16話 元17団士と現16団士
学武術園がある以外は、比較的住宅街の割合が高い街並みを誇る東地区、アーカム市。
そのアーカム市内の一等地に、アウルの自宅がある。だが国内外に勇名を馳せた一族が住まう住居としては敷地も特に広くなく、一般的な大きさの一戸建てに小さな庭のみと、やや質素な造りをしていた。
また使用人などは一人も雇ってはおらず、食事に関しては七日に一度、差出人不明でまとまった量の食材が届けられるという。少々不気味ではあるがアウルは特に気にも留めず、届いた食材をただ食すのみであった。
母親は、アウルが五歳の頃にて他界。アウル自身は容姿や声など一切記憶に無いが、とても優しい母親だったということだけは覚えていると語る。
一方で、父親のヴェルスミスは親衛士団の団長という地位に身を置いていることもあって、ほぼ年中無休の状態だという。家にも全く帰らず、それどころか市街地にすら滅多に姿を見せない。アウルもかれこれ二年は顔も見てないとか。
つまるところ、ピースキーパー家の現状は『家庭』という、本来在るべきコミュニティとは無縁の状態となっていたのだ。それでもアウルは気に病むこともなく、慣れ親しんだ一人での生活をひっそりと続けていた。
しかしそんなアウルの家に、現在は一人の家族が帰宅している。
――そう、実兄のクルーイルだ。
◇◆◇◆
くそっ、くそっ、くそおおおおっ――。
俺は今までピースキーパー家の長男として、親やその周りの期待を一身に受け、誰にも恥じることのないようにひたすら努力し続けてきたんだ……!
親父自らが団員に俺を抜擢し、末席ではあるが第17団士として栄えある親衛士団に選ばれたというのに、たったの二年でクビになるなんて……!
あの時……領内の魔物駆除の任務中、俺は人生で初めて魔神族との遭遇を果たした。開戦早々、一瞬にして剣を破壊された俺は恐怖のあまり……逃げ出してしまったんだ――。
『命令や作戦による撤退以外での敵前逃亡は、団士として最も愚かで恥ずべき行為』
これが親衛士団の掟であり、鉄則だ。そう……俺はそれを破り、挙げ句の果て一緒に任務へと赴いていた味方の兵すらも見捨てて、一人無様に逃げ帰ってきたんだ……!
報告を済ませた俺は結果として、その日の内に親父直々に退団を言い渡されてしまった。
そして今ではこのザマ、か……。
◇◆◇◆
数年振りに帰って来た自宅。アウルとの久々の対面から丸一日が経った今でも、クルーイルはリビングのソファの上で思いに耽っていた。
思い返すのは栄光の日々。
学武術園を首席で卒業し、軍に入隊。
そこから三年で親衛士団に抜擢。
失敗とは無縁な、誰もが羨むようなサクセスストーリーを歩んできた彼。しかし一度付いた土に対して払う術を学ぶことが出来ず、そのままずるずると自堕落に陥ってしまう一方だったのだ。
「この先、俺はどうすればいいのかな……?」
ポツリと零したその言葉は、誰に対して問い掛けたのか本人にも分からずだ。
「…………」
斜陽が窓からリビングを差し、沈んでいく太陽を自分自身と重ねる。見送るクルーイルの虚ろな眼差しは、生気が宿っていなかった。
「……!」
ガチャリ、と玄関のドアの開く音が聴こえた。だがクルーイルは気にも留めず、ただただ沈む夕日だけを眺めていた。
「――兄貴!」
勢いよくリビングへと姿を現したのは、学園から帰宅したアウルだった。
「アウルか……」
クルーイルは視線を窓の外から逸らさずに、弟の名を静かに発した。
◇◆◇◆
――ゼレスティア国、西郊外。
ゲートの西側に面しているこの地域は、野生の動物や小型の魔物が多く生息している。ただ、比較的安全だとされる『ラオッサ街道』という道を辿りさえすれば、魔物などに出くわす心配は殆ど無いと言われていた。
この街道は、ゼレスティア国の貴重な資源地となる『アルムー鉱山』に続く、唯一の整備された道と言っていいだろう。ここでは十日に一度、採掘された鉱物を運ぶための運搬作業が、ゼレスティア兵の護衛のもとに行われていた。
なぜ護衛が必要なのかというと、鉱物の匂いを好む魔物がこの近辺に多く存在しているのが最大の要因となっている。いくら安全と認識がされているラオッサ街道を通るにしても油断はならず、常に十数人もの兵士を荷馬車の周囲へと配置しなければ、安全な運搬は成立しないという。更には万が一にも上級の魔物や魔神族が出現した際の万全な対処として、一人の団士が護衛の指揮を務めるのが任務の規約となっていた。
搬入先となるゼレスティア国だが、街を囲うゲートには四つの門があり、それぞれが東西南北の四つの都市に面していた。
『アーカム市』に面する東門。
『ドメイル市』に面する北門。
『フルコタ市』に面する南門。
そして工業地区である『グラウト市』に面する西門こそが、この任務に於ける搬入のための入り口である。グラウト市内には数多くの鉄工所や鍛治屋、その他工場が構えられ、国内では最も金属の消費量が多い。ゆえに鉱山から採ってきた鉱物をこの街へと直接搬入するのが、一番手っ取り早いと言われているのだ――。
雲一つない晴天に、やや西へと傾いた太陽から降り注ぐ穏やかな陽気。平原に囲われた街道には澄んだ空気が流れ、長閑な雰囲気を漂わせていた。
そんな中、採ってきた鉱物を積んだ巨大な荷馬車が、起伏の少ない並木道へガラガラと車輪を転がす。その周りを囲むようにして、ゼレスティア兵達は絶えず警戒を怠ることなく移動を続けていた。
歩くようなスピードで馬車を走らせている理由は、採掘した鉱物が激しい揺れによって欠けたり割れたりしないようにする為の配慮となる。グラウトの職人達は腕が立つ代わりに神経質な者も中には多く、僅かな傷や欠けをとても嫌うのであった。ゆえにこの護衛任務は長距離をゆっくりと進み、その間は常に警戒の糸を張り巡らせ、運搬をする鉱物に対しては慎重に取り扱わなければならないのだという。肉体的は当然として心労も計り知れなく、兵達の間では最も敬遠される任務の内の一つとなっていた。
「……ふう。毎度のことながら、この任務はホント神経を削られるよなぁ」
「ぶつくさと文句を垂れるな、ケルーン。団士様が居られるのだぞ?」
「へいへい……わかってるっての、マックル」
ワイルドに伸びたヒゲが印象的な、愚痴を零していた大柄な兵士は〝ケルーン・ノーエスト〟。三十二歳。
そのケルーンを小声で嗜めた、青い長髪を靡かせ、育ちの良さが雰囲気と所作に表れている彼の名は〝マックル・ワレリオ〟三十一歳。
二人は軍に仕える兵達の中でもかなりの腕前と、同僚からもすこぶる評判のベテラン兵だ。この護衛任務には毎度と言っていいほどに駆り出されていた。
「ビスタ様ぁ~! そろそろ西門が見えて参りました!」
そして、たった今ケルーンが呼んだビスタという男。短すぎず長すぎずな黒髪を生やし、一八〇アインクの身長と、均整の取れた体つきに端正な顔立ちの美男。額に巻いた赤いバンドがトレードマークの彼こそが、新衛士団所属の第16団士――〝ビスタ・サムエレス〟であった。
「ふわぁ~あ……もう着いちゃうのか? せっかくこの揺れが心地の良い眠りを誘ってきたっていうのに……」
荷馬車の積み荷の横で、両の手を枕代わりにして寝そべっていたビスタは、欠伸混じりにケルーンへと返す。
「ビスタ様、今は任務中なんですよ? 団士である貴方が気を張って頂かないと、俺たちの身が持ちませんよ……」
緊張感のない姿のそんなビスタを見兼ね、マックルが苦言を呈した。
「はは、ごめんよマックル。でも安心してよ、この鉱物の安全とキミ達の命は俺が必ず保証するからさ!」
ビスタは起き上がると胸にドンと拳を当て、高らかに宣言をしてみせた。簡単に言っては退けたが彼がこの任務の担当となってからは事実、従事する兵達に死傷者が発生しなくなっていたので、その自信には説得力が備わっていた。
「さすが我らがビスタ様! みんな頼りにしてますよー!」
ケルーンが偽りのない気持ちでそう言ったように、容姿だけではなく性格も好青年として知られているビスタは、部下からの信頼も特に厚かった。取っ付きにくい性格ばかりが居揃う親衛士団の中だと、彼のような人間は特に稀有な存在と言えよう。
「どうっ! どおお! どおおぉっー!」
西門へと少しずつ距離を縮め、道中にて談笑を交わしていたビスタ達だったが、荷場車を操る馭者が興奮する馬を落ち着かせようと宥めているのを察知する。馬のその興奮の度合いから、進路を邪魔しているのが動物の類いではなく、魔物だというのがすぐに窺えた。
「ん、俺達の出番のようだな。じゃあみんな、楽しいお話は一旦中断にして仕事に取り掛かろうか!」
「了解っ!」
ビスタが意気良くそう告げると、ケルーンやマックルを含んだ十数名の兵達の顔つきが一斉にして変化。一人一人が戦士としての気概を露わにしたのだった。
そして兵士らが見やった先には、狼に似た姿の魔物の群れが数十匹、ビスタ達に向けて敵意を剥き出しにしていた。




