が二ヤールトを超すほどの巨大な剣と化していた。


「おらあああああああ―――っ!」


 勇む声と共に持ち上げた剣を振り下ろす。大地を抉る程に強烈なケルーンのその一撃は、二体のオットルを斬る――というより叩き潰した。


 剣と盾を用いて一体づつ確実に仕留めようとする兵士が多い中、ケルーンとマックルの二人は手際よく、次々と魔物を駆逐していく――。


 ――そして開戦から三分が経つ頃には、オットルの群れは一体残らず亡骸と化し、魔物の血や肉片がそこら中に飛び散っていた。



「よう。今回は何体だよ、マックル」


 辺りに死骸が転がる街道沿いの平原の上、着ているローブに付着した土汚れを払っていたマックルへ、ケルーンが戦果を問う。


「……七体、ってところか」


 思い出しながら指を折って数えるマックルは、偽りなくそう答えた。


「そうか七体か……どうやら今日も俺の勝ちのようだな! 俺は八体だぜ、やりぃ!」


「…………っ」


 マックルよりも魔物の撃退数で勝ってみせたケルーンが、菓子を与えられた幼子のように嬉々とする。マックルは初めから競うつもりなどさらさら無かったのだが、ケルーンのその喜びようが癪に触ったのか、苛々とした様相で反論を始める。


「貴様と違って、俺は攻撃をする度に術を唱えなきゃならないんだから効率の差だ! 全く蛮人はこれだから……いつも下品な戦い方をしやがって……!」


「あれれぇ~? マックルくんまた負け惜しみでちゅかぁ?」


 若干の言い訳に聞こえなくもないマックルの言い分に、ケルーンは変顔を用いて煽るように茶化す。


「……殺す! 剣を構えろケルーン・ノーエスト! 貴様を俺の八体目に数えてやろう!」


 三十路(みそじ)を過ぎている大人とはとても思えない程の幼稚な口論に、他の兵士達がやれやれと止めに入る。この二人の掛け合いが普段から斯様な形に発展するのを彼らも熟知していたので、仲裁にも手際の良さが光っていた。



(――やっぱりあの二人は抜きん出てるね。いくらオットルが相手だったとはいえ、あの鮮やかな手並みは恐れ入るなあ……)


 ビスタはというと、兵達の一連の戦闘を荷台から眺め、際立った戦いぶりを披露していたケルーンとマックルの実力を客観的に分析していた。


(国内でも指折りの風術士であるマックルと、土術に関しては未熟だが、有り余る腕力で魔術の弱さをカバーしているケルーン。二人とも若くはないが、十年以上も地道に研鑽を積み、今の実力まで上り詰めた苦労人だ。クルーイルが抜けた分の穴は案外、こういう人材こそが務まるのかもね……)


 現在、親衛士団は空いたままである第17団士の席を早急に埋めるべく、国内中で人材を模索している真っ最中にあった。既に何名かの候補者をリストアップしており、かねてよりの実力者であるマックルとケルーンも、当然そのリストに名を連ねていたのだ――。



(さて……と、考え込むのはひとまずここまでにしておいて、そろそろ任務の方を終わらせなきゃね)


 分析の続きはゲート内へと帰還が済んでからにしよう、とビスタは判断した。そして荷台から飛び降り、手綱を握りながら待っているであろう馭者(ぎょしゃ)の元へと駆け寄る。


「馭者さん、魔物の群れは片付いたんで、そろそろ出発の……っっ!?」


 だが語尾を言わずしてビスタは、馭者のその姿に驚愕してしまう。


「こ、これは一体……!」


 ビスタの眼前、手綱を握ったまま座る馭者であったが、彼の首から上が――無いのだ。




「――きKI鬼ききき、み、は、どう……し……て、た多たた戦わっ……ナイ、の?」


「――っ!?」


 異変について考えを巡らそうとしていたビスタは、突如背後から聞こえた声と邪悪な気配を感知した。間を置かずして反射的にその場から飛び退くと、覚束ない口調の声の主を視界に捉える。


「な、なんだ……コイツ……!」


 全身からはじわりと嫌な汗。目の前に立つ『何か』が醸し出す、尋常ではない空気を本能で感じとった証と言えよう。


(魔物……いや、ちがう!)


 その()()の姿は――異様そのものだった。


 三ヤールトはあろうかという、立ち上がった熊のような巨躯。それを包んでいるのは、腐蝕しているのかボロボロとなっている黒いドレスのような装束。首から足の先まで薄汚い茶色の体毛に覆われているが、腕だけは何故か細く長く、錆びた針金のような形状をしている。

 頭部に目を向けて見ると、捩れた角を生やした黒い山羊の顔と、何処かの民族が被っているような奇怪なデザインの面を被った顔とが双頭をなしていた。


 現れたその『何か』はいずれの部位を見立ててみても、全身から発せられる禍々しいオーラを見たままの姿から感じ取れるような風貌であった。


「コイツは、まさか……!」

「ビスタ様! な……なんなんですかソイツは!?」


 その()()の正体に気付き、逡巡としていたビスタの背後から、マックル達が慌てて駆け付ける。


(……っ!)


 自身を呼ぶ声にビスタはハッと冷静さを取り戻すと、身を翻して全力で指示を叫ぶ――。


「お前ら! 逃げろぉっ!」

「えっ」



 ――その瞬間だった。


 耳を(つんざ)くほどの甲高い音と共に、斬撃が横薙ぎに一閃。ビスタの元へと駆け付けていた、集団の先頭となる兵士五人の首から上が、一瞬にして()ね飛ばされたのだ――。


「なっ……」


 ぼとり、と宙空へと舞った生首がほぼ同時に落下。切断された各々の顔を見ると、己が死亡した事実すら気付いていないような表情ばかりが並んでいた。


「……あ、あRA、よよ、よ避けるルる……のね……」


 黒い山羊頭が、口をパクパクとさせて声を発し、ビスタを見下ろす。


「くっ……!」


 その針金のような左腕から放たれたカマイタチのような斬撃を、ビスタは間一髪で伏せるように回避して難を逃れていた。しかし五人の兵を救うことは叶わず、自責の念に苛まれた彼は歯を食いしばるようにして悔やむ。


「よっ、よっ、けたっ……よけったっヨケたケタケタケタケタケタケタケタケタ」


 面を被った方の頭が、立ち上がろうとするビスタを奇怪に笑い飛ばした。



「ビスタ様っ!」


 先頭にいた者達が真っ先に死に至ったことで、それ以上の進行を躊躇っていた兵士達。その中から、マックルがビスタを呼んだ。


「もしや、コイツは……!」


 突如として出現した、明らかに魔物の類いではない怪物。その正体を頭に過ぎらせたマックルが答えを紡ごうとしたが、先にビスタが回答をする。



「そうだ、コイツは……魔神族だ……!」



 それはこの大陸に生きる人類にとって、最も仇なすとされた種族。人智を大きく超えたその力から(もたら)される絶望に、彼等は抗うことが出来るのか――。

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