用無し迷宮の少女
「あなたはとても純粋で一途な人なのですね。リタという人を思う気持ち、とても心に響きました。誰かが誰かを好きになることは素敵なことです。どうか、その気持ちを大事にしてください」
耳心地の良い少し高めの落ち着いた声。
地下迷宮の淡い光に照らされて、目の前に現れたのは同い年くらいの女の子だった。
ついさっきまで羞恥で一杯だった筈なのに、今はその子から目を離せずにいる。
見とれた。見とれてしまった。
月の優しい光を纏ったような銀髪は地面へつきそうなほど伸ばされていて、雲のようにふわふわでボリュームがある。
慈愛が滲む瞳は鮮やかな紫色で、屈託のない上品な笑みが口元に咲いていた。
身に纏うのは、何枚もの薄い布が重ねられたようなドレスを思わせるもの。
とても、とても綺麗で可愛らしい女の子だと思った。
思わず息を飲んでしまうほどに。
貴族のお嬢様、異国のお姫様、天界の女神様。
彼女からはそんなイメージが沸いてくる。
リタとは違う方向性の綺麗な人だった。
ずっと目を離せずにいる僕に、女の子は微笑む。
それだけでカァッと顔が熱くなって、思わず俯いてしまう。
な、何これ!? どういうこと!?
こんな女の子がお世辞にも綺麗とは言えない迷宮にいるなんて、どういうこと!
ひょっとして本土から観光に来て、ここに迷い込んじゃったとか?
あぁ、分からないよ!
分からないけど、何か喋らなきゃ!
「あ、あの! あのあの、あぁ!」
やばい、上手く喋れない。舌が回らない。
思えばリタ以外の女の子とまともに話せたためしがなかった。
あぁ、どうしよう……!
脳内で小さなシフォンたちが目を回して、右往左往している光景が浮かんでくる。
な、何このイメージ! あほだ、僕は!
ひたすらあたふたしている僕に呆れることなく、いつまでも見守ってくれていた彼女は、さらに近づいて来る。
一歩、二歩、三歩と。
そして視界一杯にその整いすぎた顔が広がり、柔らかく少しひんやりとした彼女の両手が僕の両頬を包んだ。
ゆっくりと上を向けさせられる。
目と鼻の先で綺麗なパープルカラーの瞳が、自分を映しているのがはっきり見えた。
僕の瞳にも彼女が映っているのだろうか。
そう思うと、さらに頬は熱を帯びていく。
この熱さと鼓動の高鳴りが伝わってしまうんじゃないかと思うほどに、僕たちの距離は近い。
現実なのに、まるで絵本のようなシュチュエーションに終始どぎまぎしてしまう。
一瞬が永遠に引き延ばされた時の中、彼女の形の良い唇が言葉を紡ぐ。
「まるで太陽の輝きをかき集めたかのような金髪ですね。まんまるな翡翠色の瞳も綺麗。けど、大切なものを諦めようとして諦めきれない迷いの揺らぎが見て取れます」
「え?」
「先ほどの心からの叫びと何か関係がありますか?」
「あ……」
話してみませんか、と言ってもらえたような気がした。
最後まで聞きますよ、と言ってもらえたような気がした。
全部、自分の都合の良いように解釈しているって分かっているけど。
この子なら僕は全てをさらけ出せると。
この時、何故かそう思えてしまった。
震える唇が弱々しい声を吐き出す。
「……良いの? 僕の話しなんて面白くないよ?」
「私はあなたのことを知りたいのです。嫌でなければ聞かせてください」
「……嫌じゃないよ。君に聞いて欲しい。むしろ僕が君を嫌な気持ちにさせるかもしれないよ?」
「構いません。それであなたが少しでも楽になれるのなら。どうぞ私にその思いを吐き出してください」
「っ……!」
心が震えた。
また泣いてしまいそうになるほど、僕という存在の奥底を揺さぶる言葉を彼女はくれる。
やばい。何だよ、これ……!
この子の言葉が、思いが堪らなく嬉しい。
「私はティファ。あなたは?」
「……シフォン。冒険者のシフォン・ユレイだよ」
「シフォン? とても良い響き。私は好きですよ、シフォン」
「そんなことを言われたのは君が初めてだよ、ティファ」
微笑みを絶やさないティファに、僕はぎこちない笑みを返す。
そして、話す決意をした。
自分のこと、リタのこと。
包み隠さず、全て話した。