クロエ・ロア
赤色の魔物を阻む大盾の前に、クロエは一人立つ。
これから魔物を相手にするというのに、クロエの手には武器の一つも無い。
それは特段珍しくも無い光景であり、そもそも彼女は武具というものを一切持ち歩かない。
その場で作ることが出来ることこそ、クロエ・ロアという冒険者の最大の強みでもあるからだ。
「さて、とりあえずミスリルが足りませんね。ポンポンポンっと」
場に似つかわしく無いのんきな声で、彼女は履いている自らのスカートをポンポンポンっと三度叩いた。
すると、スカートの中から拳大の金属塊が幾つも落ちてきて、クロエの足下に転がる。
「これで足りますかねぇ。相手が相手なので本当はオリハルコンが良かったのですが、無いものを言っても仕方ありませんね」
不満を漏らしている間にもクロエの足下に転がる金属塊、ミスリルの塊はそれぞれ展開された魔法陣に包まれ、淡い光を帯びる。
発光するミスリル塊はその硬度を無くし、粘土のような柔らかさで絶えず形を変化させていた。
クロエは片手を突き出し、囁く。
「貫きなさい、【銀槍】」
凛とした声に応えるのは、彼女の足下に転がるミスリル塊だ。
それらは輝きを強め、銀色の槍へと変貌した。
穂先を大地に突き刺した状態で生み出されたのは、四本の銀槍。
銀槍にリタの氷剣のような細かな細工は一切無い。
だが、武器として確かな能力を持っているように感じられた。
「ふむ、問題ありませんね。今日も良い仕上がりです、ねっ!」
ミスリル製の槍。
その内の一本を手に取ったクロエはクルクルと回転させて手元で弄んだ後、大盾目掛けて投擲する。
さらに続けて二本目、三本目、四本目。
ステータスの高さに任せたほぼ同時投擲。
圧倒的な加速を纏い、飛翔する四本の銀槍は数瞬後、正面の大盾へ激突するかに思われたが、そうはならなかった。
突如、大盾が固さを失いグニャグニャと形を歪ませ、槍一本が通れるほどの穴を四つ開ける。
銀槍はその穴を通り、一切の減速をすることなく赤色の魔物へ衝突した。
「グオオォッ……!」
確実に当たった。
魔物の肉体に、四本の槍は確かに当たったのだ。
しかし、それだけで突き刺さりはしなかった。
驚異的な固さを持つ肉体を穿つことはできず、銀色の槍はひしゃげ、魔物の足下に転がっている。
その光景に魔物は薄く笑った。
こんなものは効かないと。
その光景にクロエは薄く笑った。
こんなものでは終わらないと。
「縛りなさい、【銀鎖】」
ひしゃげた銀色の槍が、穴の開いた大盾が、溶けるようにその形を歪ませる。
融解した金属の如くドロドロに溶けたミスリルの塊は、主の命令に従って次の形に変化した。
作り直され、その場に現れたのは銀色の輝きを振り撒く鎖だ。
膨大な量のミスリルから生み出された鎖は幾重もの銀線を宙へ描き、魔物の身体を拘束する。
首に巻き付き、腕に巻き付き、足に巻き付き、きつくきつく縛り上げた。
「グオオォッ……!?」
たまらず魔物は苦悶の声を漏らし、引きちぎるように暴れ狂うが、巻き付いた鎖は一切緩まず与えられた役目を愚直に全うする。
その様子に安堵するクロエは後方を振り返って、叫ぶ。
「今ですリタ様! 決めちゃってくださいっ!」




