表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/35

憧れの人

 昔々、世界を作り出した創造神は自身の役目を手伝わせるために七柱の神を作ることを思いつきました。


 天を穿たんと君臨する霊峰を削り、海の奥深く、生命の起源である命の水を汲み上げて神を作る材料にします。


 霊峰の土と命の水を混ぜて、創造神は泥人形の神を七柱作りました。


 泥人形といっても創造神が作り出したもの。


 それは下界に住まう生命とは一線を画出来映えで、命だってあります。


 しかしやっとのことで作り出した泥人形の神々は、創造神が想定していたものより遥かに優秀だったのです。


 きっと優秀すぎたのが良くなかったのでしょう。


 自身の立場が危ういと考えた創造神は、泥人形の神々を天界から地上、下界へ落としました。


 落とされた泥人形は生きたいと必死に足掻き、下界の大地と同化しました。


 自身を守る砦を欲した泥人形は地下迷宮を、ダンジョンを作り出します。


 ダンジョンを統べる者として、奥底の部屋で創造神から身を守ることにしました。


 その光景を天界から見ていた創造神は、泥人形たちのしぶとさに激怒します。


 あんなものは存在してはならぬと。


 しかし創造神は世界を保つ役目を果たすために、おいそれとは下界へ行けません。


 ならばと閃いた創造神は、下界に蔓延る人間にその役目を与えました。


 人間は創造神が暇潰しで作り出した泥人形以下の存在ですが、役目を与えられた人間は喜びにうちひしがれ、歓喜します。


 創造神は言いました。


 邪神の根城であるダンジョンを攻略せよと、泥人形の息の根を止めて世界の平和を保てと。


 我の願いを聞き届ける者には、加護をやると言いました。


 創造神に忠誠を誓った人間は加護を授かり、泥人形が逃げ延びた《未踏領域》へ進行して来ます。


 加護を得た人間は創造神の眷属です。


 焦りを覚えた泥人形も、創造神のまねごとをして、眷属を作りました。


 魔物と呼ばれるそれらは酷く醜悪で、人間のような造形にはなりませんでしたが、戦わせるには充分です。


 そして《未踏領域》と呼ばれる一つの大陸で巻き起こる創造神と泥人形、人間と魔物の戦いが始まりました。


 魔物を倒し、ダンジョンの最奥へ向かってくる者。


 創造神の眷属を泥人形は恐れます。


 どうか、私達を殺さないでくださいと。


 願わくば私達の力になって欲しいのですと。


 ダンジョンの奥底で、私は祈るのです。







 創造神ガイアス様に忠誠を誓えば、神の加護を授かることができる。


 授かった者は人の器を超えることを許され、魔物と戦う力を得ることができた。


 自身の強さを正確に表すステータス。


 超人的な才能、技能、能力であるスキル。


 加護を授かった者はそれらの力に目覚める。


 かくゆう僕、シフォン・ユレイも神殿で創造神の石像を前にお祈りを捧げていた。


 この神殿では十五才になり、魔物と戦う意思を持つ者に無償で創造神へお祈りを捧げることを許している。


 そして僕は今日、神の加護を授かるんだ。


 特に楽しみにしているのはスキル。


 これがどんなものになるかで、これからが決まるといっていいと思う。


 戦闘に特化したスキルならどんな魔物も切り伏せられる剣士にだってなれるだろうし、魔法に特化したスキルなら一発で数十体の魔物をほふることができる魔法を使えるかもしれない。


 まさにお伽噺に出てくるような英雄になれる可能性が誰にでもあって、僕だって例外ではない。


 そう思うとワクワクしてきて、落ち着かなくなる。


 あぁ、創造神様! 早く僕に加護をお与えください!


 今か今かと待ち焦がれていると、突然頭の中に文字が浮かんできた。



《名前》シフォン・ユレイ

《レベル》1

《種族》人族

《主神》ガイアス


筋力13

耐久9

魔力8

敏捷17

器用12

幸運4


《保有スキル》

【経験値増加】

魔物を倒したさいの取得経験値増大。



 きた、これが今の僕のステータスで正確に表した強さだ。


 そしてスキル。


 【経験値増加】かぁ。


 スキルの説明を読むかぎりそんなに悪くないんじゃないかな。


 同じ魔物を倒しても僕だけが多く経験値を貰えるってことだから、すぐにレベルアップできるし。


 レベルが高い方が器も大きくなり、ステータスのパラメーターも跳ね上がって強くなれるし。


 このスキルは当たりだ。


 これで僕も格好いい冒険者になれるぞ!


 心の中で大喜びする僕、しまいには小躍りしだす始末だ。


 この気持ちを早く伝えよう、あの人に。







 神殿のある街から僕が暮らすソント村は、馬車を使って三時間程度の所にある。


 ソント村はこれといった特産品もないし、貧しいけど村の皆で協力して何とか生活できている。


 親のいない僕は村の人から特に良くしてもらっていて、いつか恩返しがしたいと常々思っていた。


 そして加護を得るために出発した僕は今、帰ってきたのだ。


 村の周りには獣が入ってこないように木材を使った柵が立っていて、唯一の正面入り口には腕に自信のある村のおじさんが武器を片手に怪しい奴が入ってこないか見張りをしていた。


 正面入り口に辿り着くと見張りのおじさんは僕に気づき、声をかけてくれる。


「ようシフォン、帰ってきたな! ちゃんと加護は貰えたか? 良いスキルが手に入ったのならさっさとリタに自慢しに行けよ。あいつ喜ぶぞ」


「うん、そのつもり! おじさんもいつも村を守ってくれてありがとう!」


 感謝を告げて、急いで村の中へ入る。


 村の中央にある広場、そこにある井戸を曲がり、足早に村の奥へ進むとひらけた空間が見えてきた。


 修練場として使われている場所で加護を授かった村人がスキルや魔法を試したり、感覚を掴むために訪れる所だ。


 加護を授かっていても魔物を倒さないとレベルアップはしない。


 だが、村に近づく獣を追い払ったり、狩りをするだけならレベル1でも充分らしい。


 そしてこの時間の修練場には、あの人がいる。


 邪魔にならないようにこっそり近づくと、他に誰も居ない修練場で一人佇む少女がいた。


 日の光をきらきらと反射させる赤みがかった金髪は腰まで伸ばされていて、そよ風と戯れる。


 整った顔立ちには凛々しさが滲み出ていて、右手は剣帯に吊るされた剣の柄へと添えられていた。


 リタだ。リタ・ユーフェ。


 一つ年上の少女は、眼前に設置された獣に見立てたまるたへ赤い瞳を向け──。


 次の瞬間、剣を閃かせた。


 ぼくには剣の軌跡が全く見えず、リタの剣撃を受けたまるたは上下斜めに擦れ落ちる。


 見事な剣の腕を見せたリタだけど、納得いってない表情で剣を鞘へ戻していた。


 す、凄い……!


 一連の動作を僕は間抜けな顔で見つめていたが、次第に羨望の眼差しを向けているのが自分でも分かった。


 胸に沸き起こるのは圧倒的な憧れ。


 可憐な容姿からは想像できないほどの剣の腕前。


 まるたは美しい断面を晒し、もう一度くっついてしまうのではないかと思わせるほどだ。


 あぁ、僕はこの女の子に憧れたのだ。


 同じくらい強くなりたいと思ったからこそ、加護を貰いに行ったんだ。


 そう再度、認識させられた。


 ただただ内に沸き起こる想いに酔い、立ち尽くしていると、僕の存在に気づいたリタがこちらを向く。


 振り返る動作にならって、赤みがかった金髪が跳ねた。


「おかえり、シフォン! 早かったね!」


 ぱっと花が咲いたような笑顔で、リタはぱたぱたと近づいてくる。


 身長は、少しリタの方が高い。でもつま先立ちすれば同じくらいになれるかも。


 そんなちょっとしたことを気にしながらも、僕は帰ってきたことを報告する。


「うん、ただいま。朝早くから神殿に行ってたから昼には帰ってこれたんだ。ちゃんと加護だって貰えたよ。スキルだって結構良いやつだったし」


「へえ~、そうなんだぁ。ちなみにどんなスキルだったの?」


 興味津々といった様子で、悪戯っぽい笑みと共にリタはそんなことを聞いてくる。


 年上でいつも大人っぽいのに、こういうところは僕とあまり変わらないなぁ。


 まぁ、別に良いけどさ。


 本来であればスキルについての詮索は、余程のことがなければお互いしないという暗黙の了解があるけど、リタは僕に全てのスキルを開示しているから教えても構わない。


 それにリタは無闇に言いふらす人じゃないしね。


 ちなみにリタのスキルは【先読み】【魔女の器】【氷結の姫】の三つだ。


 【先読み】は相手の動きを予備動作から予測することができる。


 【魔女の器】は膨大な魔力を産み出せて、ステータスパラメーターの魔力を大幅に強化する。


 【氷結の姫】は氷属性の魔法適性が極めて高くなり、氷属性の魔法を大幅に強化するというものだ。


 教えてもらった時に、三つもスキルを持っているなんてリタは凄いって言ってたなぁ。


 でもそう思うと僕のスキルは一つだけか……。


 この時点ですでに結構な差が開いているよね……。


 何だか急に言いたくなくなってきたけど、期待に満ちたリタの目から逃れられる訳もなく、渋々口を開く。


「えー、えっと……。【経験値増加】って言うんだけど……。スキルの効果は魔物を倒したさいの取得経験値が増大するってものなんだ……」


 スキルに自信がない訳ではないけど、リタがどういう反応をするのか気になってしょうがない。


 だからか僕の声は次第に勢いをなくし、小さくなってしまった。


 あぁ、何をやってんだ僕は! もっと自信を持てよ!


 昔から自分に自信がなく、人の顔色を窺ってしまう。


 十五才になって加護を授かっても、そういう本質的なところは変わっていない。


 はっきりいって自分が情けなくなる。


 何で僕はこんなにも自分に自信がないんだ……。


 ちょっとした自己嫌悪に陥り、俯きがちになるが、驚くリタの表情を視界の端に捉える。


 ゆっくりと顔を上げると、リタは真っ直ぐ僕の目を見つめていた。


「……シフォン、そのスキルかなり凄いよ。特にレベルの高さが強さの基準になる冒険者になるなら尚更合ってる。間違いなく当たりスキル。おめでとう、夢にまた一歩近づいたね!」


 自分のことのようにリタは喜び、僕の手を取るリタの柔らかな手の感触に鼓動は高まり、顔が一気に熱くなる。


 だけど彼女の目尻に涙が溜まり、こぼれ落ちるのを見て、ふわふわとした浮わついた気持ちは霧散した。


 自分に向けられるリタの思いが、今は心から嬉しい。


 リタだから尚更嬉しい。


 僕はリタのことが──。


「……リタ」


「うん、何?」


「一年、待っててくれてありがとう。僕、頑張るから。一緒に夢を追いかけよう。一緒に!」


「うん。冒険者になってダンジョンを攻略しよう! 昔、約束したとおり二人で二人の夢を叶えに行こうね」


 僕らの夢、子供の頃からの約束。


 たまに村を訪れる商人が面白可笑しく話してくれた勇気ある者たちの物語。


 冒険者と呼ばれる者たちの活躍に僕とリタは心踊らせ、夢中になった。


 《未踏領域》と呼ばれる未開の地に溢れる魔物を倒し、ダンジョンの主である邪神の打倒を掲げる者たち。


 未知を求め財宝を探しだし、信頼できる仲間と神の意思を体現する冒険者に僕らは憧れた。


 そして今、僕が加護を授かったことで全ての準備が整う。


 今日のためにリタは一年間、僕を待っててくれた。


 去年、自分が加護を授かってすぐに《未踏領域》へ行けたのに、幼馴染みの女の子はずっと待っていてくれた。


 だからこそ彼女に誇れ、彼女が誇れる冒険者になろうと思う。


 いや、なる。


 僕はリタと一緒に冒険者として《未踏領域》を切り開き、全てのダンジョンを攻略してみせる!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ