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044_騎士様、お花をどうぞ

※※※




 エリザベスがクローレラス伯爵の屋敷で剪定のお手伝いをしている頃、レオニードはちょうど近くの森にいた。


 何をしているかというと、日課の薪割りをしている。

 乾かして自分でも使うが、そのほとんどはクローレラス伯爵の屋敷にある薪の保管小屋に運んでいた。

 料理などの時に使うので、冬でなくとも貴族の屋敷での需要は多い。

 別に頼まれたわけではないが、できるだけ貸しを作りたくないからやっている。

 ノルティア村へ住む際に、何かとクリストハルトが動いてくれたのは知っていた。


「…………」


 切り株で適当に作った台へ、適度に切断してよく乾かした丸太を置くと、斧を振り下ろす。

 タンッという乾いた音が森に響き、軽々と真っ二つになった。

 半分になった丸太を、また台に置いて斧を振る。


 薪割りのコツは簡単だ。

 まっすぐに振り下ろすこと、そして、力を入れ過ぎないこと。

 力を使うのは振り下ろす瞬間まで、あとは斧の重さに身を任せ、ぶれないようにすることを心がける。


 これは剣にも通じるところがあり、朝の鍛錬としては良い。

 どこで力を使って、どこで抜くか。

 力の入れ方が剣を振るよりもわかりやすく、確認しやすい。

 また、背中の筋肉を柔らかく、鍛えることになる。

 素振りよりも生産的とも言えるだろう。


「こんなところか」


 無心で薪割りをしていると、ついついやり過ぎてしまうことがある。

 レオニードは斧を切り株に突き刺すと、新しく作った薪を集めた。

 適当な蔓でまとめて縛ると、肩に担ぐ。


 ズンズンとクローレラス伯爵の屋敷へ向かう。

 薪の保管小屋は庭の隅にあるので、勝手口を通って行く。

 すると、風が吹いて、高貴な香りが鼻をくすぐった。


「薔薇、か……」


 赤や白の薔薇が、風で揺れている。

 レオニードは足を止めて、その様子を眺めていた。

 自然はわりと好きだが、貴族の庭園にはそれほど興味がない。

 自分の屋敷も仕方なく、庭師に整えさせているに過ぎない。

 足を止めた理由は他にあった。


 ――――薔薇が咲く庭は、ある少女と出会った日のことを思い出す。


 あの頃の自分は、強くなることにしか興味がなかった。

 誰から、どんなに嫌われ、どんなに陰口をたたかれようとも気にもならなかった。

 騎士団に入り、国のために尽くすだけが、レオニードの全てだった。


 目的が変わり始めたのは――――ある少女のおかげだ。


 幼い少女に薔薇をもらい、守るべき者がいることに初めて気づいた。

 そして、それまで国に尽くすことに何の疑問も抱かなかったことにハッとした。

 自分はただ、考えることをやめていただけだと。


 それからは自らの腕を鍛えるだけでなく、一歩引いて冷静に周囲を観察するようになり、力押し一辺倒だった自分に足りないものが見えてきた。


 すると、周囲から次第に信頼され――――。

 気づけば騎士団長にまでなっていた。


 思いにふけっていると、ふと視界を大きく何かがかすめた。


「……んっ?」


 風で舞った薔薇の花びらだった。

 ふわふわと浮かび、蝶のように飛んでいく。

 そして、先には――――。


 ――――エリザベス。


 今思い出していた少女が、成長してそこに立っていた。

 その表情は、幼い頃よりもずっと明るい。


「えっ? あっ……レオニード」


 いや、身構えた。

 けれど、ここへ来た最初に比べたら警戒心は薄いから良しとしよう。


「……つけまわした、わけじゃない」


 ほらと、肩に背負った薪を片手で持って見せる。


「偶然だって、見たらわかります」


 彼女はクスクスと、無邪気な笑みを浮かべている。

 ここへ来てからエリザベスの笑顔をよく見た。

 モワーズ王国ではほとんど作り笑いしか見たことがなかった。


「それに……」


 エリザベスの悲しい顔は見たくなかった。

 戦うことしかできない自分が側にいては、いい迷惑かもしれないが。


「貴方がそばにいる。どこにでも現れるのに慣れましたから」


 そんな言葉を掛けてもらえるなど、夢にも思わなかったレオニードは、思わず固まってしまった。


 ――――俺は……そばにいても、いいのか?


 心の奥から何かがこみ上げてくる。

 こんなことは初めてのことだった。


「…………木を切るのが得意だと前に聞きました。レオニード、力もあるし、木こりのほうが、向いているのでは?」


 エリザベスがいきなり話題を変えた。

 固まったことを気にしてのことかもしれない。


「木こりのほうが好きか?」


 ――――転職か、木こりは弟子入りが必要か?


 想像してみる。

 木を切り倒し、枝を落とし、丸太にして、角材や薪に加工する。


 ――――んっ? 今やっていることとさほど変わらないな。


 木材の加工技術も、ある程度ではあるが、野戦用の拠点作りや暇つぶしの彫刻で身に着いていた。

 そう遠い職業でもない。


「いや! …………騎士団長で、いいです」


 慌ててエリザベスは否定した。

 どうやら騎士団長も、彼女にとってそれほど悪い職業ではないらしい。

 しかし、会話が途切れてしまった。


 こういった時は、何でもいいから話題を考えるべきだろう。

 自分には難しいが、必死にエリザベスと共通の話題を探す。

 一つだけ思いつく。


「………………そういえば、昔……お前に花を貰った」

「そんなことありましたっけ?」


 エリザベスが首を傾げた。

 幼い頃だから、覚えていなくて当然のことだろう。

 あれはただの“出会い”にすぎない。


「……覚えてないならいい」


 別に覚えて欲しいわけではない。

 共通の話題はなくなってしまったが、仕方ない。


「薔薇、欲しいんですか?」


 エリザベスは、レオニードが花を欲しいと勘違いしたらしい。

 見れば、ザル入った花をたくさん持っていた。

 庭園の手伝いでもしていたようだ。


「ちょうどありますし、いいですよ」


 視線に気づいて、エリザベスが一輪の花を取り出す。

 あの日と同じような薔薇だった。


「騎士様、お花を……どうぞ?」


 言いながら、エリザベスは不思議な顔をする。

 断片的に思い出したのかもしれない。


「ありがとう」


 差し出された薔薇を受け取る。

 かつてレオニードを目覚めさせた少女の姿が重なる。

 過去と現在、それは繋がっているのだと実感する。


 ――――俺は、本当にこの花が欲しかっただけなのかもしれない。


 彼女から差し出される花が、とても美しく思えた。

 一度もらったけれど、どこにいったのか忘れてしまった宝物。

 それを彼女は見つけて、もう一度渡してくれたのかもしれない。


「そんなに欲しかったのですか?」

「……おかしいか?」

「そんなことありません。まあ……悪い気はしませんし……」


 今度はうっすらと、エリザベスの頬が薔薇のように薄紅色に染まった。

 その姿が、花のように愛らしく思えてしまうのは気のせいだろうか。


「…………」


 レオニードはエリザベスの顔をじっと見つめた。



 彼女の変化に今さら気づく。

 いつも健康的な顔が、今日は白い。

 だから、より血の気を帯びたのに気づいたのだろう。


 ――――不覚だ!


「なっ、何?」

「顔が、変だ」


 正直に告げると、エリザベスはさらに頬を赤くした。


「っ、これは生まれた時からです! って……」


 どうやら今度は怒ったらしい。

 また言葉が足りなかったようだ。

 短く正確に伝えているつもりだが、どうも自分には表現力が足りないようだ。


「舞踏会の日の前と、今日とでは違う」


 首を振ると、言葉を絞り出した。

 するとエリザベスが、レオニードの言いたかったことに気づいてくれる。


「もしかして、私の顔色、悪いですか?」


 頷くと、気まずそうにエリザベスが視線を逸らした。


「女性には、あんまり言わないほうがいいですよ。けれど……」


 また視線を合わせて、ニッコリと微笑んでくれる。


「一応、体調を気遣ってくれているんですねありがとう」

「……何か……あったか?」


 もしエリザベスを苦しめるものがあるならば、できれば排除してやりたい。

 迷ったが、レオニードは尋ねた。

 知らないものは、守ることも、倒すこともできない。


「ただの寝不足です。悪いことばかり考えちゃって、悪夢が襲ってきて」

「そうか……なら、眠る時、俺のことを考えれば、いい」

「はっ? なぜ?」


 自分がどんなものからも払ってやるという意味だったが、やはり上手く言葉にならなかった。

 当然、エリザベスはきょとんとする。


「ああ、もしかして……自分が悪夢より怖い騎士だから、という理由ですか?」


 少し考えてから、エリザベスが口にした。

 彼女はこうしてレオニードの足らない言葉をいつも補完してくれる。


「変な人。そうでしたね。私には最強の騎士団長がついていました。ふふっ」


 また、エリザベスが笑う。

 そんな無邪気な彼女をずっと見ていたいと思った。




※※※




 不思議なことが起きた。

 その日から、あれだけ続いた悪夢はぴたりと止んだ。

 きっと彼と話すことで、不安が薄らいだのだと思う。

 モブなのにわりと頼りになる騎士様が、私にはついている。

 そう思うと、もう何も怖くなくなった。


 そもそも自分の知っているストーリーは随分前に終わっている。

 追放後からは、それこそ筋書きなどないわけで。

 恐れていても仕方ないし、未来がどうなのかわからないのは誰もが同じ事。


 悪いこともあれば、良いこともある。

 気の合う仲間が、無愛想だけれどいつも現れる騎士が、自分のそばにいる。

 困ったことあれば、協力して乗り越え。

 楽しいことがあれば、一緒に笑い合える。

 出会いがあれば、別れもあるわけで。

 ずっと一緒とはいかないけれど、その変化も楽しめば良いだけのこと。

 三度目の人生ぐらいは、悠々自適に楽しまないと。


 さあ、明日は何をしようかしら!

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