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再会

 魔石の買い取りをギルド本部で済ませ、わずかばかりの金銭を懐にしまった僕は大通りを進む。


 時折空腹感に襲われるが、余りお金もないので無駄遣いはできない。


 今日の稼ぎでは売れ残りのパンを買うのが精一杯だし、それも何日かに別けて食べるしかない。


 なので食べるのは今ではなく、一日の終わりにした方が良い。


 うん、夜に取っておこう。


 と、かなり切ない決意をして歩き続けると右手にある広場がやけに騒がしいのに気づいた。


「……何だろう?」


 そこまで興味はなかったけど、このまま立ち去るのは何だか気持ちが悪いので近づいてみる。


 広場には大勢の冒険者がいて、その中心にいる二人の男女が周りの冒険者から羨望の眼差しと共に話し掛けられていた。


 その二人の男女を見た瞬間、心臓を鷲掴みにされたような感覚に襲われる。


 目を限界まで見開き、震える唇から掠れた弱々しい声が勝手に漏れた。


「……リ、タ」


 見間違える筈がない。


 装備は見違えるほど良いものになっているけど、あの赤みがかった金髪と花が咲いたような暖かな笑顔はリタだ。


 心臓が早鐘を打つ中、恐る恐る視線をスライドさせる。


 リタの隣に立っている男は……。


 あぁ、そういうことか……。


 アルス・フィンレット。


 漆黒の髪に切れ長の瞳。


 平均を大きく上回る上背に、筋肉質でありながら引き締まった体格は、さぞ両の腰に差した剣を自在に扱えるだろう。


 おまけに顔も良く、彼の周りにいる冒険者の女の子は頬を染め、とろんとした瞳でアルスを見上げていた。


 冒険者の集団組織であるクランの中でも、四大勢力の一つと冒険者ギルドにその実力を認めさせた《月夜の黒狼》を率いる冒険者。


 それがリタの隣にいるアルスだ。


 リタとアルスの周りにいるのはそのクランの冒険者だろう。


 まだリタとパーティを組んでいた時、アルスには何度か助けてもらったことがある。


 頼りになるし、格好いい人だ。


 僕の中の男の理想といってもいい。


 そっか……。


 リタ、アルスの誘いを受けて《月夜の黒狼》に入ったんだね。


 そっか、アルスは凄い人だもんね。


 僕と違って頼りになるし、強力なスキルだって持ってるし。


「……はっ、あははっ……」


 そうやって二人並ぶとなんかその、あぁ、お似合いだよ。


 美男美女って感じで、すごく釣り合いがとれてるし、もう話すこともないだろうけど、陰ながら祝福するよ。


「……なんで」


 でも、できればクランには入って欲しくなかったなぁ。


 いつか、ほんと他愛のない会話の中だったけど、僕がクランを作って一緒にトヴァレで一番のクランにしようって話したじゃないか。


 リタはもう忘れたのかな。


「……お前にそんなことができるわけないだろ。屑スキルの落ちこぼれのくせに」


 だけど忘れられても仕方ないか。


 だってそんな夢は絶対に実現しないんだ。


 僕の戯れ言になんかに付き合わず、力のあるアルスのクランに入ったのは正解だよ。


 でもやっぱり僕は──。


「……うるさい。自分からリタの傍を離れたのに、いつまでも未練がましいんだよ! 《エターナル・ワン》のくせに調子に乗るな!」


 感情が二つ存在しているみたいに思っていることと、喉から競り上がってくる言葉が酷く剥離していた。


 鼻の奥がつんとする。


 こんな光景は見たくない。


 沸き起こるどす黒い感情が嫌で仕方ないのに、まるで石化の魔法でも受けたように、その場から一歩たりとも動けずにいた。


 次の瞬間、僕は動けずにいたことを後悔する。


 アルスと目が合ったのだ。


 彼は周りの冒険者に「すまない」と告げて、リタを伴ってこっちへ近づいて来る。


 左右に別れる人々、僕とアルスたちの間に一本の道ができる。


 嫌だ、嫌だ、嫌だ!


 逃げ出したい!


 焦燥は募るのに、足は地面に縫い付けられたように言うことを聞いてくれない。


 とんでもないポンコツだ!


 そして二つの影が僕に重なる。


 目の前には二人がいる。


 恐る恐る顔を上げると、アルスが話し掛けてくる。


「やぁ、シフォンじゃないか。随分久しいな。姿を見なくなってから一年近く経つか?」


「う、うん! そうかも! 僕も色々あって顔を出せなくて!」


 ここまできたらもう逃げられない。


 覚悟を決めて、詰まりながらも何とか言葉を返す。


 寒くもないのに体は小刻みに震え、手汗は止まらず、服に擦りつけて拭う。


 アルスは僕の言葉を聞いて、口元に笑みを滲ませた。


「折角だ、少し話していかないか?」


「え?」


「お前とリタは頻繁に会っているから良いが、俺とは久しぶりだぞ。少しくらい顔を貸せ。というよりも会うなら俺も誘って欲しかったんだがな。仲間外れはそれなりに寂しいぞ。なぁリタ?」


 親しげに、そう言ったアルスは僕がリタから離れたことを知らない。


 自分のクランに入っても、何処かで僕と繋がっていると思っているのだろう。


 だから、この発言にも他意はないはず。


 でなければ、リタを僕の所まで連れて来たりしない。


 僕の知っている限り、アルスはそんな嫌な奴ではないから。


 だけどそうはいっても、話を振られたリタは実に気まずそうだ。


 どんな顔をすれば良いか分からない。


 どんなことを話せば良いか分からない。


 きっと僕と同じ思いを抱いているのだろう。


 これはお互いにとって、意図しない事故のようなものだ。


 表面だけをなぞって終わりにすれば傷つかずに済むし、それなりの言葉でそれなりの笑みでそれなりの別れをすれば良い。


 緊張を無理矢理押さえつけて、下手くそな笑みを何とか作って、リタの言葉をアルスと共に待つ。


 だけど、リタは僕が思い描いたものとは違うものを選んだ。


「……シフォンとはもう随分長いこと会ってないわ。今日、久しぶりに再会したのよ」

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