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聞きたくなかった言葉

 こちらへ誰かが駆け寄る。


 僕のすぐ近く、後ろの方で立ち止まった。


 そしてもう一度、「シフォン……」と窺うような声音で呼ばれる。


 誰かなんて分かっている。


 リタだ。


 一番見つかりたくない人に、また見つかってしまった。


「……どうしたの、その怪我。血も出てるし、まさか一人で未踏領域へ行ったの?」


 後ろから心配そうなリタの声が届く。


 リタらしい相手を気遣う優しい言葉に、懐かしさを感じてしまう。


 だからだろうか、僕は逃げ出さずに彼女へ振り返った。


「……ちょっと苦戦しただけだよ。いつもならもっと上手くやれたんだけど。あははっ、今日は失敗しちゃったよ」


「失敗したって、笑い事じゃないでしょ! こんな怪我ばっかりしていたら体がもたないって分かってるの! ……ちょっと待ってて。今、うちの子に頼んで怪我を治してもらうから」


「い、いいって! その人にも悪いし、きっと良い顔はされないからさ……」


 クランというのは閉鎖的な組織だ。


 クランのメンバーならいざ知れず、見ず知らずの冒険者なんかわざわざ助けたりしない。


 それにリタに迷惑をかけたくなかった。


 せっかく有名なクランのメンバーになったのに、僕のせいでリタの立場が危うくなったら、悔やんでも悔やみきれなくなる。


 だから僕は下手くそな笑みを作り、リタを引き止める。


 たぶん、それが引き金だった。


 リタの口から聞きたくなかった言葉が、悲鳴にも似た勢いで飛び出してきたのは。


「何言ってるの! シフォンはレベル1でまともなスキルを持ってないのよ! それがどういうことかちゃんと分かってるの! 未踏領域へ行けば簡単に死んじゃうってことなのよ! なのに、何で分からないの! 何でまだ冒険者をやっているの! ……私はもうあなたは村へ帰ったと思っていたのに」


「……え? リ、タ?」


「……何でまだあなたはトヴァレに居るの? まともに冒険者をできないのに! ねぇシフォン、何でよ!」


 溜め込んだ思いを吐き出すように、リタは叫んでいた。


 一瞬泣き出しそうな顔をしたけど、すぐに責めるような鋭い視線を僕へ向けてきた。


 射抜くようなリタの視線に動けなくなる。


 頭の中が真っ白になって、異様に口の中が乾く。


 意識が朦朧としてきて、今自分が何を言われたのかよく分からなかった。


 いいや、違う。


 理解したくなかったのだ。


 ──レベル1。


 ──まともなスキルを持ってない。


 ──何でまだ冒険者をやっているの。


 ──村へ帰ったと思っていたのに。


 ──何でまだトヴァレに居るの。


 ──まともに冒険者をできないのに。


 言われた。


 他でもないリタに……。


 他の誰かに言われても何とも思わなかった言葉を、憧れの人に、リタに言われた。


 雨とは違う温もりのある滴が、頬を伝っていくような気がした。


 同時に粘着質な黒々とした感情が胸の内に渦巻き、喉元へ競り上がってくる。


 ここまで来たら、吐き出さないと気持ち悪いと思った。


 だから僕はそれを勢いに任せて、嘔吐した。


「……何でって、リタに分かるわけないじゃないか!」


「……え?」


「リタには一生分からないよ! レアなスキルをたくさん持ってて、努力した分だけレベルだって上がるリタに僕の気持ちなんて分かるわけがない! 恵まれた人に恵まれない人の何が分かるって言うんだよ!」


「……シ、フォン?」


「君が易々とやってのけることができないってだけで、どれだけ苦しいと思っているんだ! 追いつけないことがこんなにも辛いなんて、絶対に、リタに分かるわけがない!」


 息が続かない、呼吸が苦しい。


 熱を帯びた思考が正常に働かない中、視線は睨み付けるようにリタへ向いていた。


 リタは困惑していた。


 僕がこんなことを言うとは思っていなかったのだろう。


 何も言えず、ただ立ち尽くしていた。


 どことなく悲しそうに見えたのは気のせいか。


 分からない。


 視界が歪んでいて、もう分からない。


 それでも──。


「僕は! 冒険者を続ける。リタから何を言われても……!」


「シフォン……!」


 僕たちの思いは一方通行だ。


 もう、どうしようもない。


 冒険者を辞めて欲しいリタと、冒険者でいたい僕。


 譲れない。


 絶対にこれだけは譲れないんだ。


 僕にとって失っちゃいけない芯のようなものなんだ。


 雨が降りしきる中、僕とリタはお互いの瞳にお互いを映したまま、微動だにせず対峙していた。


 遠くで《月夜の黒狼》の冒険者たちがざわついている。


 言い合いをしている僕たちのようすを窺っているように見えた。


 ふと、周りを見れば大通りを歩く人達の注目も集めていることに気づいた。


 目立ちすぎたんだ……。


 あんな大声を出せばそうなるよね!?


 気づいてしまえば羞恥で顔が熱くなる。


 急激に恥ずかしくなった僕は踵を返し、逃げるようにその場を離れていく。


 なるべく目立たないように、体を小さくしながら逃走した。


 今度こそ、リタは呼び止めなかった。


 正しい選択だと思う。


 そう思うのに、少し寂しいような悲しいような、何とも言えない感情が浮かんでは沈むを繰り返した。

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