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PEACE KEEPER  作者: 狐目 ねつき
Liebe guard
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11話 挑発

 天井が吹き抜けているため、汗臭さは感じられず、心地の良い風がそよいでいる武術場。しかし、対峙するアウルと団士二人の間から漂う空気感は、爽やかさとは無縁のものであった。


「おいおいピースキーパーくんよ、ナメてんのはオマエだろー? あんまナマ言ってると痛い目見んぞ?」


 普段、学士達の前では飄々と振る舞っていたサクリウス。一学士を相手にここまで啖呵を切られてしまっては、彼も団士としての面子がある。無視を決め込む訳にはいかなかった。


「そう……じゃあさ、せっかくだし俺の相手してよ? それともそのまま逃げるの?」


 一方のアウルは不敵に挑発を続けている。だがこれはあくまで演技である。そして実はライカとの試合中アウルは、観戦をしていた学士一人一人の反応を密かに窺い『自分の実力を目の当たりにして、最も反応が薄いのは誰か』との条件を付けて、観衆の実力の程を逆に測っていた。


(ざっと全員の顔を確認してみたけど……)


 反応が薄い者ほど、自分の実力に近しい可能性があるとアウルは踏んでいたのだ。


(結局……顔色一つ変えてなかったのは()()()()()だけだったんだよなあ)


 結果として、試合を見物していた学士達はみな唖然としているだけの、開いた口が塞がらない状態となっていた。サクリウスとワインロックの二人だけが、眉一つ動かさない様相で静観をしていたのである。


(他のみんなには悪いとは思っているけど、正直トーナメントを勝ち進んだところで、あまり得られる感触は無いと思う。だから……兄貴と同じ親衛士団に所属する人と戦う方が手っ取り早くて済む……!)


 自らの実力を客観的に測るにはこれしかないと踏み、アウルは団士相手に『挑発』という愚行に及んでいたのだ。


(でも、俺がここまで戦えるとは思わなかったなあ……俺は兄貴と違って剣術の型だって親父からロクに教わっちゃいないし、()()()()だって、完全に兄貴の見様見真似だし……)


 ライカやピリム、兄のクルーイルにすらもひた隠しにし続けていた自分の実力。自宅の庭にて、父から訓練を受けていたクルーイルの後ろ姿をひっそりと眺めていた日々を、アウルは思い返す。


(……うん、とりあえず今は、何とかしてこの人たちに相手をしてもらわなきゃ。ここまできて、引き下がるわけにはいかない……!)


 そしてアウルは、挑発を続ける。己の身分は、飽くまで一学士に過ぎない。手合いを受けてくれと普通に頼み込んだところで、まともに取り合ってもらえるはずがない。


 ゆえに『ケンカを売る』しかないのだ――。



◇◆◇◆



「どうしたの? オジサン達強いんでしょ?」

「おじさんじゃねー、まだ24だっての」


 アウルが挑発し、サクリウスが煩わしそうに応対する。


 一方で、そのやり取りを目撃していた他の学士達。彼らはかねてよりサクリウスとワインロックに対し憧れを抱き、崇拝の対象としていた。そんな二人に対し不遜な態度を続けるアウルを見過ごす事などできず、少年の背中へと罵詈雑言の嵐を飛ばす。勿論、ピリムとライカはその野次に参加はしていなかった。


「あーもう、うるさいなあ。みんなもこの二人にムカつかないの?」


 アウルが振り向き嫌々とそう言うと、レスレイが群れの中から学士を代表するかのよう、一歩前へと出てきた。


「アウリストくん、僕から遠慮なく言わせてもらうよ。君は卒業後の進路についてあまり深く考えて無いから理解は出来ないかもしれないけど、僕や彼らのように軍への入隊願望がある者にとって、親衛士団であるサクリウス様とワインロック様は、ある種の神様のような存在なんだよ」


「うん、それで?」


 興味が無さそうにアウルが聞き返す。レスレイは更に続ける。


「そもそも、君は普段からこのゼレスティアの平和が誰のおかげで成立していると思っているんだい? 僕が説明しなくてもそれは、十分に理解しているだろう? でも、理解した上で御二人に向かって君が不遜な態度をこれ以上続けるというのなら、僕達は君を決して許しはしないよ……!」


 そう言い終え、レスレイは丸いレンズの奥から睨みを利かせた。だがアウルは平然と、忌憚なく言い返す。


「……言いたいことは良く分かったよ。じゃあ、まずはレスレイから相手をしてくれるってことだよね? それならいいよ、来なよ」


 団士二人に向けてた身体を翻し、アウルはバンブレードの切っ先をレスレイの方へと向ける。


「……っ!」


 レスレイが息を呑む。先程のライカとの試合を見物してた彼は、当然アウルの実力を見知ってしまった。それゆえ、いざ向けられた剣に対し及び腰となってしまう。後ろに控えた他の学士達も同様に、狼狽えた姿を見せていた。


 ある一人を除いて――。


「ビビるこたねえよ、レスレイ。コイツは俺がやる! 下がってな――!」


 臆することなくそう言い、レスレイを押し退ける様にして威勢良く飛び出してきたのは、黒髪狐目の少年――パシエンスであった。


「さっきから黙って聞いてりゃよ、ライカート如きを相手に圧倒したからって随分と調子に乗ってんじゃねえか、アウリストぉ!」


 アウルがサクリウス達相手にトラブルを起こし、剣術組に居合わせた全員の注目がそちらに向かったことで、結果的にトーナメントはやむなく中止となってしまった。

 パシエンスはこれまで、剣術トーナメントこそが自身の一番輝ける場所だと、信じて疑わなかった。それが中止とくれば当然鬱憤を溜め込む羽目となり、そしてその鬱憤を目の前のアウルで晴らそうと、たった今威勢を表したのだった。


「えーと……ごめん、また名前忘れちゃった。キミで……いいの?」


「パシエンスだパ・シ・エ・ン・スっ! お前絶対わかってて言ってるだろ!」


 舐め切った態度を崩さない相手に、パシエンスは憤慨。跳躍の勢いそのままに、アウルへと斬りかかる――。


 脳天目掛け力任せに放たれた木剣に対し、アウルは先程と同様、冷静に柄で刀身を弾き対応をする。


「ハッ! また()()か! なら……これでどうだっ!」


 しかし、パシエンスも動じない。それどころか弾かれた遠心力を利用し、そのまま側頭部目掛けて横に大きく薙いだのだ。


「何だと……?」


 その驚く声を洩らしたのは、アウルではなくパシエンスだった。当たると確信していた横一文字の剣撃は、アウルの頭頂を掠めるようにして空を切ってしまったのだ。


 そして、前に屈んで回避していたアウルはそのまま懐へと入り込むと、柄頭でパシエンスの腹部を強く突いた――。


「あ……が……っ!」


 鳩尾を強打されたことによって、呼吸筋とも呼ばれる横隔膜が急激にせり上がり、息が詰まる思いにその場でパシエンスが苦しみ悶える。


「パシエンス君―――!」


「大したダメージじゃないからそんなに心配は要らないよ。奥にでも運んであげて」


 慌てて駆け付けてきたレスレイはその言葉を信じ、呻くパシエンスの肩を貸す。そして、その場を後にした二人と入れ替わるように、今度はピリムとライカの二人がアウルの元へと駆け寄った。


「ちょっとアウル、アンタ調子に乗りすぎてるんじゃないの? こんな問題起こしたら後で教士達に何言われるか分かったもんじゃないわよ……?」


 レスレイ、パシエンスとは違いアウルの身を案じながら咎めるピリムだったが、アウルは冷静に返す。


「わかってるよ……でも少しだけ続けさせて。俺の実力がどれだけあるのか試したいんだ」


「え? それってどういう……」

「良いんだよピリム! ちょっと耳貸せっ」


 ポカンとするピリムであったが、アウルの本来の目的をライカから耳打ちされると、渋々と同調をする。



「んじゃ、俺達は大人しく見てるからよ。アウル、健闘を祈るぜ!」


「ああ、任せて!」


 去り際にライカは親指をピッと立てる仕草を向け、アウルもそれに応えて親指を上げてみせた。



「……さて、と。待たせたね」


 再びくるりと振り返り、アウルはサクリウス達に向き直った。


「んー、別に待ってねーよ?」

「そう。じゃあ、どっちが相手してくれるの?」


 アウルは、並んで立つサクリウスとワインロックの顔を交互に見やった。


(面倒くせーなぁ……いくら名門(ピースキーパー)の血を引いてるからって学士相手に戦いたくねーんなけどなぁ。ワインはどうなんだ?)


 と、思考したサクリウス。横目でちらりと、隣にいるワインロックの様子を窺う。


「っjfひghgyfydkfkgkdぁっfkふswxgyfzrztgほkのいびヴvyふsdxkxqpdーどdっfkヴvyctcdrdhーいcds~~」


(あーー、ダメだこりゃ。完全にスイッチ入っちゃってら)


 アウルへの怒りによる、凄まじい文字数で紡がれた言葉。恐らくはただの暴言なのだろうが、口からボソボソと流れ続けるそれはもはや呪詛と呼ぶに相応しかった。


(こうなっちまったら、ワインロック(こいつ)はもう手加減なんてしてくれねーだろーしなー。しゃーねー、オレがやるしかないか……)


 少しの溜め息を吐き、先程投げられたバンブレードを拾い上げたサクリウスは、アウルの前に立つ。


「オレがやるよー。ワインじゃ()()にならなそーだしなー」


 彼のその物言いにアウルが反応を示し、目の色が変わる。


「へえ……〝指導〟? 随分な言い草だね」


「んー? 気に障ったかー? こーいうつまんない皮肉に一々突っ掛かってくる辺り……やっぱりまだまだガキっつーことだなー」


 皮肉に皮肉を重ね、サクリウスが煽り立てる。


「大方、自分の実力を持て余してんのか知らねーけど、さっきから続けてるそのクセー挑発は演技だろ? たまにいるんだよなー、団士(オレら)相手にケンカ吹っ掛けてくるテメーみてーなヤツ」


「……っ!」


 全て、見透かされていた。

 目的も、挑発が演技だというのも――。


「ホラ、来いよガキ。それとも今更イモ引こーってか?」


「この野郎……!」


 そして彼のその煽りは効果覿面(てきめん)だったようだ。少年は握っていた剣に力を込めると、そのまま勢い良く斬りかかっていった――。

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