025_ヒロインとの再会
「……エリザベス、どうしてここに?」
先に驚きから抜け出し、尋ねたのはロゼッタの方だった。
「いや、普通に私の追放先ですけれど……憶えていないのですか?」
「なんだっけ? リ……なんとか国のノ……なんとか教会だっけ? うーん、難しくて憶えてないわ」
「リマイザ王国のノルティア教会です!」
一文字しか憶えていなかった。
きょとんとするロゼッタの瞳には、まったく悪意がないように見える。
――――貴女のお父様が、追いやった先ぐらい覚えておいてくださいな!
心の中でだけエリザベスはつっこんだ。
口にしたところで、無駄だから。
この人が悪意がないことも、それが一番やっかいなこともすでに十二分にエリザベスは理解していた。
自分やシスター達と違って、思ったことを口にして、思いつくままに行動するけれど、決して憎めない。
逆に、周りからはそれが可愛いらしいと見えるらしい。
エリザベスが生まれながらの悪役令嬢だったように、ロゼッタは生粋のヒロインだった。
「はっ、まさか、こんなところまでわたしの邪魔をしに……!」
「そんなに暇ではありません!」
きっぱりと否定する。
邪魔したいと思う気持ちは大きく飛び越えて、もう二度と関わりたくなかったというのに。
まさか、バッドエンドを迎えて、国を追放されても、向こうからやってくるなんて……ありえない。
――――なぜ私にばかり試練を?
レオニードといい、王女様といい、よほど世界は自分を困らせたいらしい。
「コラードとわたしの愛は、どんな妨害を受けても変わりませんからっ」
「はい、はい」
一緒に駆け落ちしてきた男性の腕にロゼッタが抱きついた。
エリザベスはその様子を生暖かい目で見ながら頷く。
――――私も丸くなったなー……というか、悟りの気分。
腹立たしさは本当に微塵も湧いてこない。
「取って食べたりしないから、安心してください。あと私や教会からモワーズ王国に連絡したりもしません」
「ほんと!? わたしたちの味方になってくれるの? エリザベス、ありがとう」
「え、ええ」
エリザベスの言葉を聞くと、ロゼッタがガバッと手を握ってきた。
目を潤ませ、感謝の言葉を口にする。
「あなたっていい人だったのね。経緯はどうあれ、わたしがあなたを追放する結果になってしまったっていうのに」
「も、もう、終わったことだから」
「エリザベス……」
さらに泣きながら抱きつかれる。
――――まったく……これも演技ではないんだろうな……。
彼女の背中をポンポンと叩きながら、呆れるしかない。
「あっ、そうか。教会に入ってきつい性格が矯正されたのね」
「……そういうことでいいです」
離れ際に至極失礼なことを言ってきたけれど、無の境地。
ヒロインには誰も逆らえません。逆らいません。
――――そういえば、ロゼッタの相手って。
彼女が駆け落ち相手として連れてきた相手に興味が移った。
銀髪で、線の細い男性って……まさか!?
「あなたが悪……あ、あのご令嬢だったのですね。不敬罪でリマイザ王国へと追放されたという」
「悪役令嬢とはっきり言って頂いて、私は全然構いませんのよ」
ロゼッタの連れのもらした言葉に思わず、悪役令嬢スマイルで答えてしまう。
未だに口に手を当て、思わず「ほほほほ」と言ってしまいたくなる。
「失礼しました。ご挨拶が遅れました。ぼくはコラード・モワーズです」
「はい、存じております。コラード王子」
青みがかった美しい銀髪の青年。
リマイザ王国ではまだしも、モワーズ王国では知らないものなどいない。
寵愛された元側室の子供で、王と血のつながりがない王子。
――――追放の時、ロゼッタ姫が誰とエンドかなんて、興味なかったけど。
あの時は、今後の心配で他人のことなんて気にする余裕がなかった。
ましてやロゼッタのその後なんて、聞きたくもなかったはず。
――――コラード王子が相手か~。
たしかロゼッタとは血のつながらない話し相手の兄的な存在だったけれど……。
エリザベスは、前世の記憶をたぐり寄せた。
――――んんんっ??
たしか、“プリンセスライフ~暁の告白~”のパッケージにコラードは、メインキャラ達に隠れて、かなーり後ろの方にこっそりとだけ映っていた。
――――しかもコラードって、たしか他のルートを全部クリアしないと攻略できない隠しキャラだった気が……。
狙わないとまず無理なやつ。
「これで一安心ね、コラード。本当に一緒になれる」
「ぼくはロゼッタがいるだけでいいんだ。きみだけだよ」
「えへへ」
ちょっとした隙にも、手を繋いでラブラブしている二人。
恨まれても仕方ない相手と駆け落ち先でばったり出会って、何が一安心なのか、そもそも会話が成り立ってるの? と突っ込みたいけれど……。
――――それは、ひとまず置いておいて。
彼女は、魅力的な様々なタイプの王子・皇子からの誘惑に乗ることなく、見逃しそうなわずかな隠しルートを辿って、コラードと“暁”を共にしたことになる。
――――このお姫様、なかなかやる!
前世のエリザベスでも、メイン攻略キャラ五名と隠しのコラードの内、三人目までしかクリアしていなかった。
――――よって、二人の間にどんな恋や愛が芽生えたかは不明!
予想としては、王位継承権のない王子を選ぶということで、本当の愛的なものを見つけたということだろうけれど。
本当のところはわからない。
「わたしも……コラードだけがいればいいの」
「ほんとうに、うれしいな」
「コラード……」
「ロゼッタ……」
見つめ合う二人、どちらかともなく、自然と顔が近づいていって……。
「コホン」
エリザベスが大きく咳払いをした。
「きゃっ! 見てたの? はずかしい……」
「し、失礼しました。エリザベス様」
――――今の状況わかってるのかな、この二人。
恋は盲目っていうし、これも世界の摂理の一つなのだろう。
何にせよ、二人は私がここへ来てからの、第一悩める駆け落ち人。
大切なお客様には、最高級の笑顔とおもてなしで――――。
「コラード様、ロゼッタ様、ようこそ、ノルティア教会へ! 女神ヘレヴェーラの前で、挙式をお望みですか?」
気を取り直し、エリザベスは二人に決まり文句を問いかけた。
「はーい! 望みます!」
「はいっ、お願いします」
二人は一度目を合わせ、お互いの手を握りしめてから力強く答えた。
狙ったわけではないけれど、エリザベスとの会話で緊張が解けたみたい。
「「わーっ!」」
すると、二人の返事に反応して、シスターの後ろに隠れていた子供達が一斉に飛び出してきた。
「兄ちゃん、おめでとー」
「ぼくたちも、かんげい、します」
「よかったら、お花をどうぞ」
大きな声のトニに続いて、たどたどしくマートが言って、さらにロゼッタの裾を引いたフェルシーが用意してあった花冠を差し出した。
「あ、ありがとう」
「わーっ、ありがとう~。すてき、きれい」
少し面食らっているコラード。
一方、ロゼッタは無邪気に喜んで花冠を受け取る。
何の警戒もなく、ひょいっと花冠を頭に乗せた。
「どうかな? 似合うかな?」
ロゼッタの問いに、フェルシーがコクコクと頷く。
「はなよめさん、きれい」
「この花もど、どうぞ……おにあいです」
「ありがとう。とっても、とっても、うれしい」
マートからも花束を受け取って、すっかりロゼッタはご機嫌だった。
花に顔を近づけると、すぅーっと息を吸う。
「良い香り。これって、もしかして今朝、森で採ってきてくれたの?」
「あのね、あたしたちのおしごとなの。まいあさ、はなよめさんがきたときのために、おはな、みつけてくるの」
「そうなんだ、えらいなー」
すっかり子供達とも打ち解けている。
さすが無敵の愛されヒロイン。
――――悪気はないお姫様なのよね、ただちょっと思い込みが激しいだけで。
だから、追放されたエリザベスとしても、彼女を恨む気持ちは生まれなかった。
「エリザベスさん、いいのかしら?」
「はい、説明をお願いします」
エリザベスの知り合いだとわかり、口を挟まずに様子を見ていたヒルデが進めて良いのか尋ねてきた。
駆け落ちの結婚式を始めるにはまず、事務的な説明をシスター長からしてもらわなくてはいけない。
「では、花婿さん。少々プランのご説明を――――」
子供達がロゼッタの相手をしているその隙に、ウエディングプランナーのヒルデ部長が……ではなく、ノルティア教会のシスター長が、コラードに結婚式の準備について話し始めた。
★2021/4/2 新作の投稿を開始しました。よろしければこちらもお読みください。
【悪役令嬢に転生失敗して勝ちヒロインになってしまいました ~悪役令嬢の兄との家族エンドを諦めて恋人エンドを目指します~】
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