狼恋(ろうごい)
2014.11.1
北の方の雪山に、木で作られた小さな小屋があった。辺には数え切れるほどの量の木が 植えられ、枝は真っ白な雪に覆われている。まるで世界中の声が全て消えたような静寂の中で、私は彼と━━親愛なる彼と、一緒に暮らしている。
私たちは狩りで商売をしていた。毎週、商人たちがこの雪山まで来て、狼の皮を買い取 ってくれている。生活は退屈なばかりだ、楽しさなんて一つもない。でも不満はなかった、 なぜなら━━少なくとも私にとっては━━親愛なる彼がそばに居てくれているるから。
そんなある日、私は死んだ。
どう死んだのだろうか。記憶にあるのはただ、死ぬ前、私は雪の上で、仰向けになっていたこと。周囲に木はなかった、私たちの小屋も。とても静かだった。。。。心臓がバクバ ク鳴り止む声を聞きながら私は死んでいった。
そしで、目が覚めた。
どう覚めたのだろうか。記憶にあるのはただ、私が雪の上に座っていたこと。周囲に木はなかった、私たちの小屋も。とても静かだった、静かで。。。。無意識に顔を下げ、下に向いたとたん、思わず息を大きく吸い込んだ━━そこには一匹の狼の姿があった。
灰色の毛、鋭い歯、深い青色の瞳。
私は狼になっていた。
信じられなかった、事実を受け入れたくなかった。
恐怖と不安に纏われ、私は雪の上でひたすら走り続けた。毛が雪面に触れる音、荒い息、 一層私の気持ちを扇ぐばかりだった。あの聴き慣れた足音は?見慣れた顔は?声は!? ━━灰色に澄み渡る空に向かって、私は叫んだ。
ふと、視野の隅に黒い何かが動いてることに気づいた。条件反射かのように、私はすぐ に駆けつけた。それは俯せになって雪の中で倒れていた親愛なる彼だった。どうやら立ち上がりたいのか、彼は時々唸りながら腕に力を入れ、体を支えようとしていた。躊躇なく、 私は彼の手に優しく触れた。ビクッと手が震え、彼はゆっきりと私の方に顔を向けた。次の瞬間、驚きと恐怖のあまりで大きく開いた彼の瞳から、私の姿が映し出した。寒さで血の色がない彼の唇がかすかに動いた。手も、足も尋常でないほど震えていた。狼狩りに慣れているとしても、武器がない状態でだと、やはり狼を怖がるのだろうか━━胸がチクチクと痛む。彼を傷つける意図はないと、彼に伝えようとした。でもどうしたら?なるべく和らいだ目で彼を見つめることしかできなかった。だがそれすら彼に伝わらなかった。 諦めたかのように彼はゆっくりと目を閉じ、震えも止まり。。。。長い間、彼はびくともしな かった。私は怖がり始めた、彼が私と同じようにこの真っ白な世界で死んでいくのが怖かった、私の目で彼の死を見届けるのが怖かった。だから、私は尻尾で彼の身の上の雪を軽く振り落し、歯で優しく彼の服を噛み、慎重に彼を引きずり始めた、彼を死神の手から引 き離すために。
どれだけ歩いたのか、歯が時間に連れかすかに痺れ始め、手足も徐々に疲れてきた。でも私は一刻も足を止まなかった。
ようやく私たちの小屋に行き着いた。彼を暖炉のそばまで引きずり、口で一本一本の木材を暖炉の中に放り入れた━━が、ふと火がつけられないことに気づく。諦めて、私は自分の毛で彼の体を囲み、温めた。こうやって、いつの間にか、私は眠りについた。
再び目を覚ました頃は、もう次の日の朝になっていた。
彼は椅子の上に座っていて、銃を布で拭いていた。私はすんなりと彼の前で座り込んだ。 明らかに驚いた様子で、彼は姿勢を構え、素早く手元の銃を私の方に向けた。刹那、悲しみが溢れだしてきた。彼は私のことがわからないの?私と彼との間の感情は、人の姿の上で築けられていたの?姿が変われば、この思いはもう存在しないの?━━苦味が口の中で広がっていく。
でも彼は打たなかった。その代わり、手を伸ばし、優しく私の頭を撫でてくれた。
私はわかっていた、私がまだ彼のことを愛していることを。
「なんだ!この狼は!?」商人が怒鳴った、また怖さのせいか、慌てて小屋の外まで逃げた。
「怖がらなくていいよ、この子は人を傷つけるような真似はしないから。」彼は何事もないかのように私の頭を撫でながらそう言った。
「どうしてそいつを殺さない!?」商人は半信半疑で小屋に入り、警戒して私を観察しながら、彼の後ろの方へ移動した。
「この子は、僕を助けてくれたんだ。」
何気ない一言、私の心を癒すのにはもう十分だった。
私はわかっていた、私がまだ彼のことを愛していることを。
またの寒い季節。彼を見守ってもう二年の月日が経った。
ここ何年、彼の収入は急激に減る一方で、生活状況はあまり良くなかった。
あの日、雪の中で倒れて以来、彼の体は前より丈夫ではなくなった。そのゆえ、妻を失ったことに、前との生活とは比べものにはならない。苦しい状況の中、満腹になることは まずなかった。冬も節約のため、暖炉を使わずに寝るようにしてきた。二人寄り添って眠りにつき、また寒さで起こされる毎日だった。私たちは一日一日痩せていき、時々一匹の狼すら捉えることができない日が続くこともあった。
「あんたとの商売はもうできっこないようだ。」商人は他人事みたいに彼にこう言った ━━すぐに、私は立ち止まり、扉の向こうの話し声に耳を澄ました。
「。。。」重いため息が聞こえた。
「ここ何日、一匹の狼も捉えなかったんだろ?」皮肉の口調で商人は言い続けた。
「。。。」またの沈黙。
「例の件、考えてくれたか?」
「。。。ああ。」彼は口を開いた、「そうするしかないな。」
「そうこなくっちゃ。」嬉しそうに、商人の口元から笑みがこぼれた、「あれなら、いい値段が売れるに違いない。どうだ、あした金を持ってくるよ。」
「ああ。」短い返事が力強く私の心をたたき潰していく。
それでも私はわかっていた、私がまだ彼のことを愛していることを。ただ━━ただ人という生き物の自分勝手を見苦しいと思うようになった。己の一時的利益で恩を裏切る?ど うして人との感情は時間の流れと共にもみ消されるようになって、忘れられていくのか?
どうして?
翌日、私は殺されなかった。
でもべつに喜ぶべきなことではない。商人が来る前に、誰かが小屋の扉を強く叩いた、まるで私を悪夢のどん底につき落とさせるように。彼は扉を開けた、外には、一人の見知 らぬ綺麗な女性が立っていた━━でもその「見知らぬ」も私にとってだけのことだった。 彼は彼女を知っていた。彼らはどう知り合ったのか、私にはわからない。彼らの感情はい つの間に築かれたのかも知らなかった。ただ知っていたのは、その女性が微笑んで彼にコ ートを着させ、彼の手をつなぎ、小屋から走って出て行った時、私はもうこの弱った体を 支えることすらできなかった。ただ知っていたのは、小屋の外で徐々に遠くの方へ溶け込 んでいく足声と笑い声を聞いて、私はもうこの醜い世界を見ることができず、もうこの煩 く騒めく世界に耳を澄ませることができなかった。あの女性は私を一目すら見なかった。
彼は行った。私を残して、この小屋を残して━━私たちが共に歩んできた日々を━━この雪山を後にして去っ行った。
私はわかっていた、それでも私は彼を愛していることを。ただ━━ただ、私は人という 生き物の薄情を理解できなくなった。自分の幸せのために他人の幸せを捨てる?人との思 いはどうして時間の流れで消え去っていく?
もしもあの日、私はあの場所で死んでいたら良かったのに。
もしもあの日、私は彼を助けなければ良かったのに。
そうすればきっと、私はこの真白な世界の中に、染められた闇を見透すことがなかっただろう。