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030_ウェディングは思い出料理で

※※※




 ロゼッタとコラードの結婚式が始まる――――。


 厳かなパイプオルガンの調べが礼拝堂に響き渡った。

 演奏するのはロクサーヌで、彼女らしい完璧な音色。


「ルールルル……」


 続けて、エリザベス達シスターと子供達のコーラスが始まる。

 それを合図にして、ロゼッタとコラードが手を繋ぎながら、ゆっくりと身廊の中心を歩き出した。

 女神像の置かれた内陣の前に立つモーリッツに向かって、二人は一歩一歩噛みしめるようにして進む。

 教会の赤い絨毯の上をロゼッタの長く透けるベールが通り過ぎる様は、神々しささえ感じてしまう。

 胸元に花を挿しているコラードも、ヒロインを娶る貴公子さながら。


「ロゼッタ……」

「……コラード」


 二人は女神像とモーリッツの前まで行くと、歩みを止めて、お互いを見た。


「手を合わせて」


 神父に促され、コラードが右手を胸のやや上の辺りまで上げる。

 広げた彼の指に、恥じらいつつもロゼッタが自らの手を合わせた。

 向かい合いながら、花婿の右手に花嫁が左手を重ねるのが、ヘレヴェーラ教流の二人での誓いのポーズ。


 パイプオルガンの音がゆっくりと小さくなっていく。


「コラード、汝は女神ヘレヴェーラに誓い、この者を妻とし、生涯愛し続けますか?」

「……はい!」


 モーリッツの問いに、やや緊張しながらもコラードが答えた。


 ――――よかった、返事してくれて。


 エリザベスは、こっそりと胸をなで下ろす。

 正直なところ、駆け落ちしてきたとはいえ、コラードはロゼッタに巻き込まれただけかもしれない、とも考えていた。

 マリッジブルーではないけれど、式が近くなると小さな事から結婚を不安に思い始めるカップルは何度か見てきたから。

 けれど、それを彼へ直接尋ねるのはさすがに悪役令嬢過ぎて、自重した。

 ロゼッタからは絶対に、幸せへのやっかみだと言われかねないから。


 しかし、どうやら杞憂だったみたい。

 ここまでの二人には、エリザベスの知らないドラマがあって、きちんと絆を紡いできたのがわかる。

 恋愛に対する熱だけでなく、真剣にお互いに思い合い、必要としているのが、こちらへも伝わってきた。


「ロゼッタ、汝は女神ヘレヴェーラに誓い、この者を夫とし、生涯愛し続けますか?」

「はいっ、絶対。誓います!」


 花嫁の方は迷いもなく、即答した。

 こちらもこちらで一安心。

 ロゼッタは周囲を巻き込むタイプのヒロインなので、いきなりここで「生涯はわからない!」みたいなことを言い出しかねない。

 それでも最終的には、めでたしめでたしになってしまうんだろうけれど。

 何をしてもバッドエンドになった悪役令嬢としては羨ましい限り。


「女神ヘレヴェーラの代理者として、この者達を夫婦と認めましょう」


 モーリッツの言葉で止まっていたパイプオルガンの音が、再び鳴り始める。

 賛美の音が教会に響き渡った。


「誓いの印を」


 神父の言葉に、緊張しながらコラードが頷く。

 ロゼッタはやや上に顔を向けて、目をつぶった。

 新郎がベールを上げると、ロゼッタへ顔を近づけていく。


 とても絵になる二人が誓いの口づけをした。

 触れるだけ、けれど、少し長い。

 感情の籠もったキスなのが見ていてもわかる。


「コラード……わたし……」


 唇を放すと、ロゼッタの大きな瞳からポロリと滴が流れ落ちた。


「ほら、泣いていたら指輪の交換ができないよ」


 感激のあまり泣き出してしまったロゼッタに、コラードは冷静に微笑んだ。

 さすがにこの辺りは王子様で、彼女の涙を見ても、あたふたしない。

 モーリッツからそっと差し出された指輪を、ロゼッタの薬指にはめていく。

 あの最初に選んでもらって、ホベルトがすぐにサイズ直しした物。


「……だって、嬉しくて……っ、コラードにも――――お揃いだね」


 ロゼッタも泣きながら、コラードの指にペアの指輪をはめる。

 それを確認して、一呼吸置いてからエリザベスは手を挙げた。

 パッと音楽が止まる。


「さあ、幸福なお二人にノルティア教会からの贈り物として……愛の歌をお届けします!」


 ロクサーヌと目で呼吸を合わせると、エリザベスは手を振り下ろした。


 ――――聖歌チェンジ!


 ダダダン、とパイプオルガンの鍵盤が叩かれる。

 先ほどまでのゆっくりと低音が響き渡るような音楽とは別物。

 速いテンポで、思わず身体を動かしたくなるような曲が始まった。


「あいたくて、あいたいから、今夜から二人きり~♪」


 子供達がつたなくも、身体を左右へ振り、曲に合わせて手を叩きながら、精一杯可愛い声を響かせる。


「少し照れるよね~♪」


 ルシンダとヒルデが子供達の声に続いた。

 サプライズだったので、ロゼッタは驚いて、涙を引っ込めて、満面の笑みになる。

 コラードも嬉しそうに、隣の花嫁と視線を合わせ、微笑んだ。


 ――――名曲の合体は世界を超えて!


「赤い糸の今日は素晴らしい~光の輪の中で、ずっと優しく扱ってね~♪ 永久保証なんだから~♪」

「ともに歩こう、探そう、誓おう~♪」


 また子供達が歌い、最後にシスターが合唱して締めた。


「ありがとう、うれしい……歌、すてき……」


 また泣き出しそうになるロゼッタを、コラードが抱き寄せる。

 教会からのサプライズ演出は大成功。

 エリザベスは、今度はモーリッツを見て合図を送った。


「さあ、次はこの花嫁さんの好物をお二人で食べさせ合ってください」


 モーリッツが、奥に隠してあったパイを取り出す。

 ナイフとフォークは一組だけ。

 コラードが切り分ける間に、モーリッツが説明する。


「結婚式で食べさせ合うという行為は、一生食べるものに困らせないという意味があります」


 切り分けたパイがロゼッタの口元に運ばれる。

 食べる直前、そのパイがただのパイではないことに気づき、彼女は目を丸くした。


「私の育った田舎の……お母さんのパイ。クルミと林檎とスモモがぎゅうぎゅうに入ったもの――――」

「女神は何でもご存じですから」


 感動しながら、ロゼッタがぱくっと思い出のパイを口にする。


「おんなじ! あの時の味と……!」


 ――――よかった。きちんと再現できてたみたい。


 曖昧だと思われがちな味覚という五感の一つ。

 記憶の中では、その味が強い印象を持つことがある。

 それは、人生の岐路や印象深いシーンで食べた時や、繰り返し食べた時だ。


 ロゼッタの場合、それは後者で母が何度も食べさせてくれたこと。

 五感と合わさることでその時の記憶は強く残り、同じ味を感じれば、より鮮明に蘇る。

 そして、感動という感情の動きに代わる。


 これも前世の仕事で学んだ知識だった。

 とあるイベントの依頼で、サプライズとして主賓のふるさとの味を再現して欲しいと言われたことがあった。

 現地に行って、地元の人に頼み込んで、何度も試作して……。

 クライアントに喜んでもらったことがあった。


 たぶん、実際の思い出の味とは少し違ったのだろうけれど、今のロゼッタのように驚き、感激したお客様の顔は今でも忘れない。

 ちなみになぜロゼッタの故郷の味を知っていたかというと――――ちょっと反則的な理由。


 ――――プリ暁で私がやったどのルートでも、ヒロインが焼いてたよね。


 必ず一周で一回は「お母さんのパイなの」「ママ直伝のレシピだよ」「このパイだけは焼けるんだ」と言っていた。

 今思えば、シナリオライターさんの名前が複数あったから、キャラ設定書の使えるネタが被っただけなのかもしれないけれど……。


 ――――そこは気にしないでおこう、うん。


 何度も出てくるので、レシピも完璧にすり込まれていた。

 まずは下ごしらえ。

 小麦粉をふるいにかけ、バターは細かく刻んでから、他の材料も含め、なるべく冷やしておく。

 ボウルに小麦粉、バター、塩を入れて素早く切るようにして混ぜる。

 完全に混ざり合ったところで、真ん中に穴を開けて、そこへ牛乳、卵、レモン汁、蜂蜜を加えて、ざっくり混ぜ合わせる。

 ここで混ぜすぎないのがコツ。

 ボロボロとした感じで良いので、一つに丸くまとめたら、冷所で三時間ほど休ませて、発酵を促す。


 生地作りはこれで完成。

 寝かせた生地を伸ばして、パイの型に敷いて、材料を加えていく。

 ソテーしたリンゴ、クルミ、スモモをこれでもかと生地の上に敷いて、余った生地で作った三つ編みを見た目を意識しながら並べたら、最後に艶を出すために卵の黄身を塗る。

 あとはオーブンで三十分ぐらい焼けば――――。

 ロゼッタ姫の思い出パイの再現完了!


「なんだか嬉しすぎて、味わかんなくなってきちゃった、コラード」

「ロゼッタ、よかったね」


 感動する二人を見て、時間がない中でも思い出の料理を作ってよかったと、エリザベスは心から思った。

★2021/4/2 新作の投稿を開始しました。よろしければこちらもお読みください。


【悪役令嬢に転生失敗して勝ちヒロインになってしまいました ~悪役令嬢の兄との家族エンドを諦めて恋人エンドを目指します~】

https://ncode.syosetu.com/n7332gw/

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