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絶望の日々

「ギイイッ!」


「クッ!」


 頭上から棍棒が振り降ろされる。


 すかさず後ろへ跳べば、さっきまでいた場所に棍棒が叩き込まれ、土を舞い上がらせた。


 い、今のは危なかった……!


 高ぶった鼓動を落ち着かせるために、荒い呼吸を繰り返すと少しずつ思考が冷えてくる。


 すぐさま武器の片手剣を構え、額から頬へ伝う汗を拭いもせずに、正面だけに意識を集中させた。


 一体の魔物、ゴブリンだ。


 緑色の肌に子供のような体格。


 腰には薄汚い布を巻きつけていて、赤い目を歪ませ、こちらを睨み付けていた。


 ゴブリンの右手には、唯一の武器である棍棒が握られている。


 不用意な接近は危険だと、先ほど身をもって知った。


 あの魔物は見た目以上に機動力がある。


 一人だけの僕には少しきついかもしれない……。


 クソッ! クソッ! クソッ!


 何で僕はゴブリンなんかに苦戦してんだよ!


 僕は! 僕はぁっ!


「グッ、があぁぁあぁっ!」


 渦巻く感情が思考を白く塗り潰す。


 体は何の策もない無謀な突撃を開始させた。


 足が重い。すぐに息が上がる。


 何もかもが煩わしい。


 行き場のない思いをぶつけるように剣を振り上げ、ゴブリン目掛けて袈裟斬りに振り降ろす。


 だが、ゴブリンは棍棒を横に構え、両手で握ると、力の限り振るった剣撃はいとも容易く受け止められてしまう。


 噛み締めた奥歯がギチリと嫌な音を鳴らした。


 あぁ、クソッ! 何でこうなるんだ!


 次の機会を窺うために距離を取ろうとするが、棍棒に深く食い込んだ片手剣がなかなか抜けてくれない。


 何度、力を入れて引っ張っても抜ける様子がない。


 僅かな焦りが沸き上がった瞬間、背筋に悪寒が走る。


 剣からゴブリンへ視線を移動させると、あの魔物は笑っていた。


 醜悪な笑みに顔を歪ませ、赤い目がギョロリと動く。


 あ……やばい……。死……。


「ねるかあぁぁあ!」


 吠えた。吠えなきゃやってられなかった。


 使えない武器から手を離し、予備の武器として持ってきていた短剣を引き抜く。


 まるで獣のような雄叫びを上げながら、隙だらけの喉元へ短剣を突き出す。


 狙い通りゴブリンの喉元へ命中し、肉を裂く生々しい感触を無視してより奥へ差し込む。


 傾いだゴブリンがヒュヒュと奇妙な呼吸音を漏らす中、僕は気が気じゃなかった。


 もうこれで死んでくれよ、悪あがきとかするなよ。


 頼むから僕に殺されてくれ!


 ただひたすらに祈った。


 早くこの命のやりとりを終えたいと。


 張りつめた緊張をゆるめたいと。


 懇願にも近い祈りが通じたのか、じたばたともがいていたゴブリンの体から力が抜けていき、だらりと腕が垂れ下がる。


 握られていた棍棒は地面へ落ちて転がった。


 お、終わった……。やっと終わった。


 戦いに勝ったことに対する喜びの感情はない。


  そんなものは最初だけだった。


 今はもう生きていることに胸を撫で下ろすことしかできない。


 やがてゴブリンの体は光の粒へ変わっていき、風に乗って舞い上がる。


 地面へ落ちて転がったのは、魔物の心臓であり魔力の塊でもある魔石だけだった。


 それを拾う。


 小石くらいの大きさである魔石は紫色をしていた。


 魔物を、ゴブリンを倒した証でもある魔石を握り締める。


 そよ風が頬を撫でていき、何の気なしに周りを見回すと、どこを見ても木や草が生えていて、視界は緑色に埋め尽くされていた。


 そして再認識する。


 自分が一人であると。


 リタが隣から居なくなってから一年が経とうというのに、未だ違和感を感じている自分がいる。


「ほんと、未練がましいなぁ……。僕は……」


 仄暗い感情と共に、口元には嫌な笑みが作られていく。


 ここはガレヴァン大森林。


 《未踏領域》序盤にあるここで、僕はもう随分長いこと足踏みしている。


 いや、諦めたといった方が正しいのかも知れない。


 自身の呪われた体質と、役立たずなスキルのせいで。


 だって仕方ないじゃないか。


 僕は世にも珍しい《エターナル・ワン》なのだから。







 アグレア大陸。


 ファルファリア王国を中心に様々な国々が存在するその大陸の北部に、《未踏領域》への入り口が隣接している。


 隣接しているといっても地続きになっている訳ではなく、昔の冒険者が建設した巨大な橋が架かっていて、《未踏領域》へ渡ることができた。


 巨大な橋を越えた先に、《未踏領域》攻略の拠点となる都市がある。


 攻略最前線城塞都市トヴァレ。


 全長三十メートルを超える壁に囲まれた、大規模な城塞都市。


 人類の領域へ魔物を入らせず、冒険者を《未踏領域》へと送り出し続ける役目を背負っている都市だ。


 トヴァレは冒険者の街であり、どの国の干渉も受け付けない。


 もし《未踏領域》の攻略を妨げるようなら、全ての冒険者が敵となるだろう。


 そんな街、トヴァレへ僕は魔石一つの稼ぎと共に帰ってきた。


 《未踏領域》へ侵攻する門は、冒険者ギルドという組織が管理している。


 冒険者ギルドは昔にこの都市を建設し、《未踏領域》攻略の足掛かりを作った冒険者集団を中心に結成され、現在でも大きな力をもつ一大組織だ。



 門を通るのにもこの冒険者ギルドに登録され、冒険者と認められた者だけで、魔石の独占なども積極的に行っている。


 魔石は魔力というエネルギーの塊で様々な利用価値があり、冒険者ギルドはトヴァレで魔石を利用した物、魔導具を作り、高値で大陸へ流通させていた。


 その利益は凄まじく、一国を遥かに凌ぐと言われている。


 そして冒険者が絶対に守らなければならないルールがある。


 それは《未踏領域》で回収した魔石の全てを冒険者ギルドで売却しなければならないというものだ。


 トヴァレを唯一の魔石製品生産都市としたい冒険者ギルドは、魔石が他所の国へ流れるのを嫌う。


 そのため冒険者ギルドが定めたルールを破り、勝手に魔石を大陸へ流す行為は重罪にあたり、冒険者ギルドお抱えの元冒険者から断罪されるらしい。


 とはいっても大抵の冒険者は、ギルドが定めたルールをきっちり守る。


 守らなければトヴァレに居られなくなるからだ。


 そうして徐々に見えてきた巨大な開閉門を抜け、トヴァレの街へ入る。


 視界には街を一直線に走るメインストリートが映る。


 行き交う人々のほとんどは冒険者。


 というよりもトヴァレの人々の七割以上が冒険者だ。


 残りは元冒険者や職人、商人などでただの一般人は観光に訪れても住み着くことはない。


 この街は住んでいるだけで他所よりも遥かに命の危険があるからだ。


 そんなことを思っていると、刺さるような視線を感じた。


 チラリと背後を窺うと、開閉門の管理という名目で冒険者の動向を監視している冒険者ギルドの職員が、武器を片手にこちらを睨み付けていた。


 めちゃくちゃ怖い……。


 たぶん立ち止まっていたのを不審に思われたのだろう。


 ここで不審な行動、魔石の横流しをするために冒険者ギルドの本部へ寄らないなどの動きをすれば、すぐさま声を掛けられ、理由次第ではその場で捕縛されてしまう。


 ギルド職員は元冒険者、しかも高レベルであることが多く、絶対に逃げ切れない。


 大人しく定められたルールを全うするのが賢い生き方だ。


 ここは僕が思い描いたような所じゃなかった。


 酷く閉鎖的で、おのれの欲望に忠実な人しかいない。


 それが本当の冒険者だと知ってしまった。


 できるなら、知りたくなかった……。

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