迫る死神
高速の抜刀。
鞘から抜き放たれた剣、その切っ先を赤色の魔物へ向けたリタは宙に一つの魔法陣を展開させる。
青白い発光を灯す光の円環はリタから注ぎ込まれる魔力に反応して、さらに輝きを増す。
魔法陣から即座に生み出されたのは、巨大な氷剣だ。
精緻な細工がなされた氷剣はリタの剣と同じく、鋭い刃の先を魔物へ向けていた。
より一層高まる緊張感の中、開戦の気配を敏感に感じ取ったクロエが身構える隣で、リタは囁く。
「行きなさい、【氷剣】」
静かな命令に従うのは、リタの魔法である氷の巨剣。
空気の壁を切り裂き、滑るように飛翔する氷剣は魔物目掛けて駆けて行く。
数瞬としないうちに氷の剣は赤色の魔物を貫くはずだが、当の魔物は微動だにせず、未だ進路上に立ち塞がったままだった。
その光景に違和感を覚えるリタは一抹の不安を抱えたまま、氷剣が魔物へ衝突する瞬間を目にする。
けたたましく響くのは、硝子が砕けるかのような音。
舞い上がるのは、粉々に砕け散った氷の粒と一時的に魔物の姿を見失うほどの砂塵。
砂埃に混じってひんやりとした空気が押し寄せる中、リタ達は視界が良好になるのを待つ。
やがて砂塵が晴れると、
「っ……!?」
その場にいる冒険者の誰もが、驚きに目を見開く。
リタ達の視線の先には、氷剣が衝突する前と同じように佇む赤色の魔物がいた。
一切の傷を負わず何事も無かったように存在する魔物の姿に、後方に控える新人冒険者は驚愕よりも恐怖を強く覚え、リタとクロエは魔物の頑丈さに衝撃を受けていた。
二人が思うことはただ一つで同じもの。
先程の一撃は決して無傷でいられるものではない、だ。
リタとしては、即座に使える魔法の中で最も威力の高いものを放った自覚がある。
一切手を抜いていないし、相手がゴブリンロードであったならばオーバーキルもいいところなのだが。
結果としてリタが感じていた通り、あれは異質な魔物だったということになる。
「リタ様……」
「えぇ、良くないわねこれは……」
自分達が置かれた状況を正しく理解した二人は厳しい眼差しを向けたまま、言葉を交わし合う。
その表情には僅かな焦りが滲んでいた。
「グオオォッ……!」
低い唸り声を上げて、これまで沈黙を保っていた赤色の魔物がついに動く。
魔物は大剣を肩に担いだまま、一歩二歩と歩みを進め──突如駆け出す。
巨体を揺らし、怪物が大地を踏み締める度に体がよろめくほどの振動に襲われる。
ズドン、ズドン、ズドンと。
魔物の巨体が見た目以上に大きく見えるほどの重量感と圧迫感を携えて、迫って来る。
ズドン、ズドン、ズドンと。
その光景に、団員達は死を予感したのか怯えた様子で顔を歪ませる。
リタとクロエでさえ、迫る死神に強い恐怖を抱かずにはいられなかった。




