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ほろびのボタン

作者: ヒノミサキ
掲載日:2018/10/06

2008年に別のペンネームで書いた作品を改稿したものです。

「後悔しないな?」

 ()()は言った。

「無論だ。ただ……」

 ()は顎をさすった。

「ただ?」

「私の前に立っているのが美しい淑女(レディ)だったとしたら、話は別だがね」

「この際、美しいかどうかは問題じゃないだろう。ついてるもんがついとれば」

 ハゲは両手を突きだすと、慣れた手つきで架空の『何か』をもみしだいてみせた。

「フン、君はずっとそんなだから、そんな頭になったのだ」髭は演台のような形の装置に足を向けると、掌ほどもある大きなボタンに手をかけた。「たとえ君が最後の女だったとしても、私は絶対に子孫を残そうなどとは思わん!」

「それにしても」ハゲは苦笑した。「毎年きっちり風邪をひくような老人二人が生き残ってしまうとはなぁ……」

「大いなる自然、大いなる地球から見れば、我々の知恵など赤子とそう変わらないということさ」

「ダァ!」ハゲは丸めた両手をぶんぶん振ってみせた。「しょんなチミは、ちきゅーをこっぱみじんにちようとちてるるる」

 髭はうなだれ、そしてククと笑った。

「そう。我々をここまで追いこんだ自然に対する、最後の悪あがきだよ」

 ハゲは崩れた顔を元に戻すと、友に歩み寄った。

「手を貸そう。だがその前に一つ、聞かせてほしい」

「何だね?」

「ずいぶんとコンパクトな装置に見えるが、本当にこんなものでいいのかね?」

「こいつに限っては、理論さえわかれば、あとはジェットコースターに乗ったようなものだよ」

「そうか……」

 ハゲは髭の手に手を添えた。

 二人は「せえの」でボタンを押した。

 世界は音を失い、無量の光に包まれた。



 * * *



 話は五十年前にさかのぼる。

 『若ハゲ』と『バカ髭』は、その大学では知らぬ者などいない、一大名物ともいえる存在だった。二人はキャンパスで出くわすたびに、互いの研究をくだらないと、人垣ができるまで罵り合っていた。

 ある日のこと。若ハゲは廊下で女たちと談笑していると、不意に顎をしゃくった。

「おっ、バカ髭様のお通りだ」

 バカ髭は足を止め、こわばった顔をくっと横に向けた。

「何度言ったらわかるんだ! 僕はバカではない。これでも成績は三年連続で学年トップなんだ!」

 若ハゲは笑い、つられて女たちも笑う。

「だーからバカだっつってんの」

「どういう意味だ!」

「ところでおまえ、どうやったら子供ができるか、知ってっか?」

「いきなりなんだ」

「知ってるのか? 知らないのか?」

「バカにするな。そんなことぐらい、今どき小学生でも知ってる」

「なら俺に教えてくれよ。ベンキョー嫌いだからさぁ、そこらへん、ちょっと自信ないんだよねぇ」

「そんなことでよく理系の学部に入れたものだ」

 バカ髭は受精から出産までの流れを淡々と語った。

 二人の間を、生真面目そうな女が通りかかる。

 若ハゲは女の肩に腕をまわすと大笑いした。

「なるほど、それが百点の解答か!」

 なんのことかわからず、どぎまぎする女。

「じゃあ、俺のは何点かな?」

 色男は見知らぬ女を抱き寄せると、唇を奪い、その豊かな胸を……。



 若ハゲの病床を訪れたバカ髭は、眠れる男の足のギプスに盛りのついた犬の絵を描いて一言添え、そのまま去った。

『君はずっとそんなだから、そんな頭になったのだ』



 * * *



 学生の頃から犬猿の仲で知られていた二人が力を合わせ、人類を滅亡の危機に追いこんだ殺人ウイルスを撲滅したなど、ノーベル賞授賞式に顔を見せた人々は本気で信じようとはしなかった。

 授賞式の後、ホテルへ向かうリムジンに乗り合わせた二人。

 うつむき加減に前をにらんだまま、髭は言った。

「どうも引っかかることがあるんだが……」

 窓越しに北国の夜景を眺めながら、ハゲはグラスを傾けた。

「ん? アソコに石でもつまったか?」

「茶化すな。なぜかはわからんのだが、一度今ぐらいの歳の自分が、君と一緒に『地球破壊装置』のボタンを押してしまったような気がしてならないんだ」

 ハゲは笑って、老いた友の蝶ネクタイを引っ張った。

「そりゃおまえさん、デジャヴューというやつだよ。我々は神に与えられた役目をまっとうしたのだ。残りの人生はおまけのようなもの。お互い、そろそろ若い者に道を譲ろうじゃないか」

「まだだ。アレを完成させるまで、私は退けんのだ」



 ハゲは荒野にぽつんと一つある巨大なドーム施設を訪れた。アレがついに完成したというのだ。田舎からきたツアー客のような歓声をさんざんまき散らしながら、ハゲは施設の奥へ入っていった。

 工場やコンビナートを思わせる無数のタンクやパイプの海原の底で、髭は演台のような装置の、掌ほどもある大きなボタンに手をかけようとしていた。

 ハゲは旧友に声をかけた。

「で、今おまえさんが動かそうとしているのが、例のアレか?」

「ああ」

「やけに大がかりな装置じゃないか」

「理論さえわかれば……と思っていたんだが、実用となるとこれがなかなか大変でね」

「設計図を見せてくれないか」

 髭は天に向かって声を張った。

「ファイルナンバー『99』を開け!」

 上空に青く透けた平面がふっと現れた。

「ふむ……」

「これが私の長年の夢、『時空巻き戻し機(タイムリワインダー)』だ。今日は試しに十秒だけ戻してみせよう」

 台上のボタンにしわしわの手がかかる。

 ハゲは叫んだ。

「ま、待て! これじゃあ地球をバラバラにしちまう!」

「なんだって?」

 髭はとっさにボタンの横を叩く。

 頭上の図面をにらみつけ、やがてククと笑った。

「なるほど。危ういところだった」

「なーにが()()()()だ! 何をどう間違えたらそうなるんだ!」

「まあ、そう怒るな。タイムリワインダーと地球破壊装置は、規模は違えど、突きつめていくと部品一つの差しかないのだよ」

「規模で気づけ! このバカ髭が!」

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