006_聖獅子の大剣が現れた!?
ヒルデに言われて、厨房を出たエリザベスはぼんやりと昔のことを思い出しながら、庭を歩いていた。
前世では見たことのないような綺麗な夕焼けが空を染めている。
――――ゲームの世界でもこうして生きていれば、架空ではないんだよね。
夢ではないかと何度も思ったけれど、この世界に、たしかに生きていると実感できる。
逆に、エリザベスは世界の広さに驚かされた。
ゲームの中では一部しか表現されていなかったと気づかされた。
画面外にも空は続くし、出てこなかった場所にもきちんと国があって人がいる。
名前がなかった者にもすべて名があり、意思がある。
すべてに命が宿っている。
そして――――。
「私はこの世界の住人で……」
エリザベスは腕を広げて、夕方の風を身体全体で感じた。
「物語のしがらみを終えて、本当の自由。もう、役割はない」
風に乗って踊るように、ステップを踏む。
すると、エリザベスの姿を見つけた子供達がワアアッと寄ってきた。
「なにしてんだ、シスターエリザベス? 新しい遊び?」
トニが真っ先に駆けてきて、踊るエリザベスのマネをする。
――――ううん、役割はあった。
四人のシスターと、神父様と、十人の子供達。
新しい家族とこの辺境の田舎で慎ましくも暮らしていくこと。
子供達を守っていくこと。
「風が気持ちいいから踊ってただけよ……ほら」
トニをひょいっと持ち上げる。
――――セカンドライフ? ううん、サードライフ?
「わわっ……な、なにすんだよ、シスターエリザベス!?」
肩車すると、トニが驚いた声を上げる。
しかし、すぐにその視線の高さに「わぁぁ」という喜びに変わる。
他の子供達も「私も、私も」とエリザベスの服を引っ張った。
代わる代わる子供達を肩車して、特等席で夕日を見せてあげる。
――――公爵令嬢とは違って、何だってできる。
初めは追放されることに怯えていたけれど、案外合っているように思える。
公爵令嬢の方がよっぽどエリザベスには窮屈で、退屈だった。
――――辺境の田舎だから、前世の記憶を使って色々便利にしても、バレなきゃ、オーケーだし……?
すでに料理については色々と腕を振るってしまっている。
「肩車はおしまい。晩ご飯まで、次は何して遊びましょうか?」
二週目を期待していた子供達が「ええー」と不満の声を上げたけれど、却下。
令嬢にしては体力に自信があるけれど、さすがに子供達全員を肩車し続けるのは無理がありすぎる。
「じゃあ……競争!」
子供達の中では年長のトニが声を張り上げた。
「いいわよ、じゃあ……門まで勝負――――!」
答えるなり、エリザベスは走り出す。
「あっ! ずるいっ、シスターエリザベス!」
トニは文句を言いながら、すぐに走り出した。
他の子供達も「待ってぇ~」や「ずるいよ」などと言いながら、エリザベスを追いかけてくる。
――――やっと手に入れた自由、私はここでめいいっぱいエンジョイする!
風を切って全力で駆けながら、エリザベスは自由を感じていた。
現代日本を離れ、モワーズ王国を離れ、遠く離れた辺境の地で、静かに、けれど楽しく面白おかしく生きて――――。
生きていく、はずだった……のに……。
「――――な、なんで!? ここに?」
一番で門まで走り着いて、手をつく。
そこで、エリザベスは門を出た厩舎の柵に立つ人物に気づき、声を上げた。
がっちりとした体格、赤茶色の髪、切れ長の琥珀の瞳、眉間の皺と真一文字の口、そして大剣……間違えようがない。
彼もエリザベスの方に気づいて、姿勢を正した。
「大人のくせに本気で走るなんてずるいよ、シスターエリザベス!」
二番目にたどり着いたトニが、硬直するエリザベスを不思議そうに見る。
次々、やってきた他の子供達も同様。
無意識に子供を背中へ隠すように後ろへやって、エリザベスは来訪者をきっと睨みつけた。
――――誰も令嬢の頃の知り合いがいない辺境のはずなのに――――!
心の中で文句を言っても仕方がない。
「シスターエリザベス、どうしたの?」
子供達の中でも人の反応に敏感なマートが、心配そうな表情でエリザベスの裾を引っ張った。
――――子供達を不安にさせてはだめ。
マートのおかげで自分を取り戻す。
コホンと咳をすると、いつもの威厳を取り戻して、エリザベスは男の方へ一歩近づいた。
「お忙しい騎士団長殿が、こんな地まで、何の御用でしょうか?」
――――“聖獅子の大剣”ともあろう人がなぜここに……? 暇なの?
彼の名はレオニード・ガルドヘルム。
エリザベスが前にいたモワーズ王国の騎士団長。
その強さと武器から“聖獅子の大剣”と呼ばれていて、その名は大陸全土に轟いているのだけれど……。
――――プリ暁では攻略対象ではなかったし、ゲームでは顔なし、差分なしのモブ扱い。
しかし、転生したエリザベスの人生では、事あるごとに追い回してくる旧友ならぬ天敵の団長殿。
何度「逃がすな!」と言われたことか……。
「…………」
ざっと田舎の丘を流れる強風が駆け抜けていく。
構わず、レオニードの瞳は、しっかりエリザベスを見つめていた。
鋭い眼光で、怖い。
――――わ、悪いことしてないのに! 脈が……。
「用件をおっしゃって!」
「ん……っ?」
再度尋ねると、なぜかレオニードは首を傾げた。
「…………俺は」
たっぷり間をとって、やっとしゃべり始める。
エリザベスは続く言葉を予想して、身構えた。
きっと、お前の生ぬるい罰を許しはしない……とか、また悪事をしないよう地の果てまで監視してやる、とか言われるに決まっている。
「お前を追ってここまで来た」
――――やっぱり!
想像した通りの言葉が返ってきて、エリザベスは一歩後ずさった。
やはり悪役令嬢からは逃れられない運命みたい。
「待て、逃がすか!」
いきなり、レオニードに手首を掴まれる。
――――ひぃぃ、せっかく、辺境で平和にゆっくりと暮らせると思ったのに。
監視と批難の瞳に晒される生活に逆戻り……。
もう悪役令嬢はお腹いっぱいなの!
「おお、騎士だ。カッコイイ!」
絶望に打ちひしがれていたエリザベスを余所に、トニが声を上げた。
いつの間にか、子供達がレオニードを取り囲んでいる。
「大きい剣、みせて?」
「戦ってみせて~」
マートとフェルシーも怖がることなく、レオニードに話しかける。
好奇心旺盛なトニはわかるけれど、気弱なマートやフェルシーも彼を恐れないのは驚きだった。
――――もしかして……聖獅子の大剣が懐かれている?
――――子供って、正直……なの? 本当に……? 中身見てる?
とにかく、子供達のおかげで緊迫していた雰囲気が一気に和らぐ。
いつの間にか掴まれていたはずの手首も解かれている。
「ねぇ、オレも騎士になれる? どうしたら慣れる?」
「すごいなぁ、本物の剣だぁ」
ぺたぺたと子供達はレオニードに触れていた。
一方、彼の方は――――。
「…………」
なぜか子供の言葉に応えることなく、エリザベスと子供とを見比べている。
どういうつもりなのか、まったくわからない。
――――子供の前だから、どうするべきか悩んでいる感じ?
エリザベスとしても動くことができずに困っていると、教会の方からシスターが二人こちらへ向かってくるのが見えた。
掃除を終えたルシンダとロクサーヌで、夕食の時間を子供達に知らせるために来たようだ。
「……どなた?」
レオニードの姿を見て、さすがにロクサーヌが警戒した表情で尋ねる。
しかし、ルシンダの方は逆だった。
「見ない人ね~。エリザベスのお客さんなら、一緒に夕食どうですか?」
興味津々といった様子でレオニードの姿を観察している。
「神聖な場所へ、殿方を招くなんて」
すぐにロクサーヌが反対する。
「いや……」
「お客様どころか、知り合いでもありませんわっ!」
レオニードが答える前に、精一杯エリザベスは否定した。
「ええー、騎士様もう帰っちゃうの?」
すると今度はフェルシーが残念そうな声を上げる。
「シスターエリザベスの料理、ヘンだけどうまいぞ!」
「いろんなパンがあるよ」
トニとマートがレオニードのマントを引っ張る。
――――いや、夕食の美味しい美味しくないはここでは関係なくて……。
子供達の誘いにつっこみを入れようとしたけれど、彼は予想外の反応をした。
「料理……?」
なぜか、レオニードはエリザベスの料理に興味を持ったらしい。
「一緒に食べようよ」
フェルシーが再度誘うけれど、彼は首を横に振った。
「いや、邪魔はしない」
子供達が一斉に「えー」と不満げな声を上げる。
――――よしっ、これで同じ食卓を囲むのは回避。
「子供達は中へ入りなさい」
――――シスター長!?
最悪の展開にならずホッとしていると、いつのまに来たのか、ヒルデが手を叩いて、子供達を促した。
シスター長の言葉に子供達はしぶしぶ従う。
これで一段落と思ったのだけれど……。
「お二人分だけ、お庭に用意しましょう」
「はあっ!?」
てっきり教会から一緒にレオニードを追い出してくれるものだとばかり思っていたのに、ヒルデはとんでもないことを言い出した。
★2021/4/2 新作の投稿を開始しました。よろしければこちらもお読みください。
【悪役令嬢に転生失敗して勝ちヒロインになってしまいました ~悪役令嬢の兄との家族エンドを諦めて恋人エンドを目指します~】
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