15話 作戦室にて
『城塞都市ゼレスティア』は、高さ二十ヤールト余りもあるゲートを城郭として建て、次いで王宮を囲む様にして市街地を並べた構造となっている。
ゲートがある他の国『剣鎧都市ガストニア』などは元々が集落や村であったため、時代と共に繁栄し『都市』と呼べるほどの発展を遂げるようになって初めて、ゲートを建造していた。ゼレスティアが〝城塞都市〟と冠される由縁は、ゲートありきで建国されたのがゼレスティアのみだったからとなる。
そして建国がされる前の元の丘陵地帯の名残でもあり、城郭内の中央部からせり立つ丘の一番高い位置に聳え立つ王宮こそが、ゼレスティア国の心臓部となる。
まさしく『要塞』と呼ぶにふさわしいほど堅固に造られたその王宮には、マルロスローニ家が住まうだけでなく、国軍の中核を担う親衛士団の作戦室があった――。
◇◆◇◆
「サクリウス、ワインロック。帰還した」
重鉄で出来た両開きの扉から、二人の団士が作戦室へと足を踏み入れると、サクリウスが帰還を報せる。
広さが学園の教室ほどの作戦室の内観は、表面が滑らかな材質の白い石材にて壁や床が覆われていた。加えて高級そうなソファーやテーブル、団士達が得物を立て掛けておくための鉄製の台などがまばらに置かれていた。
「ご苦労、成果を聞かせてくれ」
そして部屋の最奥。ゼルコーバの木で造られた大きなデスクが置かれ、同様の材質の椅子に腰を掛けた副団長のバズムントが、二人に任務の成果を尋ねた。
「あれ、バズムントしかいねーの? 団長は?」
「ヴェルスミスならビナルファとシングラルを連れてガストニアで任務だ、もちろんゼレスティアの使者としてな。あと数日は帰って来んぞ」
部屋に入ると同時に浮かんだ疑問をサクリウスが投げ掛けると、バズムントが理由を告げる。親衛士団の長であるヴェルスミスが不在の際は、副団長のバズムントが作戦指令のイスに着くこととなっていた。
「まーた、外交任務ね。最近団長多いなー」
「おいおい、口を慎めよサクリウス……仕方ないだろう? 近々、魔神族の本拠地を叩くべく大々的な掃討作戦が予定されてるんだ。元敵国な上に、気難しい性格の騎士達が揃うガストニアと共同戦線を張るのなら、団長自らがあちらさんへと話し合いに出向くのが、一番効率的なんだ」
ヴェルスミスと話したがっていたサクリウスが皮肉混じりに拗ねてみせるが、扱いに慣れているバズムントが論理的に嗜めた。
「それで、お前さん方の成果はどうだったんだ? まだ何も聞いてないぞ?」
「まー、いつも通り。滞りなく終わったわ」
サクリウスが適当な報告であっさりと済ます。
「そうか。ではワインロック、お前さんの方はどうだったんだ? 何か少しでも気になった事があれば遠慮なく言うと良い」
「僕も……特には無かったかなあ。あ、そういえば、昨日任務後に何気なく寄ってみたカフェの珈琲がとても美味しくてね、バズムントにもオススメしてあげようと思ってたんだよ。全然お洒落な雰囲気もなくて、店員の態度も無愛想な店だったんだけどね、なぜか味だけは良くて――」
「あぁわかった。その話はまた別の機会にでも聞くとしよう」
ある意味で想定内のその報告の内容に、バズムントが割り込むようにして話を終えさせる。
「そうだな、とりあえず今日はもう帰っていいぞ。任務ご苦労、メシでも食ってこい!」
そうして報告が終わると、バズムントは二人に向けて本日の任務終了を告げ、気前良く労いの言葉を送った。
「んじゃ、お先に~」
ワインロックはそれだけを告げると、一足早く作戦室を後にした。サクリウスも彼を追うようにして部屋を出ようと踵を返したが、背中越しにバズムントからふとした疑問を投げかけられる。
「そういえば、オリネイはどうした? お前さん方と一緒の任務だったはずだ、なぜ報告に現れんのだ?」
「あーー、えーと……アイツは体調が優れない、とかなんとか言ってたから先に帰らせたんだわ」
『授業を放棄して遊びに出掛けていた』なんて報告をすると、連帯責任で巻き添えを食らうということをサクリウスは充分に理解していた。その為、やや苦し紛れではあるが嘘の報告をしたのだ。
「そうだったか……まあ、女性は色々と大変な面もあるからな」
(そうじゃねえんだけどな~、まーバレてないならいいかぁ……)
適当に取り繕った口実が暴かれずに済み、サクリウスがほっと胸を撫で下ろす。
「……と、お前さん……今日は何も愚痴って来ないんだな」
「ん?」
今度こそ帰宅をしようとドアの持ち手に手をかけたサクリウスだったが、またもや足止めを喰らってしまう。
「お前さん、いつもなら授業の帰りは〝こんな視察やるだけ無駄だ〟とか、毎回のように嘆いてたじゃないか」
「あーーーー」
『思い返せばそうだったな』と、過去の自分を振り返るサクリウスだったが、アウルについてはまだ様子見で居るつもりだった。
〝ピースキーパー〟という出自が話を面倒な方に傾かせるとばかり思っていたので、敢えて触れない方向へと舵を切っていたのだ。それに話をするならバズムントではなく、直接ヴェルスミスにした方が有意義だろう、と彼は踏んでいた。
「……そーだっけ?」
わざとらしく考える素振りを見せたサクリウスは、堂々とシラを切る。その反応を窺っていたバズムントは、少しだけ不審に思ってしまう――が。
「ぐがっっ!」
――直後に作戦室の扉が内側へと勢いよく開かれ、サクリウスは右半身を強打してしまうのだった。
「あーイライラする! なんなのあの男!? アタシが軍の人間って知った途端お店の代金すら払わないで……金持ってないならナンパしてくんな! アタシは財布じゃないっての……もう最ッ悪! 死ねッ!」
遊び相手であろう男性に向けての毒を吐き続けながら、作戦室にずかずかと入って来た女性。
明るい金髪に派手な化粧。メリハリのついた扇情的な体つき。素肌の露出が多い際どい服装。異性を惹きつける色香を惜しげもなく漂わせた彼女こそが――第15団士である〝オリネイ・メデュープ〟であった。
「あら、サクリウス。そんなところでなにしてんのよ?」
「おまっ……痛てーし、入ってくるタイミング考えろよコラ……!」
オリネイは自分の仕業だということに気付かず、痛みに悶えているサクリウスを不思議に捉える。
「オリネイ、お前さん……体調が良くないからって先に帰ってたんじゃなかったのか?」
一方でバズムントはオリネイの姿を見るや否や、ガタッと席を立ち、怪訝そうな表情で彼女へと尋ねる。
「ハァ? 誰がいつそんなこと言ったのよ。アタシは今日ずっと……あ!」
男への怒りで、本日の本来の務めをすっかりと忘れてしまっていたオリネイ。尋ねられたことによって、今になって思い出してしまったのだ。
(さ、サクリウス……!)
ヨロヨロとしながら立ち上がろうとするサクリウスに、オリネイはアイコンタクトで助けを求める。
(こんのクソアマが……! せっかくオレが上手く誤魔化しといたってーのに……全部台無しじゃねーか!)
サクリウスは言葉には出さず、眼力だけでそう威圧した――が。
「サクリウス……今すぐワインロックを連れ戻してこい。これは一体どういうことなのか、三人で最初から改めて、報告をしてもらおうか……」
鬼のような形相のバズムントが、怒りにうち震えた声で要求する。根が真面目な上に仕事第一主義を信条としていた彼は性格上、部下の怠慢に対して人一倍厳しかったのだ。
(あーーくそっ、今日はもう帰れねえな。なんて日だよ畜生……)
その後、ワインロックを含めた団士三人に、バズムントからの雷が落ちた――。




