13話 弱点
「……というのが、リーベ・グアルドの由来だ。もしかしてオマエ、その技術を編み出した奴の血脈だってのに知らなかったのかー?」
長々とした説明で歴史を振り返り終えたサクリウスが、アウルに言い放つ。アウルはというと、自身の扱っていた技術は兄であるクルーイルの見様見真似でしかないため、由来など知る由も無かったのだ。
(い、今初めて知った……)
真実を伝えられたことにより、アウルの胸中では感心と動揺が渦巻いていた。そんな少年に対し、サクリウスは気兼ねをすることなく、アウルのまだ知らない情報を次々と発していく。
「ちなみに言うとこの技術な、親衛士団に所属する全員が使えんだわ。お前の親でオレ達の団長であるヴェルスミスが直々に、士団創設と同時に指南してくれたってーワケよ」
(やっぱり……)
説明の途中からもしやと思っていたが、改めて事実を聞かされたことにより、アウルは歯噛みをする。
「まー、この技術、昔はゼレスティア兵ほぼ全員が使えたみたいなんだけどな、今は武器の数も整ってるし、使い勝手の良い魔術の方の技術が発達してきてるから、訓練の中ではあまり重要視しない方針らしーんだけどなー」
彼が告げた通り、現代の魔術はゼレスティアが開国した時代に比べれば技術がより確立され、素養のない者でも訓練次第では扱えるようになっていたのだ。
「それともうひとつ。そもそもリーベ・グアルドは対人を想定して編み出された技術だ。上位の魔物や魔神族が繰り出す不規則かつ広範囲な攻撃には殆ど通用しねーからな。あまりこの技術に過信してっと痛い目見っから気ぃつけろよー?」
(――あれ? もしかして……この人)
戦闘の合間とはいえ長々と講釈を垂れるサクリウスに、ライカや他の学士と共に観戦をしていたピリムは若干の違和感を覚えた。ただ、相対をする二人にはピリムの考えてる事などいざ知らず。会話は続いていく。
「ちなみに聞いとくが、リーベ・グアルドは親父から習ったのかー?」
「……兄貴が親父から受けてた特訓を見て、真似ただけだよ」
問いに対し、嘘を答えても仕方がないと判断したアウルが正直に答えた。しかしその返答に、サクリウスの眉がぴくりと持ち上がる。
「親父からは教わってねーのか? もしくは、これから教わるとか……」
「それはない、と思う。親父は、俺に少しも構ってくれなかったから……」
若干の寂しそうな表情を浮かばせ、否定をする少年。しかしサクリウスにとっては、ピースキーパー家の複雑そうな家庭事情などどうでも良く、ただただアウルの能力だけを冷静に分析するのみであった。
(なるほどなー。ヴェルスミス自ら指南したワケじゃなく、クルーイルが教わっていたのを見様見真似で会得したってのか。直接教わってもいねーのにあそこまで回避術を使いこなせるなんてコイツ、ひょっとすると……)
「そーかそーか、習ってねーか。んじゃ、長々と続けた歴史の授業は終わりだなー。そろそろ実戦に戻るとすっか」
とある予感を胸の内に過ぎらせつつそう告げた彼は、アウルが先程落とした剣を芝生から拾い上げ、持ち主に向かって剣を放る。
「そうだね……!」
投げられた剣を受け取ったアウルは、既にショックから立ち直りを見せていた。そして返事と共に跳躍をし、サクリウスへと飛び掛かる。
「―――ん?」
サクリウスが疑問の声を上げる。アウルは斬りかかろうとはせず、そのままサクリウスを飛び越え、背後へと着地したのだった。
死角である背後からの攻撃が来ると瞬時に判断したサクリウスは、直ぐさま翻り回避の態勢を整えようと、少年の姿を捉えようとする。だがアウルは既に、背後からも姿を消していた。
「アウリストの野郎……なんつー、身のこなしだよ」
芝の上にて座りながら戦いを眺めていたパシエンスが、思わず驚嘆をこぼす。彼の視線の先にてアウルは持ち前の敏捷性を活かし、サクリウスの周りを取り囲むようにして無茶苦茶な動きでかき乱し、撹乱させようとする作戦に出ていたのだ。
(この動きに惑わされ、生まれた隙を……狙ってやるっ!)
動き回りつつも、じっくりとアウルは機を窺う。
(ふーん……良い動きだなー。スピードはクルーイル以上はあるかもな)
一方でサクリウスは動きに翻弄されること無く、いずれ訪れるであろう攻撃を静かに待っていた。アウルのその動きは一見すると、見境なく動き回っているようにも見える。だが動きのクセとでも言うべきか、一定の法則性をこの短時間にて、サクリウスは見出すことに成功する。
(あの辺にしとくか……)
そうすると彼は反撃を試みるタイミングを見定め、アウルが攻撃に移るとされる地点へとおびき寄せると同時に、敢えて隙を作ることと決めた。
(よし、あそこだ――!)
アウルはというと、サクリウスの思惑通り、背後に隙を発見する。そして隙が生じたサクリウスの背中目掛け、力の込もった渾身の一撃を放つ――。
(ハッ、さすがに単調すぎんだろ……!)
読みが当たったと確信したサクリウスは絶妙なタイミングで振り返ると、少年の剣撃を受け止めようと木剣を構える。しかし、防御の手応えは訪れなかった――。
「残念、後ろだよっ!」
そう、アウルはその更に裏をかき、サクリウスが振り返った後の背後へとすかさず身を移していたのだ。そして今度こそ、ようやくと攻撃が当たる確信を持って、後頭部に狙いを定めてアウルは剣を振るった――。
「なんだと……とでも言うと思ったかー? 甘ぇよ」
「え?」
――だが、アウルの剣はサクリウスの後頭部には届かず、彼の左手によって敢えなく受け止められてしまったのだ。
「オレに手を使わせるなんて誇っていーかんなー。明日から自慢のタネに使うことを許してやるよ。でも結局最後はまた背後に来ちまうんだから、オレとしても読みやすいってワケよ。あとよ、攻撃のタイミングを口で宣言するのはヤメとけ、流石にアホすぎんぞ」
「くそ……!」
策を講じるも通用せず、落胆し目を伏せる少年。
「……だーから、目ぇ逸らすなって」
「っっ!?」
――何も見えない。
――急に視界がブラックアウトした。
――しかし、意識は確かだ。
(なんだ……これ)
流れる意識の合間を縫って突如訪れたその暗転は、時間にするとコンマ数秒だっただろう。だがその中でも、アウルは瞬時に状況を把握しようと集中をする。
しかし直後、下顎に衝撃が襲いかかり、アウルの意識は遠のきかける。
「…………っっ」
視界からは漆黒が過ぎ去り、元の視界へと戻る。だが少年の目に映っていたのは、いつの間にか間合いを詰め目の前に立っていたサクリウス――のはずだったのだが、その彼の身体の輪郭はぼやけ、目に見える光景全てが歪んで映っていたのだ。
「こ、れは一体……? どんな魔術……?」
なぜか朦朧としてしまっている意識の中、正体不明の攻撃の謎を暴こうとするアウル。だが足腰はガクガクと震え、立っているのもやっとの状態だった。
「バーカ、魔術なんかじゃねーよ。ただ、お前の両目を掌で隠して、下顎にビンタかましただけだってーの」
(そ、それだけ……!?)
サクリウスからの説明に対し驚愕するアウル。朦朧とする意識や揺らぐ視界も、脳震盪の衝撃に依るものだというのだ。
「よっ、と……これで元通りな」
そしてサクリウスはその言葉とともに、先程当てた方向とは全く逆の方向に同程度の勢いの張り手を当てる。
「……っっ?」
「目ぇ覚めたかー? まだ耳がキンキンすっと思うけど、脳にもう異常はねーから安心しとけ」
ハッキリと聴こえる声。鮮明に映る視界。アウルは感覚が正常に戻ったとようやく確信できた。そんな少年の目の色を見て感覚を取り戻したと判断したサクリウスは、少しだけ表情を強張らせて口を開く。
「……結局な、こういうトコなんだよ。リーベ・グアルドの弱点は」
「弱点……?」
アウルはきょとんとした表情を浮かべている。その反応を窺ったサクリウスはもう少しだけ噛み砕いた説明をする。
「この技術はな、今まで味わったことのねー不可解な攻撃に対しての対処法が、全く無ぇんだよ」
「――っ!」
先程身を以てそれを受けたアウルは反論することができず、茫然と聞き入ることしか出来なかった。
「まー、使いようによってはまだまだ実戦向きでもあるんだが、オマエみたいな実戦経験がほぼゼロな奴ほど、今オレが使ったような手は面白いくらいに効果的なんだわ」
「くっ……」
アウルが悔しさを滲ませる。これまでの人生に於いて、少年は勝負事というものを経験したことが無かった。それは今回のサクリウスとの手合いのみならず、学術全般におけるテストの点数の競い合いなども含めてだ。
そう、『誰か』と『何か』を競うのを避け続けてきた人生を、アウルは歩んできたのだ。
そして今日、戦う動機は別として、少年は初めて他人と勝負をした。しかしその結果は、完膚なきまでの敗北――。
溢れんばかりの悔しさが、心の奥底から湧き上がる。ただ同時に、それとは別のもう一つの感情が、少年の心に初めて芽生えたのだ。
「ねぇ、俺はどうすれば――」
それは、男として生まれたからには誰しもが一度は胸に抱いた事がある、強く純粋な想いであった。
「――強く、なれるのかな?」
本心から思わず口をついて出たその願望。
サクリウスは容易く答えてみせる。
「そんなの俺が知るわけねーっての。ただ、一つ言えるのはオマエくらい実力が既に備わってるヤツは、なんかのきっかけや意識を改めるだけで飛躍的に強くなれる。それだけは俺が保証してやるよ」
「…………っ!」
与えられたアドバイスに、アウルは純粋に喜んだ。その理由は、強くなれる為の道筋となるヒントを示してくれた事も一因していたが、一番の理由は己の実力を認められた事に対してであった。
そしてこの瞬間をもって、少年にとってのサクリウスという男の存在は、敵意から尊敬の対象へと変化を見せたのだ。だがそうなると、次に少年の口から零れ出る言葉は、誰しもが想定もしなかった意外なものとなる――。
「あの、サクリウス……さん」
「は?」
「これから俺に……もっと戦いを教えて……くれませんか?」
「はぁー?」
突然の懇願に、サクリウスが間の抜けた声を発してしまう。少年の態度の一八〇度の方向転換によって、明らかに動揺しているようだ。
「いや、ちょっと待て……オマエ急にどーした? さっきまでただのクソ生意気なガキだっただろーに……」
「さっきは自分の実力も省みずに好き放題言っちゃってごめんなさい……! サクリウスさん……いや、サクリウス師匠の言われた通りになんでもするんで、俺に戦いを教えて下さい! お願いします! 師匠っ!」
愚直なまでの想いを述べ、アウルは深々と頭を垂れた。
サクリウスは本日一番の困惑を見せている。
「お、オレは弟子なんてとる主義じゃねーから、オマエの師匠には絶対なんねーぞ! あと師匠って呼ぶのヤメやがれっ――!」
「ええ……そんなオチなん?」
事の顛末を見届けたライカはそうこぼすと、肩の力が一気に抜ける。見物していた他の学士の反応も、概ね似たようなものだった。
(……やっぱりね。あんなに喋るサクリウス様なんて見たことないもの。きっと挑発に乗ってる内に楽しくなってきちゃったんだろうね)
ピリムの推測は当たっていた。サクリウスは団士である自身に対し、あらゆる工夫を凝らしてひたむきに立ち向かってくるアウルを相手取ったことで、本来の目的であった『逸材』の発見を無意識の内に達成。ゆえに、あのような楽しそうに講釈を並べる姿を見せていたのだ。
「まあ、結果的にこれでアウルに自信がついてくれたんなら、当初の目的は達成だな」
ピリムの隣に立っていたライカはそう安堵を口にすると、アウルの元へと駆けていった。
(そっか、放課後にクルーイルさんと会うんだっけ。大丈夫なのかな? アウル……)
心配を寄せるピリムだったが、家庭内の問題に首を突っ込む義理も道理も無い事は、まだ幼い心ながらも理解はしていた。これ以上深く考えないようにした上で、少女もアウルの元へと向かった――。




