040_騎士はピンチにやってくる
「――――エリザベス!」
その時、自分の悲痛な叫びに応える声を聞いた気がした。
「エリザベス!」
気のせいだと思ったけれど、それはもう一度聞こえてきた。
閉じていた瞼を上げる。
――――レオニード!?
そこには、盛装に着替えたレオニードと、クリストハルトが立っていた。
「えっ? どうして、ここに……」
クリストハルトは伯爵なので、舞踏会にいてもおかしくない。
しかし、休暇中の隣国の騎士団長がいるわけがなかった。
自分の心の中だけの叫びに、応えるなんてありえない。
でも、彼はいた。
そして、いつも通り周りの空気を全く読まずに、エリザベスの方へと歩いてくる。
ズンズンズンと大きな歩幅で、一歩一歩近づいてきて……。
「そこのやつ、待て」
「んっ? 何かな? 今、踊っている最中だよ」
王子のことを知らないのか、レオニードは踊る二人の前に立つとミッシェルを睨みつけた。
――――ううん、たぶん知っていても、躊躇なく言う人だ
レオニードのデカさと怖い顔の威圧感に、周りにいた貴族達も顔を引きつらせる。
音楽もフェードアウトして、舞踏会は中断されてしまった。
「そもそもきみは誰だい?」
不審者だと思い、駆け寄ろうとする男をミッシェルが手で制する。
きっと王子の護衛役だろう。
「レオニード・ガルドヘルム」
「……モワーズの騎士団長“聖獅子の大剣”か……面倒だな」
ミッシェルは「脳筋は苦手なんだ」と呟き、大きなため息をついた。
そして再度、レオニードに問いかける。
「何の用だい? エリザベスとぼくは、楽しく踊っている最中なんだよ?」
レオニードがミッシェルの言葉に首を横へ振る。
「いや、彼女は悲しんでいた」
――――レオニード!?
なぜか彼には、本当にエリザベスの助けを呼ぶ声が届いていたようだった。
胸によくわからない感情が溢れてくる。
追放前には、いくら絶望しても、どれだけ助けを求めても、誰も助けてはくれなかった。
けれど、今は違った。
「ふっ、ぼくと踊って悲しむ女性なんて――――」
「俺にはわかる」
まったく怯まないレオニードに、ミッシェルも戸惑い始めた。
「これだから話が通じなくて、直感で生きている人は苦手なんだ。いいからあっちに行ってよ」
ミッシェルがレオニードに向けて手を払う。
すかさず、二人のやりとりに固まっていたのであろうクリストハルトが二人の間に入った。
「クリストハルト・クローレラスです。僕の友人が失礼を……」
「本当にね。いいところなのに、なんだい、きみたちは……」
「この件については僕から後日、改めて謝罪を。けれど、彼は隣国からの正式な客人です。あまり事を荒立てるのは外交上よくないかと。このようなことは二度とないよう、よく言い聞かせますので」
必死にクリストハルトがフォローに入るけれど、それを無視して、レオニードはぬっとエリザベスへ向かって腕を伸ばしてきた。
「……えっ……レオニード!?」
レオニードがエリザベスの腕を掴む。
そして、彼は驚くべきことを口にした。
「エリザベスは、俺の、だっ!!」
――――えぇぇぇっ!?
咆哮のような彼の大きな声は会場にいた者全てに聞こえる。
そして、全員が一斉に「はあっ!?」となった。
クリストハルトだけがすぐにその意味を察して、頭を抱えながら呟く。
「フォローのつもりなら、パートナーが抜けているよ、パートナーが……」
――――そ、そうよね。
さすがに“俺の”呼ばわりは、びっくりすぎて、いつもはしているレオニードの足らない言葉の推測をすっかり忘れていた。
胸がまだバクバクと高鳴っている。
「ふーん……」
爆弾発言に、ミッシェルがエリザベスとレオニードの表情をゆっくり見比べる。
そして、エリザベスの手をパッと放して、手を上げた。
「なーんだ……相手がいたんだ。早く言ってくれればいいのに」
「……ミッシェル王子?」
――――もしかして、相手がいると勘違いして諦めてくれた?
ほっとしたのも束の間、今度はレオニードが掴んだ手を引っ張る。
「エリザベス、行くぞ」
「ちょっ……どこに……」
レオニードに連れられ、早足でフロアの中央階段を上る。
その後ろから、シャルロッテとロクサーヌ、そしてクリストハルトもついてきた。
二人の令嬢は興奮気味に「修羅場? あれが修羅場なの?」などと話しているけれど、今、エリザベスが気になるのはレオニードに掴まれた手の感触だった。
触れられた部分が熱を持っている。
それに胸の鼓動も、まだ治まっていない。
――――助けるためとはいえ、言葉が抜けていたとはいえ、俺のもの発言されたから?
理由を探していると、エリザベスは自分の中の矛盾点に気づいた。
――――追放までの知人とは、誰とも会いたくないのに……。
レオニードはただ一人の例外だった。
苦にならない。
それどころか、今では近くにいてくれた方がどこかホッとする。
なぜなのかは、まったくもってわからないけれど。
――――最近よく一緒にいるから? まあ気にしても仕方ないか!
ともあれ、レオニードに危うい場を救われたのには間違いない。
――――ありがとう。未だにどうして隣国まで追ってきたのかさっぱり分からないけれど……今日は来てくれて嬉しかった。
心の中でお礼を言って、触れている手を少しだけ握り返した。
階段から二階に上がった先は、雑談兼観覧スペース。
普通ならば、舞踏会に息子や娘を送り出した父母が大勢いるのだけれど、今は誰もいなかった。
いきなり現れた王子に、皆慌てて一階に下りていったのだろう。
二階はエリザベス達の貸し切り状態だった。
さすが他の貴族に舞踏会をぶつけられても、招待客で溢れているパゾリーノ子爵家。
二階にもさりげなく芸術品を飾り、シンプルだけれどセンスの良い丸テーブルが数卓置かれている。
さらに開け放たれた窓からはバルコニーへ出られ、そこには他の人に邪魔されず、ゆっくりできるようにか、大きめのソファとローテーブルが置かれていた。
火照った肌に夜風は気持ちよく、粋な計らい。
「ふぅ……」
エリザベス達はそのソファに腰掛け、ほっと一息つく。
レオニードはなぜか座らず、姿勢を低くして、下の様子を伺っていた。
「追っ手はいない。ここは安全だ」
「王子様を追っ手よばわりとか……」
――――どこの逃亡ドラマ? というか、もともと追っ手は貴方の方でしょ。
シャルロッテの呟き同様、エリザベスも心の中でつっこんだ。
そして、吹き出しそうになるのを堪える。
――――そういえば……。
気づけば、ミッシェルと会って思い出して沈んでいた気持ちが吹き飛んでいる。
いつもの自由気ままなシスターエリザベスに戻っていた。
彼と一緒だと、ついつい笑ってしまうことが多い。
最初に追ってきたと言われたときは、あんなにもビクビクしていたというのに。
「女性陣の皆、お腹空いたかい? 今ならここでゆっくり食べられるよ」
クリストハルトが気を利かせて、会場に用意された食事を持ってきてくれた。
思わずお腹が鳴りそうになって、エリザベスやシャルロッテだけでなく、ロクサーヌもお腹を手で押さえた。
色々あって、疲れたので、お腹が空くのは自然の摂理。
「毒は入っていないだろうな?」
「なーに言ってんの、レオ」
クリストハルトが警戒するレオニードの胸を軽く小突く。
「きちんと君の分までパゾリーノ子爵夫妻には挨拶しておいたんだよ。まったく……あれだけ口酸っぱく言ったのに、やっぱり騒動を起こした」
「お前が忠告した通り、困っている令嬢を助けただけだ」
心外だ、とばかりにレオニードが怪訝そうな顔になる。
「まったく、それも絡まれている相手を見て行動を……いや、見ていたら駄目だ。あの場合、レオニードが正しい……かもね」
「クローレラス伯爵、ご迷惑おかけしてすみません」
レオニードの代わりにエリザベスが謝ると、クリストハルトはにっこり微笑んだ。
「気にしないで、エリザベス嬢が謝ることじゃないから。それにレオニードを連れて行くことなった時、大体こうなる予感はあったから、覚悟はしていたよ」
王子に対峙したというのに、クリストハルトはなぜか嬉しそうだった。
「それより……食べよう。せっかくの料理が冷めてしまう」
クリストハルトが視線を誘導する。
そこには料理をじっと見つめるシャルロッテがいた。
「さあ、お食べ」
「わぁ! お腹ペコペコだったの」
シャルロッテがさっそく料理に手をつける。
――――他に誰もいないし、まあいいでしょう。
付き人としては、令嬢が会場でガッツリ食事をとるのは、印象が悪いし、ダンスに差し障るので注意すべきことだけれど……今回は気にしないことにする。
何よりエリザベス自身もお腹が空いていた。
「リマイザ王国の舞踏会メニュー、研究できずに心残りでしたの、ありがとうございます」
「どういたしまして。エリザベス嬢は本当に研究熱心だよね、こんな時まで」
「…………」
ロクサーヌは何か言いたそうだったけれど、やはり食欲には勝てないらしい。
さっと手を出しては、サンドイッチにパクついている。
彼女もノルティアでの美味しい食事の虜になっているのかもしれない。
――――良いこと思いついた!
この場で調理はできないけれど、エリザベスは新しい料理を思いついた。
★2021/4/2 新作の投稿を開始しました。よろしければこちらもお読みください。
【悪役令嬢に転生失敗して勝ちヒロインになってしまいました ~悪役令嬢の兄との家族エンドを諦めて恋人エンドを目指します~】
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